小島奉文
Image by: HIROYUKI OZAWA
日本を代表するスニーカーショップ「アトモス(atmos)」のディレクター小島奉文氏が、2025年春夏シーズンのパリ・メンズ・ファッション・ウィークにあわせて6月に渡仏。プライベートでパリを訪れたことはあったものの、パリコレ視察は20年近いキャリアの中で今回が初めてということで、渡仏を決めた理由から、直接目で捉えたパリの実態、東京のスニーカーシーンとの違いまでを振り返る。
⎯⎯ まずは、初のパリコレ視察を決めた理由から伺えればと思います。
ADVERTISING
これまでアトモスは“靴屋”としての立ち位置が強かったですけど、フットロッカー(Foot Locker)に買収されて以降(2021年)、“グローバルなスニーカーショップ”としてアパレルの動向も注視するようになったんです。そして、パリコレはアパレルがメインとはいえ、期間中に多くのスポーツメーカーも展示会やイベントを開催しているため、世界中の関係者たちが1ヶ所に集まることが魅力であり醍醐味だと思い視察を決めました。例えば、各ブランドの本社の人とコミュニケーションを取ろうと思った時、「アディダス(adidas)」だったらドイツに、「ニューバランス(New Balance)」だったらアメリカに、「サロモン(Salomon)」だったらフランスに飛ぶ必要がありますが、全員がパリにいるのでコミュニケーションが取りやすいんですよ。加えて、各国のスニーカーショップとの情報交換や、海外の出店を強めている中でのリサーチも兼ねていましたが、改めて有意義な機会だったと思います。
⎯⎯ どのような展示会やエキシビション、パーティーに参加されたのでしょうか?
毎日、大小数えきれないほどの催しがあった中で、「ヴァンズ(VANS)」は特に印象に残っています。フランス国内の“音楽の日(La Fete de la Musique)”に当たる6月21日に、世界的な教会堂「サクレ・クール寺院」がある「モンマルトルの丘」をジャックしてスケートボードや音楽を絡めた大型イベントを開催していたのですが、パリで最も見晴らしが良いというロケーションや歴史的な建造物でイベントの開催許可が降りたことに驚きで、会場に到着した時は思わず鳥肌が立ちましたよ。
会場の「モンマルトルの丘」までは、パリ市内から30分ほど歩いて向かったのですが、道中のブロックごとに音楽のジャンルや人種の異なるスモールコミュニティーがパーティーを開いていたのも印象的でしたね。日本では騒音問題などもあって実現は難しいかもしれませんが、同じようなことを東京都や渋谷区が容認して開催できれば地域活性化に繋がるだろうし、“音楽の日”自体のインパクトが強かったです。
⎯⎯ 他のスポーツメーカーはいかがでしたか?
「アディダス」や「ニューバランス」、「サロモン」、「ナイキ(NIKE)」、「アシックス(asics)」、「ホカ(HOKA)」、「オン(On)」などの展示会に行きましたね。それぞれのエキシビションで“未来の商品”を見せてもらったのですが、個人的に一番良かったのは「アディダス」で、その次が「オン」です。20年近くスニーカーを見てきたから余程のことじゃない限り衝撃は走らないのですが、「アディダス」と「ウェールズ ボナー(Wales Bonner)」の完成度は想像を超えてきましたね。今は詳細を話せませんが、期待していいと思います。
⎯⎯ ファッションショーは観覧されましたか?
「ケンゾー(KENZO)」や「ワイスリー(Y-3)」などを拝見しました。普段のイベントやインスタレーションとは規模も洗練具合も別物で良いインプットの機会になりましたし、やっぱり日本人として「ワイスリー」でサッカー日本代表のユニフォームが登場してきた時は震えましたね。東京や上海、ロサンゼルスなど別の都市で開催したら見え方や結果は変わっただろうし、コレクションブランドがパリで発表する意義なども分かった気がします。
⎯⎯ 視察の目的の一つに、各国のスニーカーショップとの情報交換を挙げられていましたが、具体的にどのような内容を話されたのでしょうか?
(世界的な不調に対して)“「ナイキ」がいつ帰ってくるのか”は、どこの国の人たちとも話題になりました。1年で、という見方もあれば、2年以上かかるといった意見もありました。
⎯⎯ プロの間でもそこまで意見が分かれるほど、「ナイキ」の不調は前例の無い出来事なんですね。
15年前まで、「ナイキ」のライバルといえば「アディダス」しかいませんでしたが、ここ10年で「オン」や「ホカ」、「サロモンスポーツスタイル(Salomon Sportstyle)」ら新星が頭角を現し、「アシックス」も勢いを増す一方、「リーボック」は2022年にアディダスから売却されるなど、業界内で誰も想像していなかったゲームチェンジが起き、シェアの細分化が進んでいるので予想が難しいんですよ。個人的には「ナイキ」で育った世代なので頑張ってほしいですが、今の若い人たちは「ナイキ」にこだわることは無いらしいですね。
UKストリートシーンで「ナイキ」のテックフリースのセットアップが支持されていることが分かる、ロンドン出身の人気ラッパー セントラル・シーのライブ映像
⎯⎯ おっしゃる通り、パリでは「ナイキ」を履いている若者が少なくなった感覚があります。
ただ、スニーカーの支持率は落ちているかもしれませんが、テックフリースのセットアップを着ている人の数は日本では考えられないほど多く、これはUKストリートのノリがパリにも来ているからだと思います。4人のキッズたちが全員セットアップを着て自転車に乗っている姿を見かけたんですが、どこかチームウェア感があって良かったですね。「ナイキ」といえば、ヨーロッパで「ノクタ(NOCTA)」(注:ドレイクとのコラボライン)の人気が高いのはご存知ですか?
⎯⎯ USのイメージが強かったので初耳です。
UKストリートノリの流れなのか理由は不明ですが、ヨーロッパでは「ノクタ」がどこも品薄ということで、取り扱っている「アトモス」千駄ヶ谷店では夏でも冬用のアイテムが売れるんですよ。現に、パリで「ノクタ」の取扱店を回っても見当たらず、リセールショップを覗けば高値で販売されていましたね。
2024年発売の「アシックス」とオーストラリア・メルボルンのセレクトショップ「アップゼア」のコラボ「ゲルテレイン」
Image by: HIROYUKI OZAWA
2019年発売の「アシックス」と「アフィックス」のコラボ「ゲルキンセイ」
Image by: HIROYUKI OZAWA
⎯⎯ 小島さんから見てパリのスニーカーシーンは総じていかがでしたか?
第一印象は「アシックス」の着用率の高さで、特に「ゲル エヌワイシー(GEL-NYC)」を頻繁に見かけましたね。若い人たちの足元は「アディダス」の「サンバ(Samba)」をはじめとしたローカットモデルが多く、「サロモン」は定着のフェーズに入っている感じがしました。世の中的にはスニーカーブームが終わり、革靴やブーツがトレンドだと耳にしますが、正直ほとんど見かけませんでしたね。僕の予想ですけど、パリって石畳だったり舗装されていない歩道が多いので、歩きやすさや履き心地が良いスニーカーに落ち着くのかなと。
⎯⎯ それでも、若者の間で「アディダス」ローカットモデルの着用率が高い理由とは?
若者たちと会話していると、本当?って思いますが、タイパで脱ぎ履きのしやすさなども関係しているようで。また、いろいろな要因はあるかと思いますが、直近のヒットモデルのほとんどがローカットであることは間違い無いですね。
⎯⎯ なるほど!東京のスニーカーシーンとの明確な違いは感じましたか?
本当は違いがあるべきだと思うんですが、見たことのないスニーカーを履いている人もおらず、“トレンドがないことがトレンド”なのかもしれないです。ショッピングの面でも、ブランドやメーカーが効率重視で大量生産していることもあって日本と同じ商品が並んでいて、出張中個人的に購入したのはセレクトショップ「ザ ブロークン アーム(The Broken Arm)」のオリジナルTシャツだけでした。だからこそ、グッときた「アディダス」や「オン」の“未来の商品”がマーケットにどう影響を与えるか興味深いし、自分のセンスとの答え合わせも楽しみです。
パリで人気のカフェ「ブーツ カフェ」と「パルチザン カフェ アーティザナル」での1枚
Image by: RIKU OGAWA
⎯⎯ 「オン」というと、日本を含むアジアで絶好調ですがパリではあまり着用者を見かけなかった印象です。
多少見かける程度だったのは、ヨーロッパよりもアジアでヒットしているからでしょうね。結局、世界中でショッピングをしているのはアジア人なんですよ。日本では訪日外国人旅行者数が月300万人を超えましたが、おそらくアジア人はインバウンド消費が目的で、欧米人は観光がメイン。「アトモス」でもインバウンド消費のトップ10中8ヶ国がアジアですから。
⎯⎯ 世界のスニーカーシーン全体の温度感はいかがでしょうか?
一昔前は、服は二の次でスニーカーが目立てば良いという考えの人が多かったので派手なモデルほど売れていましたが、近頃はファッションとリンクしたスニーカーが売れるようになっていますよね。コロナ禍以降は人々が熱狂から目を覚まし、気兼ねなく普段履きできるスニーカーを求めるようになった気がしています。定番に改めて立ち返る時期、とでも言うのでしょうか。そういった点で、「ニューバランス」のUSモデルのグレー系は、人種問わず履かれているので強いと思います。
最近、東南アジアにばかり行っていたのですが、逆にパリだけを見ていたら東南アジアのことは分からないだろうし、改めて僕のポジションではいろいろな国や地域を見て総合的に判断することが必要だと感じました。例えば、“音楽の日”にパリにいなかった方でも、記事やSNSで当日の様子を知った気になることはできます。でも、空気感や熱量は現地にいた人にしか絶対に分からないし、肌で感じた人との“体験の差”は絶対に埋まらない。僕は“音楽の日”の素晴らしさを味わったからこそ、日本でも同じようなイベントを開催したいという発想になりましたし、それを実行に移せるポジションの人が現地にいなければいけない。あとは、パリのアイコニックな「サクレ・クール寺院」が会場になっていたように、「浅草寺」の雷門から宝蔵門までの仲見世や原宿・竹下通りなど、東京は東京の良さを最大限に活かした場所でのファッションショーは面白いと思いました。円安なので、昔以上に外国の方は日本に来やすいでしょうしね。
⎯⎯ 次回以降のパリコレにも参加しますか?
「アトモス」が世界進出を強めていくためには、海外の動向を理解しつつ変化に対応しなければいけないので、パリという最前線には毎シーズンいたいですね。「移動距離とアイデアは比例する」という僕の好きな言葉があるんですけど、日本や東京に留まっている人と、世界を周って現地の生の情報を見たり聞いたりしている人では、当然ですけど思い付くアイデアに差が生まれます。それに、取引先との関係性は一緒に過ごした時間や会った回数でも変わってくるので、パリコレに限らず海外出張の時は若い子を連れて行きたいんですよ。英語が喋れる・喋れないは置いておいて、言葉や資料では伝えきれないこと、デスクに座ってるだけでは分からないこと、インターネットには載っていないことが数え切れないほどありますから。まぁ、会社が許可してくれるのであればですけどね(笑)。
海外への渡航経験が一度もなく、自分の知っている範囲の世界だけで楽しんだり、スマートフォンの中で見るものが全てだと思っている若い人が増えている気がします。もし酒とタバコで月に5万円を使っているのならば、一回でもいいので海外への格安航空券に代えてみてほしい。せっかくコロナも終わったことだし、フィジカルを楽しみましょう。無理してでも行った海外で得るものは、何事にも変え難いはずですよ。
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【インタビュー・対談】の過去記事
RELATED ARTICLE
関連記事
READ ALSO
あわせて読みたい
RANKING TOP 10
アクセスランキング
銀行やメディアとのもたれ合いが元凶? 鹿児島「山形屋」再生計画が苦境