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「アントワープ・シックス」の一人としても知られ、カリスマ的人気を誇ったデザイナー アン・ドゥムルメステール(Ann Demeulemeester)が1985年に創業したベルギーのファッションブランド「アン ドゥムルメステール(ANN DEMEULEMEESTER)」。2013年に創業者のアンがブランドを去って以降、2代目デザイナーのセバスチャン・ムニエ(Sébastien Meunier)がブランドを受け継ぎ発展させ、2020年の同氏退任後は、主にデザインチームがコレクションを手掛けてきた。
そのような中、2023年に彗星の如く現れ、26歳という若さで同ブランドのクリエイティブディレクターに抜擢されたのが、当時メンズウェアデザイナーを務めていたステファノ・ガリーチ(Stefano Gallici)だ。幼少期から音楽に親しみ、音楽を通じてファッションに出合ったという同氏は、前衛的で独自の美学をもつアン ドゥムルメステールの世界観に新たな風をもたらし、特に若い世代から多くの支持を得ている。今回は、初来日したステファノ・ガリーチにインタビューを敢行。ファッションデザイナーを志したきっかけから、「“北極星”のような存在」だと語るアン ドゥムルメステールへの思い、インスピレーションの源泉となり続けているというファッションと音楽の関係性まで、同氏のクリエイションの背景にあるストーリーを訊ねた。

ファッションデザイナーのルーツは「父のレコード」
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── ステファノさんは、元々音楽からファッションの世界に入ったと聞きました。まずはファッションデザイナーを目指したきっかけや理由について教えてください。
元々最初のきっかけは、父のレコードコレクションでした。子どものころに父のレコードを眺めていたとき、まずは音楽そのものよりも、ジャケット写真やそこに写っているロックスターたちの衣装やスタイル、アティチュードといったヴィジュアル面に、ストレートに心を掴まれたんです。それで、6歳くらいから音楽を学び始めたのですが、10代になって、自分を表現する手段としては音楽よりも絵を描いたり服のスケッチをしたりするほうが強く惹かれると気づきました。
最初はただレコードのジャケットの服を真似して描いてみたり、自分なりに服のアイデアを落書きしたりしていただけで、それが“ファッション”に繋がっていると意識していたわけではなかったんです。でも、次第にそういうスケッチこそが自分を表現する一番の手段だとわかってきたとき、「自分にはファッションだ」と考えるようになりました。それで、ファッションデザインを学んでみることにしたんです。


── 元々は「アン ドゥムルメステール」のメンズウェアデザイナーを務めていた中で、2023年にクリエイティブディレクターに抜擢。当時の率直な思いを聞かせてください。
オファーをもらったときは本当に大きな名誉だと思いましたし、夢のような出来事でした。昔からアン ドゥムルメステールは大好きなブランドで、自分にとっては“北極星”のような存在だったので。だから、最初に話が来たときは「もしアン本人が賛成してくれているならぜひやりたいけれど、そうでなければ断ろう」と思っていました。それくらい、自分にとってこのブランドはすごくリスペクトすべき存在だったんです。ファーストシーズンを終えて、結果的にアンにも「正しい選択だった」と言ってもらえ、ほっとしています。

ステファノ・ガリーチのデビューコレクション(2024年春夏)
Image by: Launchmetrics.com/spotlight

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── 抜擢にあたり、ブランドからどのようなことを期待されていたと思いますか?
まず一つは、やはり「ブランドのヘリテージをリスペクトできる人材であること」ではないでしょうか。私はメンズウェアのデザイナーとして長くブランドに在籍していたので、何シーズンもかけて深くリサーチを行い、ブランドの歴史やアーカイヴをよく理解していましたからね。
もう一つは、若いデザイナーとして「今の若い世代にもリーチできるような感性を持っていること」でしょうか。当時のアン ドゥムルメステールは、既存の顧客層が中心で、若い世代やユースカルチャーとの接点があまりなかったんです。でも私は、ブランドがもつ遺産を尊重し受け継ぎながらも、未来にも通用する形に成長させることで、このブランドをもっと若い人たちにも響くようにしたかった。例えば、昔はパティ・スミス(Patti Smith)などのアーティストがブランドにとって象徴的な存在でしたが、私は今の新しいアーティストたちにも同じように共鳴するブランドを目指したい。そうやってブランドのヘリテージを守りながらも未来へと進めることが、自分の役割だと考えています。
「アン ドゥムルメステール」は夢見る人たちのためのブランド
── ステファノさんは、「アン ドゥムルメステール」をどのようなブランドだと捉えていますか?
このブランドのもっとも強いアイデンティティは、「夢」というメタファーの中に込められていると考えています。アン ドゥムルメステールは、ずっと“夢見る人たちのためのブランド”だと感じていて。毎シーズンのコレクション制作も、まるで物語を紡ぐような作業で、そこにはストーリーテリングがあり、詩があり、ロマンティシズムがある。ブランドの核にあるのは、そうした詩的で夢のような世界観です。
そして、このブランドを好きでいる人たちもまた、ある意味では“夢見る人”だと思っていて。実際、ブランドのコミュニティには若いアーティストやクリエイターが多く、彼らは現代のパティ・スミスやジム・ダイン(Jim Dine)のような存在になることを夢見ている。かつてブランドの周囲にいた才能溢れる人たちのように、新しい世代の人々もそうなることができると思うんです。
だから、私のクリエイティブディレクターとしての最大の目標は、この「夢」に価値を与え続け、このブランドを通して人々に夢を見てもらうこと。アン ドゥムルメステールは、単なるファッションブランドではなく、アートのような自由な“表現の遊び場”だと捉えています。

「アン ドゥムルメステール」2024年秋冬コレクション
Image by: Launchmetrics.com/spotlight

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── その目標を実現するために、具体的に取り組んでいることは?
私はコレクションを見せるだけではなく、キャンペーンも重要な手段だと考えています。例えば、私が毎シーズン継続的に手掛けている「KIDS」というプロジェクトがあるのですが、これはプロのモデルではなく、友人やアーティストなど、私にインスピレーションを与えてくれる人たちに服を着てもらって撮影を行う、自己発信型のキャンペーンなんです。これまで、ロンドンやベルリン、パリ、ニューヨーク、ロサンゼルスなどさまざまな都市でこのプロジェクトを行ってきましたが、これはブランドの周りに“メイカー(maker)”を集める試みでもあります。音楽やアート、映画など、自分自身を表現できるさまざまな分野のクリエイターを巻き込んで、ブランドの忠実で純粋なファンから成るコミュニティを作れたらと考えています。
── ブランドのクリエイションにおいては、どのようなことを大切にしていますか?
コレクション制作の過程で一番大切にしているのは、リサーチですね。旅先やレコード、本、映画など、さまざまなものから新しいインスピレーションを得て、アイデアを集めるようにしています。クリエイティブディレクターであることの素晴らしさは、それらを元に、6ヶ月ごとに新たな物語を創造できることだと思っています。
影響し合う「ファッション」と「音楽」の関係性
── ステファノさんのクリエイションには、「音楽」が一つの重要な要素として常にあります。実際、デザイナー業と並行して音楽活動もしているそうですね。
そうなんです。元々は、僕とチームの友人でもあるデザイナーとの間で始まったプロジェクトで。彼とはブランドのイメージづくりの面でも密に連携していて、そこから「音楽」という切り口でブランドのストーリーテリングや、自分自身のデザイナーとしてのパーソナリティを表現できないかと考えるようになりました。
それで、コレクションごとの“サウンドトラック”のようなものを作るというアイデアが生まれたんです。私は、普段からイベントでDJとして音楽をかけたりしているのですが、ブランドが主催するショーのアフターパーティーなどのイベントでも、このサウンドトラックを披露できたらいいなと考えました。このプロジェクトは、あくまでデザインとは直接関係しないサイドプロジェクトなのですが、ブランドのイメージやクリエイションの世界観を形成する上で、重要な役割を果たしていると思っています。

Marketing & Communication ManagerのGabriele Bartoli(左)とStefano Gallici(右)
── ご自身で楽器の演奏も?
もちろんします。元々私の音楽との関わりは、今のようにDJセットでプレイするスタイルではなく、楽器から始まったんです。6歳の頃からギターを習い始めて、それ以来ずっと音楽に親しんできました。今でもヴィンテージ楽器を集める熱心なコレクターでもあるので、楽器に対する興味は変わっていません。
ショーのサウンドトラックを作るときには、さまざまなアーティストとコラボレーションしているのですが、そうした音楽的なバックグラウンドや音楽理論の知識があることはすごく役に立っています。ただ既存の楽曲を使うのではなく、ブランドのために新しくてユニークな音楽を生み出したいという姿勢にも繋がっていると思います。
── ステファノさんにとって、ファッションと音楽の関係とは? それらはどのように影響し合っていますか?
私がファッションと音楽の関係性に惹かれるのは、アーティストがそれらを通して自分自身の“風景”を創り出しているからなんです。「ミュージシャン」という存在そのものが、本当に多面的なアーティストだと思っていますし、キャラクターからシルエット、身に纏う服、届ける音楽まで、すべてがその人の表現になっている。
だからこそ、ファッションと音楽の間には境界がなく、常に互いに影響し合っていると感じます。私自身も音楽を学びながら育ってきたので、ステージに立つアーティストたちが“自分という存在”をどのように見せていくか、その中で何を着るかということにすごく刺激を受けてきました。そういった意味でも、ファッションと音楽、どちらの世界にも無限のインスピレーションを感じています。

「アン ドゥムルメステール」2025年春夏コレクション
Image by: Launchmetrics.com/spotlight

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“対話を深める第一歩”としての初来日
── 今回が初来日とのことですが、日本を訪れようと思った理由は?
来日するのは今回が初めてですが、ずっと前から日本という国や文化に魅力を感じてきましたし、ヨーロッパとは全く違う感性があるところがすごく興味深いと思っていました。アン ドゥムルメステールというブランドとも、とても相性がいいと思うんです。ヨーロッパのアントワープのファッションシーンの中でこのブランドを見て育ってきた私たちにとって、アン ドゥムルメステールはとても馴染み深い存在。だからこそ、ブランドが慣れ親しんだコンフォートゾーンの外に出ていくことには興味をそそられますし、日本ではこのブランドの新たな姿を見られるのではないかと期待しています。
これまでも、日本では私たちとは全く違う視点や背景でこのブランドを解釈しているのを見て、すごく新鮮に思っていたんです。これからは、もっとこの「日本」という環境の中で、ブランドを進化させていきたいですね。


── 日本のファッションやカルチャーシーンに対する印象を教えてください。
アン ドゥムルメステールは私にとって“北極星”のような存在だったので、学生時代からブランドのヘリテージについて学んでいたのですが、その過程で日本のデザイナーにも自然に触れるようになりました。かつて、アン ドゥムルメステールは「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」の山本耀司さんや「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」の川久保玲さんをはじめ、多くの日本人デザイナーとまるで“衝突”するように交流していたんです。ヨーロッパと日本のブランドが互いに良い刺激を与え合い影響し合う様は、ある種の“健全な競合関係”という感じで魅力的です。
また、1980年代に日本のブランドがヨーロッパで初めてコレクションを披露し、“黒の衝撃”としてファッションシーンを切り開いていたころから、その世界観に惹かれています。そうしたムーブメントが当時のヨーロッパでもたらした衝撃や新鮮さはとても大きかったと思いますし、今のアン ドゥムルメステールが日本で見せている新しい方向性は、当時のムーブメントとどこか繋がっているように感じています。
── 今回の日本滞在で、特に楽しみにしていたことは?
今回の伊勢丹新宿店でのポップアップは、私たちが日本で“特別な形”でコレクションをお披露目する初めての機会なので、まずはそのことにとてもワクワクしています。特に、今回お見せする2025年春夏シーズンは、シーズンを重ねる中でブランドのヘリテージに自分のスタイルをより明確に落とし込むことができるようになったと感じているコレクションですし、ポップアップのためだけに用意したスペシャルアイテムもあるので。

「アン ドゥムルメステール」2025年春夏コレクション
Image by: Launchmetrics.com/spotlight

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そして、このポップアップを第一歩として、今後は日本との継続的な対話を深めていきたいと思っています。私自身、日本とのコラボレーションには明るい未来を感じていますし、今回の来日でインスピレーションを得て、次の機会にはまた新たなアイデアを実現できそうだという手応えがあります。
── 今後の具体的なプランや目標があれば教えてください。
次回来日する際には、「KIDS Tokyo」として、KIDSプロジェクトの新章を東京で実現できたら素晴らしいですね。

■ステファノ・ガリーチ(Stefano Gallici)
1996年生まれ、イタリア・テオール出身。ヴェネツィア建築大学を卒業後、アントワープのメゾン「ハイダー アッカーマン(HAIDER ACKERMANN)」でアシスタントデザイナーとしてキャリアをスタートし、2019年にイタリアのセレクトショップ企業を運営するアントニオーリ(ANTONIOLI)に入社。2020年にアントニオーリがアン ドゥムルメステールを買収後、「アン ドゥムルメステール(ANN DEMEULEMEESTER)」のメンズウェアデザイナーに就任。2023年に同ブランドのクリエイティブディレクターに抜擢され、2024年春夏シーズンからコレクションを手掛けている。
photography: Masahiro Muramatsu
最終更新日:
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