2023年秋冬シーズンからじわじわと浸透してきた"クワイエット ラグジュアリー(=静かな・控えめな贅沢)"が一大トレンドに躍り出ている。ウィメンズの2024年春夏コレクションでは、ワードローブの定番や実用服を解体し掘り下げ、再構築することでデザインや機能を変化させるブランドが台頭。また先行きが不透明な世の中を憂い、ファッションを通して混沌とした世界に明るい未来を投げかけようとするブランドが多く見られた。
その特徴がよく現れている10ブランドを筆者が厳選、ここに紹介する。
1. エムエム6 メゾン マルジェラ(MM6 Maison Margiela)
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2023年9月にミラノで行われたエムエム6 メゾン マルジェラのランウェイショー。今シーズンは「抽象化」と「簡潔さ」をテーマに、肉屋の伝統的なエプロンやオフィススーツなど労働者の実用的な仕事着の原型と、手の簡素な動きを用いながら、結果的にアイデアを最も先鋭的なところにまで発展させることを本質としてコレクションが作られた。
みぞおちのあたりまで深く切り込んだVネックのトップやノースリーブの長いジャケット、裾を引きずるまで長く伸びたパンツに、メンズモデルが着用していた敢えて結ばずに首にかけたネクタイ、そして袖のないロングTシャツなど、柔らかい素材で作られた垂直で細長いシルエットが特徴。
ワードローブには、片側に非常に長いスリットや完全に開いたサイドシームがあるものが多く、そこには長い紐(リボン)が取り付けてあり、着ている人の動作によって服のドレープの形が変化していく。ジェスチャーが衣服をどう定義できるかを探究する試みだ。ここ最近続いていた熱波を表現するためにキャンドルが溶け出したようなトップスやアクセサリーも登場し、温暖化に対する警告も忘れない。
ジョン・ガリアーノ(John Galliano)が率いるメゾン マルジェラ(Maison Margiela)のコレクションは、奇才ガリアーノの高度なカッティング技術や服飾史を覆すエキセントリックで独創的な世界観に溢れている優れた芸術作品である。ただ、既成の美的価値に常に疑問を投げかけ、衣服構造の「脱構築」を続けた創業者マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)の意思の部分を忠実に引き継いでいるのは、MM6なのではないだろうか。
2. ミュウミュウ(MIU MIU)
「美の瞬間、歴史の証、人生の片鱗」をテーマに、絶え間なく変化し続ける今の複雑な世の中を反映する現代の美の探究。美しさはひとつではなく無数にあり、それぞれの個性、人生の喜びを受け入れることを、さまざまなワードローブを用いながら型にはまらない自由なスタイリングで表現し、日々の煩わしさを抱えながら仕事に追われる現代の女性たちの姿を見事に捉えている。ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)の女性らしい視点から生まれた、女性のための(そしてそのボーイフレンド達のための)コレクションだった。
実用的な服と好きな服を、取り敢えずクローゼットから引っ張り出して着たかのようなラフさ。エンブレムジャケットやポロシャツ、オックスフォードシャツ、トレンチコートやVネックセーターなどのプレッピースタイルと、90年代風の色褪せたレザージャケットやコートに太いベルト、ゴールドラメのブロカード素材で出来たクチュール的アイテムに、フリルやネグリジェの柔らかなシルエット、トラックスーツなどのスポーツアイテム。そしてボトムは、前シーズンの流れを汲んだアンダーウェアスタイルをはじめ、ローライズやマイクロミニが目立つ。一見するとテイストがバラバラのアイテムを、絶妙なバランスのスタイリングで見事にまとめ上げた。
仕事に家事に子育てと、日々走り回る女性に朝ゆっくりと鏡に向かってドレスアップする時間は限定的だ。オフィスで履くハイヒールがバッグの中に入っていたり、足の指にはカラフルな絆創膏が巻いてあったり、髪をざっくりとひとつにまとめて眼鏡をかけて、ナイトウェアをドレスのようにコートの下に着たままの姿は、誰もが一度は体験したことがある朝の多忙さを見事に表現しながら、かつスタイリッシュな独自のリアルスタイルに生まれ変わっている。
ミュウミュウが2023年秋冬コレクションで打ち出した「脚見せスタイル」の反響はとても大きい。今シーズンも多くのブランドから、マイクロミニ丈やシアーなボトムが登場している。
3. ジェイダブリュー アンダーソン(JW ANDERSON)
JW アンダーソンの今シーズンのテーマは「実用性の中に遊び心を、そして遊びの中に実用性を」。ファーストルックは、英国の人気クレイ・アニメ『ひつじのショーン』や『ウォレスとグルミット』などのいわゆるストップモーション・アニメのキャラクターを制作する時に使用する「プラスティシン(Plasticine)」という粘土を素材として使ったフーディとショートパンツにサンダルを組み合わせたスタイル。よく見ると肩や腰が浮いた状態になっており、まるで無邪気な子供が粘土遊びで作った人形のようなユーモラスな雰囲気のあるスタイルだ。
丸みを帯びて立体的に裁断されたローエッジのブレザーや大きく平織されたパンツ、かぎ針編みのミニドレスや、ダウンの羽毛が飛び出したかのようなオーバーサイズのボマージャケット、フードがついたバイカージャケットやカーゴパンツ、そして包帯のような細長い布をドレープしたドレスなど、原型となっているのは若者が普段身につけている服。それらを膨らませたり、結んだり、編んだり、広げたり、曲げたりしながら、ユニークで新しいボリュームを作り出している。
他にも、カラフルなビニール袋に空気をパンパンに入れて口を閉じたようなTシャツとパンツの組み合わせや、フラフープのような輪がボトム部分に組み込まれたドレス、ドレープの生地で作られたフーディと細い帯丈のラメ生地を粗く無造作に織り込んで作ったスカートの組み合わせなど、一見すると日常的なシンプルなアイテムが、ジョナサンの魔法にかかると奇妙な形にどんどん変化していく。毎シーズン新しい素材や手法で楽しませてくれるジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)、もう次のコレクションが楽しみで仕方がない。
4. エルメス(Hermès)
2015年春からウィメンズのアーティスティック・ディレクターを務めているナデージュ・ヴァネ=シヴュルスキー(Nadège Vanhée-Cybulski)が率いる今シーズンのエルメスのテーマは「身体と衣服のダイアローグ」。コンテポラリーで洗練されたミニマルシルエットは、女性の身体を優しく包み込んで躍動感を与え、カットワークやスラッシュ、ジュールエシェルステッチによって見え隠れする肌の透け感と相まってセンシュアルな表情を醸し出している。
ブローグシューズのパーフォレーションとピンキングのディテールをヨークやポケット口の縁飾りやチェック柄の一部として使用し、メゾンのシグネチャーモチーフを皮革のパンチングとファインニットで幾何学的に表現。元は馬具工房として始まったエルメス社の、確かな皮革製作の技術を活かしたディテールや金具などが至るところに施されている。
カラーパレットは、バーガンディ、ベージュ、レッド、アイボリー、チョコレート、ブラックなど。全身ワントーンでまとめ、控えめで上品な雰囲気だ。
面白いなと思ったのが、ブラトップとウエスト部分とボトム部分が3分割されたニット。それぞれ端のプラケットにボタンとボタンホールが施され、着る人の好きなように「ワンピース」としても「トップ&ボトム」としても、そして「スラッシュ開きの肌見せドレス」としても着られる。コレクションでは、様々なカラーとネックラインで展開されている。2024年メンズシーズンから台頭し始め、今シーズンブレイク中のトレンド「クワイエット ラグジュアリー」を地でいく、エルメスの真骨頂が存分に発揮されたコレクションだった。
5. ロク(Rokh)
フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)率いるセリーヌ(Céline)でキャリアをスタートさせ、その後フリーランスでクロエ(Chloé)やルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)で経験を積んだロク・ファン(Rok Hwang)のブランド、ロク。今シーズンは時代を超越した服装の本質を掘り下げ、現代のワードローブの必需品を再考し、衣服の構造とディテールに捻りを加えながらシルエットの再定義を図った。
ミリタリージャケットやアイビーリーグ、トレンチコート、シャツやセーター、パンツやジーンズなどの定番を解体し、原型の本質的なアイデンティティは残しつつも、ワイドレッグキュロット、そしてランジェリーやドレスなどを加え、新しい解釈とフィット感を取り入れながらクールで若々しくデザインされたアイテムは、どれもカッティングが美しく完成度が高い。ロク自身がパターンメーキングの知識にとても明るいのだろうということが容易に想像できる。
素材は厚手のドリルコットンやダブルボンディングコットンギャバジン、ウォッシュドツイルウールやヴィンテージブルーデニムなど、ワークウェアやアイビーリーグの要素にプラスして、ビニールやシリコンコーティング地を使用。フリンジのようなモコモコとしたテクスチャーも加わり、ヴィンテージとモダンをミックスさせている。
「是非メンズコレクションを」という多数の要望に応え、今シーズンはメンズコレクションも同時に発表。彼の確かなテーラリングのパターンの技術がここでも遺憾無く発揮されている。これからもロクのクリエイションに目が離せない。
6. ピーター ドゥ(Peter Do)
発表の場をニューヨークファッションウィークからパリファッションウィークに移したピーター・ドゥ。このコレクションには米ブランド「バナナ・リパブリック(Banana Republic)」とのコラボレーション「ピーター・ドゥ x BR (Peter Do x BR)」の10ルックをちりばめた形で発表された。
ピーターは前述のロク・ファンと同じくフィービー・ファイロのセリーヌからキャリアをスタートさせ、やはりテーラリングのパターンメーキング技術がしっかりしている期待の若手デザイナーである。ロクと同じようにベーシックな定番アイテムを用いながらディテールに捻りを加えて新しいシルエットを作り上げているのに、表情が全く異なる。ピーターのクリエイションにはエフォートレスでどことなく洗練された大人の雰囲気が漂っている。
装飾を最小限に抑え、カッティング、生地、構造でミニマルな服の美しさを表現したコレクションはとてもエレガントだ。カラーパレットもモノトーンやベージュ、グレイに赤、ロウデニムのインディゴのみでシンプルさが際立つ。
「ヘルムート・ラング(Helmut Lang)」のクリエイティブディレクターにも就任し、今シーズンニューヨークファッションウィークでデビューコレクションを発表したばかりのピーター。次世代を担う期待のデザイナーであることに間違いないだろう。
7. ワイ・プロジェクト(Y/PROJECT)
グレン・マーティンス(Glenn Martens)は2017年に世界的な若手デザイナー賞であるANDAM賞のグランプリを受賞、2020年秋には「ディーゼル(DIESEL)」のクリエイティブディレクターにも就任した1983年生まれのベルギー人で、Z世代に絶大な人気のあるクリエイターのひとり。彼がデザイナーを務めるパリのブランド、ワイ・プロジェクトの今シーズンのインスピレーションは故郷のベルギー。ブルージュの建築を、生地のねじれやシワや折りなどのテクスチャーで表現した。
ワイ・プロジェクトは素材としてデニムを使うのが得意。今シーズンもラベンダーやバター、バーガンディのカラーをグラデーションに重ねたり、ブリーチしたり、フォイル加工を施したデニムアイテムが揃う。デニムジーンズのようなバッグやスナップ付きのくしゃくしゃなドレープを施したブーツも面白い。
ランジェリーのレースやチェック柄のトロンプ・ルイユのプリントをはじめ、螺旋状にねじられたアイテムの数々や洗濯機から取り出したばかりのようなシワだらけでボリュームのあるストライプシャツ、黒のティアードスカート、フード付きの彫刻のようなロングドレス、スラッシュ部分のスナップやカギホックのとめ方、ファスナーの閉め方で着る人が自由に形を決められるボトムスにコートにMA-1、そしてリアルでおどろおどろしい蛇のネックレスなど。テーマであるゴシック建築と創世記の物語、そして昔からあるテクニックがダークで壮大な雰囲気を醸し出している。
2022年には、ジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)にオートクチュール コレクションのゲストデザイナーとして招聘されたり、コラボプロジェクトを発表したりするなど大活躍中のグレン。更なる活躍が注目される。
8. アンダーカバー(UNDERCOVER)
高橋盾が手がけるアンダーカバーの今シーズンのテーマは「ディープ・ミスト(Deep Mist)」。モデル達は全員ベールで目と頭を覆われ、服の外側にシアーな素材を重ねることでポケットバッグが透けてインサイド・アウト的な効果が出たり、曖昧なアウトラインが形成されたり、まるで深い霧の中にいるようなミステリアスな世界観を表現している。
押し花のような薔薇の装飾やトランプ、タグや安全ピン、カミソリなどがシアーな素材に挟まれているディテールや、蜘蛛の刺繍、そして蜘蛛の巣のように粗く編んだニットがライニングになっているポルカドットのシフォントップなどはユニークで独創的だ。
プリントはドイツ人画家ネオ・ラオホ(Neo Rauch)とのコラボレーション作品。自身が描いた油絵「目のない肖像画」シリーズがモチーフとなった手の込んだテクスチャーのスカートも登場し、シュールで不気味な雰囲気を醸し出している。
最後に皆が驚いたのは、ショーの締めくくりとして登場した暗闇に光る3体の「テラリウム」ドレス。不透明な世界に光を放つ、斬新で幻想的な演出には心を奪われる。オリジナリティに溢れたショーだった。
9. リック オウエンス(Rick Owens)
モードストリート系のパイオニア的存在としてメンズ、ウィメンズ共に絶大な人気を誇るリック・オウエンス。ハリウッドセレブからK-POPアーティストなど多くの著名人も着用している。
今シーズンもパリのパレ・ド・トーキョーで、2024年春夏ウィメンズコレクション「LIDO」を発表。いつものダークでミステリアスなディストピア的な雰囲気は変わらないものの、花びらのようなモーヴピンク、レッド、オレンジのような明るいカラーパレットの影響で、どこかポジティブなムードも漂うコレクションとなった。
アイスランドのアーティスト、ビョーク(Björk)のライブに行って得た喜びが今シーズンの主なインスピレーション源になったというリック。いつにも増して肩がぐんと上に突き出していて、まるで昆虫、戦闘ロボットあるいはSFのようなショルダーパッドが特徴的。
キャンバスやユーズド加工されたレザーで出来た立体的な縦長のシルエットと、それとは真逆の、ドーナツのように輪にした布を体に巻きつけて出来た抽象的な彫刻のようなドレスの対比が面白い。断ち切りの布のテープを重ね、生地に叩いて出来たテクスチャーや凹凸感のあるストライプ素材、胸元のドレープなどがコレクション全体をソフトに和らげてくれている。
防護服を思い起こさせるジャンプスーツにはパラシュートのようなマントのような柔らかい大きな布が付いていて、モデルが動くたびに風をはらませて大きく膨らむ。シアーなベールのような被り物とモデルが付けている黒いコンタクトが怪しげで、現代の不確実な、不安な世の中を象徴しながらも、それに打ち勝つ喜びと希望が見えてくるようなコレクションだった。
10. コム デ ギャルソン (COMME des GARÇONS)
「暗い現状から抜け出すために、鮮やかで明るい未来を提示したい」という川久保玲のメッセージ通り、コム デ ギャルソンの2024年春夏シーズンはこれでもかと言うほどの鮮やかなカラーとプリント柄に溢れ、力強いアート作品のようなエネルギッシュなコレクションとなった。
型破りでいびつな球根のような形状に、幾何学プリントやタータンチェック、ギピュールレースに肖像画、様々な花柄プリントとネオンのようなコバルトブルーやバブルガムピンク、赤などのヴィヴィッドな色の衝突はエネルギーに満ち溢れ、憂鬱な現状から解放される自由さを感じる。ファッション業界があらゆる場所でクリエイティビティを淘汰しようとしているように見える今の退屈な時代において、改めて純粋に、束縛のないファッションの喜びと、表現することの素晴らしさを噛み締められるコレクションだ。
川久保玲は、しっかりと時代を見据え、服という形態を通して現代へのメッセージや思想を反映させる、その上できちんと商業的にも成功している稀有な存在だ。ファッションを通して哲学を語る——ファッションを単なる機能としてのツールとして利用するのではなく、また、ただ表面だけの奇抜さをファッションデザインと取り違えることなく、もっと深い部分でファッションを捉え、ファッションをもっと崇高なところまで運んでくれる。ファッションそのものと川久保玲の功績がもっと敬意を表される時代がやって来ることを望んでやまない。
文化服装学院アパレルデザイン科卒業後、服飾専門学校で5年間の教員生活を経て2000年に渡仏。ニコラ・ジェスキエールのバレンシアガ(BALENCIAGA)→ アルベール・エルバスのランバン(LANVIN)→ ピーター・コッピングのニナ・リッチ(NINA RICCI)と、ジョブ型雇用で外資系老舗ブランドのデザイナーを歴任。2015年からはニューヨークに移住し、英国人スチュアート・ヴィヴァース率いる米ブランド、コーチ(COACH)では、ウィメンズウェアのシニア・デザインディレクターとして活躍。2019年に拠点を再びパリに戻し、2021年からパーソンズ・パリ(NYにあるパーソンズ美術大学のパリ校)の修士課程(MFA)でアソシエイト ディレクターを務めるほか、学士課程(BFA)では世界各国から集まった学生達にファッションデザインのノウハウを教えながら、インフルエンサーとしてnoteで執筆活動をするなど、自らもじわじわと進化中。
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