2021-22年秋冬コレクション
Image by: CELINE HOMME
果たして、前春夏の「THE DANCING KID」に予兆はあった。今秋冬のパリメンズではモーターサーキットから荘厳なシャンボール城へと舞台を移し、傭兵デザイナーとしては現役最高ランカーであるエディ・スリマン(Hedi Slimane)が手掛ける「セリーヌ オム(CELINE HOMME)」が、昨年12月に2021年冬コレクションを男女ミックスのヴァーチャルショーで発表した「バレンシアガ(BALENCIAGA)」を、メンズのみ大外から抜き去った。控えめに言って2021-22年秋冬メンズのベストだ。
占術家の安西真希に、エディ・スリマン(1968年7月5日生)の生涯を占ってもらったことがある。
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前職時代のコラムだったが、四柱推命で勝手に占ったそのタイミングは、エディ期「ディオール オム(DIOR HOMME)」の最佳境にあたる2006年2月。エイトレッグスのポジティブロックな「These Grey Days」に乗って、フォーマルをドレスアップの極みとしてメンズファッションに取り入れた伝説のシーズンの発表直後のことだった。気になるその占い結果を15年前のメモ紙から抜粋しよう。
「四柱推命で占うと元命は敗財。独立独断的でアグレッシブ、人一倍人情味に溢れるよきカリスマであり、加えて十干もカリスマ度ナンバーワンの丙です。丙は今年(※2006年)のファッション業界で一番のラッキー星ですので、スリマンさんの支配力は衰えを見せません。ロックが好きだということですが、そのエネルギッシュな精神はこれら敗財と丙、2つの星で明らかです。」
さて、興味深い占い結果はここから。
「特に今年(※2006年)は今までのキャリアの集大成とも言える年なので、再スタートの暗示もアリ。ズバリ、今回のコレクションの評価で今後の10年が決まります。でも、2002年に訪れた一生に一度の大凶運である天戦地中を見事に乗り越えたスリマンさんですから心配ご無用。今後の転機は3年後(※2009年)の厄年です。貴族的なライフスタイルに魅かれ、急にお城を買ってしまったりするかも。」
安西先生、まさか、シャンボール城に言及していたなんてさすがです。
ロワール渓谷の奥底にドラマチックな興奮もリズミカルな胸の鼓動も屠り去り、2シーズン続けて、釈迦念仏のごとき電子楽器の卑屈なコールドウェイヴ(Cold Wave)を敷き続けた忍耐力やいかに。2021-22年秋冬メンズにおけるベストコレクションは「セリーヌ オム」で決まりだ。
前春夏に引き続き、エディ・スリマンが「セリーヌ オム」を泳がせたコールドウェイヴは、淡々とした電子音の耽溺、音の時代経の最右翼と再評価されている音楽ジャンルだ。まずは観るよりも、聴くべし。意味深にも「TIME SLIP」と名付けられた本コレクションのバックミュージックは、「THESE NEW PURITANS」のジョージ&ジャック・バーネット兄弟のスピンオフユニットである「THE LOOM」からの提供となる。
ここで、バーネット兄弟の名前にピン!とキたらエディチルドレンの40代に違いない。双子のバーネット兄弟は、安西先生の占いから1年後、エディが手掛けた最期のシーズンとなった2007-08年秋冬(2007年1月開催)の「ディオール オム(DIOR HOMME)」でランウェイモデルとして起用されていたのだから。エディのラストダンスをパリの最前列で眼に焼き付けた私的にも、メンズシーンが一時停止したあの日に気持ちが「TIME SLIP」してしまった。あれから14年、バーネット兄弟に声を掛けたエディはまさに義星の漢だろう。
前置きが長くなった。
業界の通例ではなくブランドに敬意を払うならば、「セリーヌ オム」の2021年ウィンターコレクション。テーマは「TEEN KNIGHT POEM」。コレクションの発表場所としてシャンボール城の撮影許可が下りたとなれば、無機質な電子音のコールドウェイヴなんて使用せずに、中世西洋音楽やバロック音楽のリミックスなどを使いたくなるものだ。が、エディは頑なだった。
ぶっちゃけコロナ禍2シーズン目となる2021-22年秋冬は、最深ユースカルチャーを汲み取るべく春夏秋冬一貫してコールドウェイヴを戦禍に垂れ流し続けた傭兵デザイナーの護り勝ち。ユースを見極める眼は、前春夏と今秋冬に限っては衰えを見せず、時代に上手く抱かれていた。小説家の茂木高尋は、かつて「内なる燃料には女がいい。それが要らない者が天才だ」と不謹慎な舌禍をファンタジー上で招いていたが、もちろんエディにそんなものは必要ない。ただ、パリコレにエディ・スリマンがいると時間がかかる。それだけだ。
公式リリースにはこうある。思春期の頃にシャンボール城を訪れて圧巻の城壁を見たエディは、かのレオナルド・ダ・ヴィンチが構想に携わったかもしれないフランスルネッサンスの傑作、世界遺産の建築様式よりも先に、「ブラック&ホワイトの厳格さに恋をした」という。そう、彼の眼にはシャンボール城はモノトーンのカラーパレットに見えていたのだから紛れもなき共感覚の異才である。
そのノスタルジーを想起する鏡として、勝間和代的には写像として、エディ・スリマンのお家芸である少年性を深堀りする執着は今秋冬も円熟味を増していた。そして、彼らが纏う騎士を思わせる四角四面の装甲のようなシルエットを「セリーヌ オム」では公式に「ニュー ロマンティック」の文脈で解釈し、「ユースパレード&ルネッサンス」の文字を充てている。端的に言うと、肩を落とした直線的なスクエアシルエット。ドロップショルダーではあるが、ビッグシルエットとは違う。公式に言ってるのだから間違いない。
新しい「セリーヌ オム」像を確立したキーワードである形、「スクエアシルエット」のセンスを文字で表現してみると、それはボリュームの一大潮流から図らずも先祖返りした、90年代のグランジルックやスーパーレイヤードに近いものだ。完璧なスタイルに偶然にも側面衝突してしまったカオスバランスと言ったところか。そもそもカオスとは混沌の意ではなく、一見不連続な繰り返しの渦中に見受けられる規則性・連続性を指すのだから、すべてはエディの手のひらの上にあるのだが。
ここで、2021-22年秋冬メンズのベスト評の証左を挙げるとすると3つある。1つめは「形」で、グランジなノースリーブウェアを絡めたスクエアシルエットの確立。2つめは「物」で、これはロゴ物を甘受する姿勢。3つめは「音」で、ユースを刈り取る旬の音楽としてコールドウェイヴを前春夏から続投した先見性だ。
昨年の秋冬とまったく異なるアプローチは、すでに前春夏に予兆として顕現していた。ジャケット・シャツ・パンツという単純なスタイリングに、組み合わせの妙で邪魔者にも目を見張る新鮮味にもなり得るノースリーブウェアを「偶」として混ぜ試み、無観客のサーキットでその化学反応をテストしていたのだ。
ジレともベストともノースリーブとも言わず、それと一線を画す80年代ストリートテイストの板金鎧=プレートアーマー。90年代中期を象徴するスーパーレイヤードのグランジファッションよりは薄味で、偶によって完璧を揺らすプラスひと手間のノイズアイテムだ。前春夏からジャーナリストらを物理的に排除して、模索し、今秋冬にスクエアシルエットのキーアイテムとして結実させた。
その「ソフトプロテクション」を加味したスクエアシルエットの例を今秋冬のルックから抽出すると、レザージャケットとベストのレイヤード、スロープショルダーボンバージャケットとコートが織り成すプロポーションなどがピックアップされるだろう。
これらはフランスを芸術の国に高めた国王であるフランソワ1世とフレンチ・ルネッサンスを再解釈したスタイルだとか。さすが、パリ政治学院卒業後にルーブル美術学校で美術と歴史を学んだインテリならではの着想源。デムナ・ヴァザリアと同等クラスの偏差値が成せるワザだ。
また、意地悪な注意点だが、ドロップショルダーのクラシックなチェスターコート、オーバルシルエットのレザーブルゾン、Aラインで裾が流れるダウンベストなどのフォルムは、昨年の秋冬と明らかにシルエットが違う。
多くのデザイナーの手垢にまみれたボリューミーなビッグシルエットさえ許容し、傭兵が自ら築いたスクエアシルエットに籠城しつつ、覚悟をもって今の時代のファッションシーンに迎合しているようにも見えた。
その覚悟は前春夏あたりから露出過多になっているアイテム群、CELINEロゴへの傾倒にも顕著だ。
アクサンテギュを省いたサンセリフ体のCELINEロゴが、施工から500年後の広告塔などと揶揄することすらはばかれる世界遺産のキャッスルロックにて、商業チックに貼り付けられた。まさに、映像におけるミスマッチ違和感がスタイリッシュに転換される瞬間だ。フランスルネサンスと資本主義経済の象徴であるロゴとの対比、すなわちロゴパワーは、昨今のコーディネート偏重のファッションコードの上では至極当然の商品戦略である。
時代と対話するコンテクストで解釈されがちであり、愉快犯や革命家のほうが洋服作りに向いているとさえ言われている昨今は、ファッションデザイナーにとっては厄介な魔窟のよう。スニーカーは特別枠であり、一般志願者は洋服一片のパズルのピースがごとくさほど意味を成さず、アイテム単品の位置エネルギーを組み合わせのケミストリーが凌いでしまっている。
1つ1つのアイテムに物欲という名の命を与える錬金術、いわばファッションの醍醐味を、久しぶりに「セリーヌ オム」のロゴ物で垣間見た。背中よりも上部にある肩甲骨にロゴを置くなどデザインの近似性も伺えるが、今やなりふり構ってもいられない時代であることは確かだ。まさに、騎士団長殺し。
ついでに耳障りな小言を言わせてもらうならば、服・モデル・音楽・舞台演出が織りなして時代を反映する総合芸術であるはずだったファッションショーにおいて、配信コレクションとなってしまったここ2シーズンは、映画的手法を駆使した映像表現に一家言あるデザイナーが強い。フォトグラファーとしても活躍するエディが最も馴染む時代、それは今かもしれない。
もはやニュールックをジャーナリストが目の当たりにするような、気持ちの上でのダイナミズムなど映像コレクションでは望むべくもない。スタンディングオベーションが次元的に機能せず、視覚効果が優先されることもある。映像演出もファッションの範疇として新たに受け入れるならば、今秋冬の「セリーヌ オム」では映像の随所に挟み込まれたティーンエイジャーの「涙」がそれに当たるだろう。
あの涙は、バーネット兄弟とともに2007年1月のパリに「TIME SLIP」したエディ・スリマンが漏らした涙と捉えるべきか。まったくの主観だが、禁じ手のサブリミナル効果であるし、映像演出が強いる以上は致し方ないのでは。映画「エクソシスト」の映像に一瞬挿入された悪魔のごとく、淡々と響く電子音のバイブスに沿って潜在意識にスリップして行く。
そう、2021-22年秋冬に戯れに流した涙は、熱を過ぎた男の冷淡なるポエムだ。まさにコールドウェイヴな52歳。悪魔に魂を売ったわけではない。ベテランはオシャレの呪いから逃げないということなのだ。レイヤードで遊びづらい次の春夏で、さらに進化した「セリーヌ オム」のスクエアシルエットを期待したい。
(文責:北條貴文)
北條貴文
大橋巨泉に憧れ早大政経学部で新聞学とジャーナリズム論を学ぶ。コム デ ギャルソンに新卒入社し、販売と本社営業部勤務。退社し、WWDジャパンで海外メンズコレクションと裏表紙とメモ担当。その後、メンズノンノ編集部web担当を経て、現在はUOMO編集部web担当。
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