
(左から)アレキサンダー・ワン、キャロル・リム 、ウンベルト・リオン
Image by: FASHIONSNAP
どのビジネスでも「グローバル」が合い言葉のようになっているが、ファッションの世界ではクリエーションのレベルにまでさかのぼって、国籍・国家の壁を溶かす動きが広がっている。単なるビジネスのレベルを超えて、国や民族の境界線をないがしろにしている点で今までの動きとは異なる。(文:ファッションジャーナリスト 宮田理江)
象徴的な例と言えるのが、「KENZO(ケンゾー)」の成功だろう。ニューヨークのセレクトショップ「OPENING CEREMONY(オープニングセレモニー)」の創業者であるHumberto Leon(ウンベルト・レオン)氏とCarol Lim(キャロル・ リム)氏のペアが2012年春夏シーズンからディレクションを任されている。レオン氏は中国系、リム氏は韓国系と、そろってアジア系の出身。直前の主な仕事がバイヤー兼ショップオーナーという点でも異色だ。
職人気質の前デザイナー、アントニオ・マラス氏が担った期間の「KENZO」は玄人受けはしたものの、商業的に大成功とは言えなかったようだ。しかし、レオン&リムの男女デュオに引き継がれてからは快進撃が続き、トレンドセッターの一角に躍り出た。2012年に最もアグレッシブなコレクションを提案したと評価しても過言ではない。時代の求める空気をつかんだその提案はセレクトショップというビジネスで養った目利き感覚がパリ・コレクションでも十分に通用することを証明した。

ニューヨークの「オープニングセレモニー」はこのグローバル都市に似つかわしいボーダーレスなセレクトで有名だ。東京ブランドの紹介にも早くから取り組んでいて、全館を日本ブランドで染め上げたキャンペーンを打ったこともあるほどだ。そのコスモポリタンなセレクトは国境や民族の垣根が低くなってきた現代の気分になじむ。
米国育ちの中国系デザイナー、Alexander Wang(アレキサンダー・ワン)氏はニューヨークコレクションの方向を決めるトレンドリーダーとして名高い。その彼がフランス指折りの老舗ブランド「BALENCIAGA(バレンシアガ)」のクリエイティブディレクターに抜擢されたニュースはコスモポリタン化の潮流が勢いを増している現実をさらに印象づけた。
「KENZO」は世界最大のブランドグループ、LVMH モエヘネシー・ルイヴィトン(LVMH)傘下にあるが、「BALENCIAGA」はそのライバルグループに当たる「ピノー・プランタン」グループ(PPR)の一角。1915年創業という100年近い老舗がアジア人をデザイナーに迎えた意味は大きい。
John Galliano(ジョン・ガリアーノ)氏が「Christian Dior(クリスチャン・ディオール)」を、Alexander McQueen(アレキサンダー・マックイーン)氏が「GIVENCHY(ジバンシィ)」を任された1990年代後半、フランスの有名ブランドに英国出身デザイナーが起用されたことが革新的と評された。MICHAEL KORS(マイケル・コース)氏が1997年にフランスの「セリーヌ」に招かれた際は、「いよいよ米国からパリブランドの担い手が呼び込まれた」と話題を呼んだ。しかし、いずれも「欧米」の枠を出ておらず、今回の「KENZO」「BALENCIAGA」の決断は、さらにその上を行くグローバル目線での起用と言える。

こういったコスモポリタニズムの背景には、各ブランドが新興国市場に寄せる期待感がある。中国やロシア、ブラジルなどの新興国で新たな顧客を開拓するに当たって、過度の「ヨーロッパ色」は時に弱みともなりかねない。アーカイブのステータスは保ちつつも、グローバル感覚を適度にミックスする上で、アジア系の顔立ち、生い立ちを持ち、米国でキャリアを積んだデザイナーは戦略的な意味が大きいだろう。
欧州の有力ブランドの間では、オリエンタル趣味を持ち込む上で、日本文化を再評価する動きも相次いでいる。「DRIES VAN NOTEN(ドリス・ヴァン・ノッテン)」は浮世絵をダイナミックにプリントしたコレクションを発表した。「PRADA(プラダ)」は着物の構造を現代的に再解釈したシルエットをランウェイに送り出した。「ジャパネスク」はパリ、ミラノの両コレクションでちょっとしたブーム。ただ、これらの試みは別に日本を狙ったものではなく、むしろ世界マーケットに向けて発信されたグローバルブランド宣言と映る。
一方、日本のクリエイターを起用する海外ブランドも現れた。フランス発のブランド「PETIT BATEAU(プチバトー)」は新アーティスティックディレクターに、「MAISON KITSUNE(メゾン キツネ)」の黒木理也、Gildas Loaec(ジルダ・ロアエック)の両氏を迎え、2013-14年秋冬シーズンからファーストコレクションが発表される予定だ。既に終了が決まっているが、イタリアのプレミアムスポーツブランド「MONCLER(モンクレール)」に「sacai(サカイ)」の阿部千登勢氏と「VISVIM(ビズビム)」の中村ヒロキ氏が招かれた例もある。日本人クリエーターの中からモードシーンをざわめかせるニュースが生まれる可能性は低くないはずだ。国内に閉じないグローバル目線でのクリエーションを期待したい。
(文:ファッションジャーナリスト 宮田理江)
■宮田理江 - ファッションジャーナリスト -

複数のファッションブランドの販売員としてキャリアを積み、バイヤー、プレスを経験後、ファッションジャーナリストへ。新聞や雑誌、テレビなど数々のメディアでコレクションのリポート、トレンドの解説などを手掛ける。コメント提供や記事執筆のほかに、企業・商品ブランディング、広告、イベント出演、セミナーなどを幅広くこなす。著書にファッション指南書『おしゃれの近道』『もっとおしゃれの近道』がある(共に学研)。 http://fashionbible.cocolog-nifty.com/blog/
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