
Chika Kisada 2025-26AW
Image by: Yuki Kumagai
時代考証や未踏の文化についての考察、服飾史に対する研鑽、そして現代への飽くなき執着。「チカ キサダ(Chika Kisada)」の幾左田千佳の視座は、あらゆる領域に根深く張り巡らされている。起源や形態が自分の中では異質なものであろうと躊躇わず、異種を許容する。完成形と断片の関係を有機的に組み合わせながら、意表外の段階で折り合いをつける。そこに新たな断片が加わろうものなら、その新たに加わった断片が否応にも増して個性を発揮して、たちまち完成形の様相がガラッと変わって見えてくるかもしれない。その上、それが過去(幾左田自身の記憶やバレエとの関係)や規範(ファッションに嘱望されている品格)を歪曲し、たとえ転覆させるものであろうとも、彼女の視座は、全く揺らぐことはない。それほどの頼もしさを作品群に蓄えている。
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Chika Kisada 2025-26AW
Image by: Yuki Kumagai
彼女の技巧は時を現在に限定させずに、完成形と断片、断片と断片の対話に、しっかりと聞き耳を立てることであり、敢えての垂直的な思考を以て、その相関関係に加速度的(既製服に宿る新鮮さにも帰結する)な進展を与えることにある。その関係は、すこぶる親密で、所々で断片同士が結合して構造が出来上がってくるにつれ、エレメントは次第にジグソーパズルのようにピタリと収まってくる。そして、このようにしても多様なファンタジーが紡ぎ出される。難儀に聞こえるかもしれないが、作り手の視線は冷静でドライに見えながら、遠慮なくエモーショナルでセンチメンタルでもあるため、幅広い層に今回のショーは刺さったに違いない。しかし、どのように世相が傾こうとも、彼女の仕事は一向に揺るがない。バレエやファッションデザインという別々の普遍性を以ってしても、お構い無しの技法であるため強かなのだ。

Chika Kisada 2025-26AW
Image by: Yuki Kumagai
幾左田のこうした個性的な視座に根差した過去との対峙の仕方は、楽天ファッションウイーク東京に大小問わず刺激を与えているが、前述した断片に触手したい。GARDEN 新木場FACTORYにて発表された2025-26年秋冬で、世界的なファッションドール「バービー」との協業を果たした。「バービー」の生みの祖であるマテル社は、今回の協業について次のようにコメントしている。「60 年以上に渡り、『バービー』はその時代のスタイルを反映し、空気を纏ってきました。"You can be anything."というコンセプトは、時代を移す鏡としてあらゆる時代や世代に受け入れられ、彩りを与えています。慣習や潮流による画一的なフェミニティ(=女性らしさ)に対して、独自のフェミニティで蓋をする意志の強さ、自立性はチカ キサダと深い親和性を感じています。また、近年のテーマである内面にあるストーリーや強さの他にも、虚構と現実が交ざった濃密な世界観といった舞台性にも共鳴していると考えています」。

Chika Kisada 2025-26AW
Image by: Yuki Kumagai
ブランドの創作哲学に共鳴することにも増して、本質とはまた別の...言い換えれば、皮膚感覚に近い部分での共鳴があって然るべきである。それが強さにも結実している所以なのだろう。ショー後の展示会で幾左田は「バレエに没頭していた幼少期の私にはバービーは正直に言うと身近ではありませんでした。大人になった今、私の心の琴線に触れたんです。自分が今感じているムードや言語化できない閉塞感とどのように向き合うか、という部分で『バービー』と共鳴しながら発展できると思いました。ブランド創設時から探究しているバレエの美学は古典的であり、強固な規範があります。それらと時代によって進化する概念や定義を『バービー』の変幻自在な魅力によって接続させました。だから、交わるというよりも通い合うというニュアンスなのです別の形に昇華させることを目的としていたので、それは達成できたと思います。新しい協業の在り方を提案できていればいいなと思います」と語っている。

Chika Kisada 2025-26AW
Image by: Yuki Kumagai
チカ キサダの本質はこの数シーズン、特に小劇場(レッスンルーム)式の部屋(2024-25年秋冬)や秘密の地下室(2025年春夏)を経て更なる深化を遂げている。幾左田の縦横無尽に駆使される造語、洒落、隠喩、風刺が目まぐるしく入り混じる文体は、虚構と現実の往来、規制からの解放、混沌の中にある秩序を見出そうとし、見る者に小気味良い解放感を与えてくれる。他方、今季はそのようなカタルシスとは違う、熟されつつも、仄かな甘酸っぱさを感じさせる。それは、往来するのではなく、「バービー」という日本のギャル文化さえも内包した着想そのものが精彩な接着剤となっているからである。それに対して、幾左田は快活な気分に満ちているのだから、そのような生な雰囲気、変化を素直にショーに落とし込もうとしたのだろう。モデルのウオーキングや表情からもそれは窺い知れる。このような変容は、幾左田も実感しているようだ。「『バービー』に纏わる色々な文献や史料を見ました。社会と『バービー』の関係も確りと観察しました。それらから、時代毎に変容する『バービー』の価値観や美意識にピントを合わせてショーに落とし込みました。何にでもなれる、変幻自在な力はブランドが必要とする新しい力になり得ると思いました」。

Chika Kisada 2025-26AW
Image by: Yuki Kumagai
ファンタジーやキッチュな可愛らしさに寄り添うような「着飾る」ことだけが幾左田の魅力ではなく、それは量感への挑戦、標準仕様とは異なるスペック、モジュール形式の設計にも見て取ることができる。彼女曰く、「ショーの後にコレクションに厚みが生まれた、と仰っていただくこともありました。ただ個人的には厚みを生もうとしたのではなく、むしろ流れを変えたい、という思いだけでした。縫製やパターンなど確かな下地があるからこそ、相反する要素を掛け合わせることにも向き合ってみたかったのです。具体的に言えば、雪山はキーワードの一つにありました。というのも、バレリーナを志していた時に、手や足に怪我を負う可能性が非常に高いこともあってか、禁止されていたスポーツだったので、ウィンタースポーツウエアは、私と最も掛け離れているエレメントとしてアイデアの抽斗にありました。バレエとウィンタースポーツは、私にとってリアリティーのある矛盾です。そこに新たな物語の契機がありました。スポーツウエアやユニフォームを調べていくうちに、ミリタリーも対象になっていき、トレンチコートに帰結したのは自然な流れだったと思います。トレンチコートにも普遍的な元型があるし、設計上の規範もあります。そこに独自の身体表現から派生された衣服(バレエのコスチュームなど)のパーツをアレンジしながら加え、表情を変えました」という。その伝でいえば、「着飾る」ことは、ミニマム(最小限)からマキシム(最大限)まで、服の形を吟味した上で、実体(生身の身体)と外観(服の輪郭)に綴られていることになる。このような作品群の全編に通底する志向性と考察が「バービー」という象徴の影に入り込むことで、まるで月蝕のような現象を生んだのだろう。
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