北欧ファッションの実力に疑いの余地はない。ファッションプライズ「LVMH Young Fashion Designers Prize(以下、LVMHプライズ)」2024年のグランプリは、スウェーデン出身でストックホルムを拠点にするエレン・ホダコヴァ・ラーソン(Ellen Hodakova Larsson)の「ホダコヴァ(HODAKOVA)」が受賞した。
ストックホルムは「アクネ ストゥディオズ(Acne Studios)」、「アワー レガシー(OUR LEGACY)」を輩出し、北欧ファッションをリードする都市だが、現在のファッション界でストックホルムに勝るとも劣らない北欧都市といえば、コペンハーゲンである。今回はパリに発表の場を移し、「アシックス(ASICS)」とのコラボレーションが話題を呼んだ「セシリーバンセン(CECILIE BAHNSEN)」について言及する。(文:AFFECTUS)
デザイナー セシリー・バンセンはロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士号を取得したのち、「アーデム(ERDEM)」などでの経験を経て、故郷に戻り2015年に自身の名を冠したブランドを設立した。2017年にLVMHプライズのファイナリストに選出され、2023年7月には「アシックス」とのコラボレーションを発表。「GT-2160」をベースにしたテックスニーカーは、バンセンの幻想的な世界観とは異なる意外性のあるデザインだった。
だが、この近未来的な一足に「セシリー バンセン」というブランドの特徴が色濃く表れている。ピュアなホワイトとガーリーなシルエットで作られた、現代の妖精と呼ぶにふさわしいコレクションを見れば、「セシリー バンセン」には甘くフェミニンな印象を持つだろう。だが、フェアリーな世界観のバランスを乱すように、バンセンはノイズを加える。それは、誤解を恐れずいえば「毒」とも呼べるような痺れるテイストだ。
現代ファッションデザインの潮流の一つに「調和させないこと」がある。若手デザイナーではマリーン・セル(Marine Serre)が代表的であり、「シャネル(CHANEL)」のアーティスティック・ディレクターに就任したマチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)にも見られる特徴である。
「セシリー バンセン」にはどのようなアンバランスが潜んでいるのか。二つのシーズンをモデルケースとして取りあげ、コペンハーゲンブランドの現代のファッションデザインをキャッチアップしていこう。
幻想と現実を行き交い、見る者にノイズを与えるコレクション
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最初に解説するコレクションは、2023年秋冬コレクションだ。透け感のある素材、パフスリーブ、バルーンシルエット、クリーンな白、登場するルックの要素一つ一つに注目すれば、ブランドの象徴がいくつも詰め込まれた「セシリー バンセン」ならではのデザインと言えるだろう。だが、幻想世界のバランスを崩す“歪さ”が甘さとは違った感覚をもたらしている。
肌が透けるシアー素材とスレンダーなシルエット、同じく薄手の素材を使ったメルヘンなミニドレスを見れば、これまで見せてくれた特徴と変わりはない。だが、鮮烈なイエローはガーリーではなくスポーティを彷彿とさせるほか、足元には「アシックス」のスニーカーを合わせ、幻想と現実の狭間を行き交うスタイルに昇華している。
素材の表面に注目すると、不規則な凹凸が表れていることがわかる。もしスムースな表面の生地を使えば、クリーンなムードが前面に押し出され、ピュアなフェミニンルックが完成したはずだ。しかし、「セシリー バンセン」は王道には乗らない。
ブラックドレスのルックも、服の造形だけを見ればエレガント。大きなパフスリーブとバルーンシルエットのスカート部分は、「セシリー バンセン」のフェミニンな美しさを象徴する要素だ。しかし、またも素材が甘さや可憐さを遠ざけた。表面には波打つ模様がうっすらと浮かんだほか、スカート部分はドレープが不規則に寄せられ、怪しく艶やかな光沢を放つ。
同じく黒い生地を使用したコートルックは怪しい光沢を放つ一方、バスト部分はデコラティブに作り込まれ、コートの下から覗くオーガンジー素材が、ドレッシーなイメージに引っ張っていく。
青い布地のルックは、クロード・モネ(Claude Monet)の名画『睡蓮』を思わせる色彩と素材の表情だが、美しさより不安定さが先立つのは気のせいだろうか。細いストラップに支えられたミニドレスは、儚く朽ちていくようにさえ見えてくる。
それはホワイトドレスにも言えることだ。純潔の白が崩れ落ちる。だが、そんな芸術性を感じさせたかと思えば、足元に視線を移すと、白いソックスとスニーカーが視界に飛び込み、現実へ引き戻される。
なぜ、バンセンは素直に甘い服に仕上げないのだろうか。見る者を空想の世界へ案内したいのか、それとも現実にとどめたいのか。いったい、バンセンはどうしたいのだ。疑問が次々と浮かび上がり、怒りに似た感情さえ滲んでくるほどである。
ショーの終盤には、素材の装飾性がさらにパワーアップ。フォルムの抽象性も増し、服というよりも布の造形と表する方が近い。
奇妙で不思議なフォルムを、「セシリー バンセン」はピンクとレッドで仕立て、決してシンプルに「かわいい」とは言わせない。そして足元にはスニーカーをチョイスし、完全完璧なアヴァンギャルドの世界には引き込まない。
2023年秋冬コレクションを見ていると、一つのブランド名が浮かんできた。「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」である。ただし、それは1990年代後半から2000年代前半にかけての「コム デ ギャルソン」だ。
現在の「コム デ ギャルソン」はダイナミックな抽象造形を発表しており、ファッションとは違った概念の創作物を生み出す迫力に満ちている。一方、1990年代後半から2000年代前半にかけての「コム デ ギャルソン」は、ジャケットやパンツといった、モデルの着用しているものが既存の服をベースにしながら前衛的な姿勢で作られていることが、明確にわかるデザインだった。まさに今回の「セシリー バンセン」と同様、幻想と現実の狭間を行き交うコレクションである。
デザイナーのバンセンは、「学生時代に『コム デ ギャルソン』のショー画像を見てファッションに恋をした」と述べている。彼女が製作する服は「かわいい」と形容したくなる要素がふんだんに使われているが、素材の表面に不規則な凹凸を作り出したり、靴には現実的なスニーカーを用いたりと、コレクションを見る者にノイズを残している。
「セシリー バンセン」がそうであるように、現在のモードシーンには「エレガント」、「ミニマリズム」と言った具合に一言で表現することが難しいファッションが登場している。
「調和をとって統一を図ったファッションでは、新鮮さに欠ける」
そんな新感覚の人々のための服が、「セシリー バンセン」と言えるだろう。
「調和」の取れたルックで「不調和」を持ち込む
2024年秋冬コレクションでは黒が主役になり、2023年秋冬コレクションで披露された装飾性がレベルアップ。潜んでいた辛さが露わになっていく。
ステンカラーコートがベースになったアウターは、一目でわかる異形が作られている。生地の表面を覆うのは花をかたどった大量のモチーフ。花の数が一輪、もしくは少数ならきっと心地よいアクセントになっただろう。だが、花々は規則正しく一列に並び、コートの身頃を覆い尽くす。そして黒という光を飲み込む色がフラワーモチーフの甘さを完全に吸収し、不気味さを訴えている。
上のステンカラーコートでは、黒い花々が入り乱れて飾り付けられ、左右の両袖まで侵食している。
ドールライクなミニドレスにワークジャケットを組み合わせて、またもイメージを一つに固定しない、「セシリー バンセン」得意の手法。リアルベースのアイテムに花モチーフを取り付けることで、服の持つリアリティを弱めている。
ファッションは文脈的な側面が強い。ある一人のデザイナーが発表したデザインを、別のデザイナーが違った解釈で生まれ変わらせ、スタイルが発展していく。その繰り返しが、服の歴史とも言える。「セシリー バンセン」は文脈的なデザインを、一つのコレクションの中で見せていると言えるだろう。
ショーの中盤以降では、ブランドの象徴であるピュアなホワイトルックが次々と登場してきた。
白、薄く透ける儚い素材、優雅に広がるシルエット、妖精的な幻想世界、このブランドの象徴が表現されたルックである。ここには先ほどの黒い服のような不調和は見られない。だが、コレクション全体で見れば、このホワイトルックも不調和の象徴と言える。
ショー冒頭から登場していたのは、黒い生地を中心にした不気味な装飾性を持ったルック。しかし、シューの中盤で純度100%の白いピュアルックが挟み込まれ、突如コレクションのリズムは不気味さから可憐さへ転調する。すなわち、バンセンは調和の取れたルックで、コレクションに不調和を持ち込んだということである。
フィナーレが近づくと、ここで新たなイメージが投入される。それは、「アシックス」との初コラボレーションで表現した近未来感である。
バレエダンサーの衣装を豊富させる丈の短さと、横に広がるシルエットのミニドレスを、メタリカルな煌めきの素材で仕上げ、芸術的な表情を披露するが、服の表面には枯れ葉が混じり合ったように茶色のモチーフが点在している。
退廃の近未来ルックの次に現れたのは、またも文脈デザインだ。ここまで何度か発表されたステンカラーコートをベースにしたデザインが再びランウェイを歩く。今度は生地の色を黒からベージュに変更し、よりベーシックウェアの原型に近づけた。
そしてメタルな花モチーフが、生地から捲れるようにしてコートの表面をデコラティブに演出する。可愛らしさの象徴である花が、コレクションを一定の感覚に留まらせることを許さない。
ここまで見ると、「調和させないこと」こそが「セシリー バンセン」の中核だと感じられるのではないだろうか。コペンハーゲンから発信されるピュアな白い服は、痺れるテイストを隠し持っている。
「ザ・ノース・フェイス」とのコラボも、敬愛する「コム デ ギャルソン」との共通点
最初に「毒」という過激な言葉を用いてしまったが、「セシリー バンセン」の真の姿を語るために最もふさわしい言葉だったため、ご容赦いただきたい。
服を見た時、「かわいい」「かっこいい」とポジティブな感情に満たされるデザインはきっと正しい。ポジティブな感情を感じるから、その服が着たくなり、欲しくなる。ただ、それとは別の感情を引き起こすのが、「セシリー バンセン」をはじめとする調和を壊すデザインである。
統一感のない要素が混じり合うために、「かっこいい」や「かわいい」と断言できない不思議な感情が芽生える。けれど、その澱(よど)みに痺れてしまう。「セシリー バンセン」には癖になる魅力がある。
2025年春夏コレクションでは、アウトドアという新たな一面を披露。甘さよりも逞しさが前面に押し出されていた。
「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」とのコラボレーションでは、バンセンは「アシックス」に続いてブランドイメージを定住させないデザインを発表した。次から次へと変化を恐れずコレクションを発展させていく姿勢は、彼女が敬愛する「コム デ ギャルソン」に通じるものがある。
もしかしたら数年後、「セシリー バンセン」は、今では想像もできない姿になっているかもしれない。未知の姿を探究するその姿勢は、好奇心に満ちた少年のようだ。
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
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