「トレンドに流されず、本当に良いものだけを売る」を店名の由来とし、2018年に開店したセレクトショップ「アマノジャク(Amanojak.)」。表参道や下北沢などではなく、あえて北千住や千駄木といった「ファッションの空白地域」に店を構え、「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」や「マルニ(MARNI)」「リック・オウエンス(Rick Owens)」といったハイエンドブランドから「ターク(TAAKK)」「フェン・チェン・ワン(Feng Chen Wang)」など国内外の気鋭ブランドまでを幅広く取り扱う。ファッション好きの心をくすぐる鋭いセレクトと熱意に溢れた接客が評判を呼び、現在では地方からファッションフリークだけでなくアスリートまでもが足繁く通うほど。開店当初はコネクションがなく1からブランドに売り込みをかけていたというが、現在では評判を聞きつけたブランドからの逆オファーが絶えず、今年1月には事業拡大に伴い北千住店を移転リニューアルした。
「心からお客様にオススメできるブランドしか取り扱わない」と明言するアマノジャクが定める「良いブランド」の基準とは何か。また、事業拡大の末にショップが目指すものとは?アマノジャクの共同創業者でディレクターを務める小山逸生氏に訊いた。
「行きたい店がなくなった」服好き3人が人生をかけて立ち上げたセレクトショップ
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ー2018年にアマノジャクを立ち上げ。ショップを始動した経緯を教えてください。
元々同じセレクトショップで働いていた共同創業者の大津(大津寿成)、廣川(廣川輝一)と再結集してアマノジャクを始めました。2人とは一緒に働いていたセレクトショップを辞めてからもファッションという共通の話題があったのでよく飲みに行き、その中で年齢や収入、買いたい服の変化に伴い「最近『行きたい』と思うショップがなくなってしまったね」という話をしていて。それなら自分たちで服好きをワクワクさせるショップを作るしかない、と一念発起して立ち上げました。
最初に働いていたセレクトショップはアマノジャクからは想像もつかないほどゴリゴリのアメカジを取り扱っていたのですが、トラディショナルな定番アイテムが毎シーズン変わらず入荷してくるタイプのお店だったのである種の退屈さも感じていて。そのフラストレーションも今のアマノジャクの在り方に影響を与えていますね。
ー立ち上げ当初から「メゾンマルジェラ」「マルニ」などの有名ブランドを取り扱っていましたが、これらのブランドが実績もコネクションもないショップに卸すというのは異例ですよね。
買い付けの部分は僕らが一番最初に直面した壁でした。担当者さんの連絡先をゲットするところまでは人伝に聞いてなんとかいけたんですが、そこから取引に結びつけるのが本当に大変で。とにかく熱量を伝えることを心掛けましたね。例えばマルニでは、ランウェイで見るブランド像と国内ショップで取り扱っているブランド像に乖離があるなと感じていたので「ショーピースなども積極的に取り扱って、ブランドの世界観を届けることでファンを増やします。国内にはこういった打ち出し方をしているショップが少ないので、必ずブランドにとってプラスになります」とプレゼンしました。
あとは、僕らがアメカジ系のセレクトショップで働いていたことも奏功したと思います。アメカジなどのオーセンティックなアイテムは一見なんの変哲もないので、生地やアイテムの歴史など、知識量で接客する傾向が多分にあって、エモーショナルな部分に語りかけるデザイナーズやラグジュアリーとは接客のベクトルが違うんです。アメカジ畑で接客をしてきた僕たちは前提となる知識量にも自信がありましたし、新たに知識を入れるノウハウも熟知していたつもりだったので「雰囲気で売るのではなく、ブランドの魅力を言語化して顧客に伝えられる」とアピールできたのも大きかったですね。
ー1号店は北千住、2号店は千駄木です。ファッション好きが集まるエリアではなく、あえてファッション文脈のない場所を選んで出店している狙いは?
一番は「サラッと買い回られたくない」という想いからですね。アマノジャクは僕ら3人が人生をかけて立ち上げたショップなので、その分服の魅力を伝えることに対する熱量も高い。でも、渋谷、原宿などのエリアはいろんなショップに入って、気に入ったものを買うといったスタンスの人が多いので、お客さんと僕らの熱量にギャップが生まれて空回りしてしまうと思ったんです。お客さんは5分でお店を出るつもりだったのに、僕らがじっくり時間をかけて接客したらウザいじゃないですか(笑)。そういった状況は双方にとってメリットがないので、あえてファッションと関わりが薄いロケーションに出店することで、少数だとしてもモチベーションが高いお客さんが来てくれるショップ作りを目指しました。
ー確かに、ほかに服屋がないエリアでアマノジャクを目がけて来店してくれるお客さんはかなりモチベーションが高そうです。
こっちも本気で接客する分、本気で服を見に来てくれるお客さんに来てほしい、みたいな。ちょっと重いかもしれませんが、取り扱っている商品も価格やデザイナーの想い含めて「重い」ので、これくらいの方が釣り合いが取れるのかなと思っています。
ーとはいえ、そういったロケーションだと立ち上げたばかりの頃は顧客を呼び込むのに苦労したのでは?
ぶっちゃけると、オープン直後は結構キツかったですね(笑)。独自の立地で開店するということで、開業半年前くらいからインスタを始めてスタイリングをアップするなど地盤作りは入念にしていたつもりでしたが、想像以上にお客さんがいらっしゃらなくて苦労しました。でも、一人一人に精一杯の接客することを心掛けていたら、評判が評判を呼んで徐々にお客さんも増えてきて。高島くん(高島涼)などのファッション系YouTuberが紹介してくれたこともあり、なんとか軌道に乗せることができました。振り返ると、人との縁には本当に感謝しかないですね。
「売って終わりではない」精神が顧客との信頼生む
ー接客の際は「カルテ」と呼ばれる顧客ごとの資料を作ってリピートに繋げていると聞きました。
カルテに関しては、2018年のオープン時からずっと継続しています。僕はかつて働いていたセレクトショップを辞めてからとあるアイウェアショップに勤務していたのですが、眼鏡って視覚矯正器具なのでショップにお客さんごとのカルテがあるんです。「最近乱視が酷くなっている」「徐々に度数を強めている」といったお客さんの情報をスタッフ間で共有して接客に役立てる仕組みなんですが、物を売って終わりではない、売買契約の先まで見据えたサポートはお客さんとの信頼関係に繋がると常々感じていて。これを服屋に応用したのがアマノジャクの「カルテ」です。以前興味を持ってくれたアイテムはもちろん、「彼女さんとここに行くと言っていた」みたいなささやかな情報もメモしています。折角お客さんと色々お話したのに、担当するスタッフが代わるだけでリセットされてしまうのってお互い悲しいじゃないですか。
ー顧客との信頼関係を何より大切にしているんですね。
身も蓋もないことを言えば、セレクトショップという業態で「ここにしかないもの」は基本的にはないですから。置いている商品で差別化ができない以上、違いは「空間」と「人」でしかない。「ここのお店で買いたい」「この人から買いたい」と思ってもらえるような店作りを突き詰めてきたつもりです。
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ーアマノジャクでは、アフターサービスとして服のボタン付けや靴磨きなども請け負っていますよね。
そうですね。お客さんの中にはウチで初めて新しいブランドに挑戦してくれたという人もいるんですが、そんな時に偶然ボタンが緩かったりしてブランドにマイナスイメージを持たれてしまったらお客さん、店、ブランド全てにとって良くない。そういった“事故”を防ぐためにも、ボタン付けくらいのカジュアルなケアはショップ側で対応するようにしています。靴磨きにしても、鏡面磨きのような専門的なことは別ですが、デイリーなケアくらいならお金をとってやるようなことではないなと。それに、先ほども言いましたが「売って終わりではない」といった安心感をお客さんに感じていただくことが「Amanojak.で服を買う理由」になると信じていますから。
ー開店当初からブランドも着実に増え、最近では「カラー(kolor)」「アクロニウム(ACRONYM®)」などのブランドも加わりました。今ショップで特に好調なブランドは?
現在店頭で勢いがあるブランドは「リック・オウエンス(Rick Owens)」と「グイディ(Guidi)」ですね。どちらもここ2〜3年で取り扱いを始めたんですが、スタッフが大好きなブランドということもありSNSでスタイリング提案を続けた結果、今ではお客さんの心をガッチリと掴んでいます。リック・オウエンスは取り扱い当初と比べオーダー数を4倍ほどに増やしていますが、それでも90%以上はプロパー消化できていますし、グイディに関しても2023年実績で初年度の5倍となる約100足を売り上げました。
ーグイディのアイコンブーツ「PL1」は1足25万円ほどですから、ざっと計算してグイディだけで2500万円ほどの売上が立っている訳ですか。凄いですね。
グイディは2023年に発売したアマノジャク別注モデルも好評でしたし、まさにショップの顔とも言えるようなポジションになってきましたね。多くの人がグイディを買う時に「これまでの人生で購入した靴の中で一番高いアイテムになりました」と言ってくださるんですが、そういったかけがえのない体験をアマノジャクでしてくれるのはショップを営む身としては本当に幸せなことです。
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ー1月には北千住店を移転しリニューアルしました。
北千住店は1号店だったこともあり、売場面積は2号店となる千駄木店の2/3程度と控えめだったので、催事などを開催しづらいといったデメリットがありました。また、これ以上ブランド数が増えると全てのアイテムを展開できなくなるのではといった懸念もあったので、今回のリニューアルで全ての憂いを払拭できたのは良かったですね。早速2月には、北千住店でターク デザイナーの森川さんの在廊イベントを実施しました。
「トレンドだから」でオーダーはしない、“良いブランド”の定義
ーアマノジャクでは「ジギーチェン(Ziggy Chen)」や「ナチュラル インスティンクト(Natural Instinct)」、アイウェアブランドの「カメマンネン(KameManNen)」など、独自のセレクトも多いです。
「自分たちのセレクトに100%責任を持つ」という気持ちでセレクトすることを心がけています。自分たちが本当に良いと思ったブランドを提案して売れなかったのなら反省するし、次どうしようかと前向きに対策を考えられますけど「売れ線だから」「トレンドだから」という理由だけでオーダーして売れなかったら「ダメだったね」で成長が止まってしまいそうな気がするので。
ー小山さん流の「良いブランド」の定義とは?
そのブランドにしかない突出した強みがあるということですね。お客さんからしても明確な上位互換があると萎えると思うし、我々紹介する立場からしても本気でオススメできないので。技術でもアイデアでも「ここだけはどこにも負けない」という魅力を持ったブランドをセレクトするようにしています。
例えばそこにかかっている「ブラックミーンズ(blackmeans)」。ヴィンテージから着想を得たレザーアイテムを中心に展開していますが、「ショット(Schott)」や「ルイスレザー(Lewis Leathers)」みたいなゴリゴリ感がなく、モダンな雰囲気で着用できるのが強みです。ブランドのもう一つのアイコンである布を継ぎ接ぎして作る「ボロ」と呼ばれるアイテムも、ブラックミーンズのフィルターを通すことによって土臭さがなくなって洗練された印象に仕上がっています。
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ースラスラ言葉が出てきて、本当に良いと思って買い付けているのが伝わってきます。ではそちらの「ジギーチェン」は?
ジギーチェンの魅力は「パッチワーク・縫製・生地」が三位一体となった芸術点の高さですね。100%オリジナルの生地を用いて、「縫製は言葉」と話すデザイナーのジギー・チェン氏ならではの美しい縫製で、ユニークなパッチワークを作り上げる。「世界一のモノ作りをしている」と胸を張って言い切るほど、自分たちの服にプライドを持っているのも魅力的だと思います。
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ーどちらも確かに小山さんがいう「良いブランドの定義」に当てはまっていますね。小山さんが今注目しているブランドは?
個人的に今注視しているのは、「アヴィヴァ ジフェイ シュー(AVIVA JIFEI XUE)」というブランドです。日本で生活した経験もある中国人の若手デザイナーがニューヨークで立ち上げたブランドなんですが、一つ一つの服に対してかけている手間がすごい。例えばこのアウターは、生地を柿渋染めしてその上からオイルド加工をしているし、ボタン一つとってもレザーの上に樹脂コーティングをしていたりと、とにかく手が込んでいます。また、アルチザン的なアプローチなのですが、デザイナーが女性なのでシルエットに柔らかい印象があるのも特徴です。どこか上品さを持ち合わせていて、「サロモン(SALOMON)」のシューズと合わせてニューヨークを歩きたい、みたいな。とにかく「粋」なんですよね。
ー確かに手が込んでいるのが伝わってきます。
2023年6月の展示会で初めてパリに出展したブランドなんですが、アマノジャクでも2024年春夏シーズンから取り扱いをスタートしたばかり。現状、日本で取り扱っているのはウチだけみたいですね。
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2年で年商2億円増、アマノジャクが事業拡大の先に目指すものとは?
ー売上も伸びていると聞いています。直近の業績について教えてください。
オープン時から業績は右肩上がりで、2023年の年商は3億円。2021年に千駄木店をオープンした時は年商1億円だったので、有難いことに2年間で約3倍に伸ばすことができました。
ー2年間で年商3倍は凄いですね。好調の要因は?
客数が増えているということもありますが、それ以上に客単価が伸びているのが好調の要因ですね。千駄木店オープン時(2021年)は客単価が約5万円だったんですが、2023年では約10万円まで伸長しています。初見でいきなり10万円、20万円を使ってくれる人は中々いないですが、これまで購入してくれたアイテムから購買傾向を分析してアイテム提案を行うなど、お客さんとの信頼関係を築いてきたことが実を結んできたという実感があります。
ー2024年度の売上目標を教えてください。
具体的には設定していないですね。2023年より増やしたいというのはありますけど、オープンしてからここまで駆け足で階段を駆け上がってきた感じだったので、一度ここらで立ち止まって自分たちの足元を見直してもいいのかなと。スタッフも増えてきたので、一度「店」ではなく「人」を育てるフェーズに移行しようかと考えています。オープン時からそうですが、アマノジャクの一番の武器は「人材」。ここを盤石にすれば、自ずと店としての次のステップも見えてくると思います。
ー次のステップというと、3号店のオープンとか?
いえ、まだそこまで具体的な構想はないです。ただ、3号店を出店するとしたらこれまでの北千住、千駄木と同じく、ファッションの中心地ではないロケーションで出したいかな。
ー抽象的な質問にはなりますが、最後にアマノジャクが事業拡大の先に目指すものについて教えてください。
烏滸がましいかもしれませんが、ハイファッションの復権に一役買うことですかね。昨今、コンビニが服を出してヒットしていることなどからも分かるように、服を日用品として消費する向きが非常に強まっていると感じていて、これは寂しいことだなと。ファッションって、人類が繁栄する中で成長させてきた文化の1つじゃないですか。売れる売れない、着心地云々といった視点ももちろん大事ですけど、そこだけじゃなくて着た人の気分を高揚させる力がハイファッションにはある。それらがもっと求められる時代になっていってほしいし、デザイナーが服一着に注ぎ込んだメッセージを僕らなりに咀嚼して、世間に発信し続けることでそんな時代に近づけられると信じています。そして結果的にファッション業界で働きたいと考える若い世代が増えて、ファッションがますます盛り上がる。そんな好循環を作り出せたら最高です。
(聞き手:村田太一)
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