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再開発事業の天神ビッグバンで、西日本鉄道(以下、西鉄)が本社ビルを建て替えた「ワン・フクオカ・ビルディング(通称ワンビル)」が竣工し、4月24日のグランドオープンを待つばかりとなった。地上19階、地下4階、延べ床面積は約14万7000m2。地下2階から地上5階までに飲食やオーガニック食材を揃えるスーパービオララ、シャネルやナイキの旗艦店、メンズ・レディスの最新コレクションを揃えたメゾンキツネ、アートを軸にカフェ、ギャラリーなどを備えたSPIRAL GARDEN、蔦屋書店やスノーピーク、中川政七商店、伊東屋などの全126店が入居。6~7階はワーキングスペースやスタートアップ支援拠点、8~17階が西鉄本社などのオフィス、18~19階がホテルという構成だ。
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従来の福岡・天神エリアは、1960年代に建てられたビル群が老朽化していたにも関わらず、空港が至近距離にあることから航空法の規制により高層ビルへの建て替えができなかった。しかし、2014年に政府の国家戦略特区に指定されたことで、100mまでだった建物の高さ制限が緩和され、容積率の上限も1400%となった。これにより20階以上のビルが建てられるようになったのである。また、天神ビッグバンでは、高さ制限以外に沿道の緑化や広場の整備、周辺との調和したデザイン、植樹や植栽、パブリックアートの設置、ユニバーサルデザインへの配慮といった運用基準を満たすと、決められた容積率が基準に上乗せされる。天神の新しい街づくりを調和のとれたものにするためだ。
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ワンビル前の旧福ビルには、仕事で何度か訪れたことがある。賃貸オフィスやテナントの内装、西鉄の受付カウンターこそ綺麗に体裁が整えられていたが、西鉄オフィス内の天井や柱は明らかに経年劣化が見られた。まあ、福ビルは1961年に建てられた古いビルの部類に入る。2005年の福岡西方沖地震では窓ガラスを固定するグレチャンが経年劣化していたため、ビルの揺れを吸収できずに割れたガラスが地上に落下して、通行人の頭部を直撃する事故も起きている。西鉄は商業開発のソラリア計画を優先して、本社ビルの建て替えは後回しにしていた。それが天神ビッグバンで一気に動き出したわけだ。
ワンビルではフロアの6カ所に合計1000m2ほどの広場が整備され、天神地下街や地下鉄天神駅への地下通路も設けられた。ビルの外観は黒を基調としているものの、夜間は暖色の灯りで照らされる。また、ビル内の随所にアートやモニュメントが配置され、来館者がくつろげる憩いの場作りにも注力されている。無機質な高層ビルが立ち並ぶと、えてしてコンクリートジャングルと揶揄されるが、照明やアートなどがあることでビルが街並みを潤してくれる。ニューヨーク・マンハッタンのような光景が福岡でも見られるようになるのだ。
都市開発はそれぞれの開発事業者が独自でハードを作ると、外観デザインを優先した気を衒ったようなビルばかりが生まれ、街として調和が置き去りにされかねない。そのため、天神ビッグバンでは事業者同士が足並みを揃え、統一した街づくりを目指している。また、天神明治通りの地権者で作る協議会は街づくりのグランドデザインを取りまとめた。「アジアで最も創造的なビジネス街」という将来像に向け機能更新を進めていくもので、構想には地権者間および行政、We Love天神協議会等との調整・連携、街づくりに関する調査・研究、公的施設の整備・管理計画の作成などがもり込まれている。
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グランドデザインで注目すべきは、ビルの低層部に人や企業を惹きつける施設を配置して都市機能を高め、それぞれの建物が連続感を持つような作りにすることで、沿道の景観を作り出すこと。また、駐車場の出入り口を集約したり、利用しやすい駐輪場を整備して、天神への交通体系をまとめながら歩行者が歩きやすい街にする。それら全てをシンクロさせることが「街の共用部」になるという発想だ。ここ数年に再開発されたビルでも低層界がガラス張りに統一され、内部が見える構造になっている。歩道整備においても隣接ビルの事業者と計画段階から街並みを揃える目的で調整を図っているため、統一感が生まれている。
こうした都市の再開発、高層ビルの整備はすでに東京では一般化している。東京メトロ銀座線と東西線、都営浅草線が乗り入れる日本橋駅上に立つビル群。東京メトロ南北線と銀座線が交差する溜池山王駅両側に建つ赤坂グリーンクロスや赤坂インターシティなど。東京メトロ南北線六本木1丁目駅上のアークヒルズサウスタワーや泉ガーデンタワーなどがそうだ。これらの高層ビルはビル地下が地下鉄駅に直結し、ビル同士も地下通路で繋がっている。オフィスビルでありながら物販や飲食、コンビニなど複数の店舗が出店し、地下トイレは外部の人間も利用できるなど、利便性が増して非常に回遊しやすい。
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ワンビル東隣には2021年に開業した「天神ビジネスセンター」がある。天神交差点を挟んで、西側の「ヒューリックスクエア福岡天神」も1月31日に開業した。その先には「天神住友生命FJビジネスセンター」が建設中で、こちらも5月に開業予定だ。真向かいの天神センタービルも仮囲いがしてあり、解体工事が進捗中だ。さらに天神西の交差点先、大名小学校跡地には「福岡大名ガーデンシティー・タワー」が23年に完成している。天神交差点の南西角に位置する福岡パルコが西鉄福岡駅や新天町と一体で再開発されると、天神は東の中洲側から西の赤坂門側まで約1.2kmほどに高層ビルが立ち並ぶ。
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他にも「天神ビジネスセンター2」、「天神1-7」(天神イムズ建て替え)、「天神ブリッククロス」が建設中で、今後は「天神二丁目南ブロック駅前東西街区(福岡パルコや新天町など)」の再開発、「福岡中央郵便局およびイオンショッパーズ福岡の段階連鎖建替えプロジェクト」も控えている。数年後には天神は完全にリトル東京と化し、新たな空間と雇⽤を創り出すのは間違いないだろう。支店都市の経済と言われてきた福岡市は、流通から金融サービス、ITまでの企業の受け入れが可能な新たな拠点都市へ変貌中だ。
商業集積中心だった再開発の歴史が変わる
福岡・天神における開発、発展の歴史を振りかえると、時代ごとに特徴がある。まず、第一期は1970年代。天神北にあった松屋百貨店のビルが都市型SCの「マツヤレディス」に生まれ変わり、北側のダイエーショッパーズビルと結ぶセンタービルに「ショッパーズプラザ」が誕生。マツヤレディス地下からは南に伸びる「天神地下街」が整備され、西日本新聞会館ビルには博多大丸が移転し、「大丸福岡天神店」と改称。都市型SCの「天神コア」や「天神ビブレ」も開業した。この時は、東京からアパレルブランドが大挙して出店し、天神のファッション集積は一気に高まった。同時に「第一次天神流通戦争」という呼称も生まれた。
第二期は、1989年の「天神イムズ」「ソラリアプラザ」「ユーテクプラザ」の開業である。天神イムズは明治生命(現明治安田生命)と三菱地所の頭文字をとった天神MMビル(仮称)として、福岡市の公共施設「天神ファイブ」の跡地を再開発するものだった。大手企業による事業ではあったが、公共用地であったため福岡市の情報発信機能も求められた。イムズの正式名称がInter media Stationという所以である。開発にあたり敷地角にあった「眼鏡の愛眼」は立ち退きを求められたが、ガンとして譲らず外装タイルをイムズと同じものにすることで、現地に居座ったという。イムズの建て替えでその話はどうなるのかとという疑問も残る。
ソラリアプラザは西鉄運営の福岡スポーツセンターを再開発するもので、こちらは物販・飲食テナントのほか、ホテルやシネマコンプレックス、スポーツジムなどを誘致した複合施設となった。ユーテクプラザは地元のベスト電器が九州の秋葉原を目指して開業した大型電器専門ビルで、国体道路を挟んだ渡辺通り側に開業した。時はバブルの絶頂期で、福岡市はアジアの玄関口を標榜したアジア太平洋博覧会を開催した。この時は現在ほど訪日外国人が増加したわけではないが、天神は九州各地から買い物客を集めた。来福客は利用するJR九州の特急の名を用い、かもめ族、つばめ族などと呼ばれた。
第三期は1996年10月、岩田屋の新館「Zサイド(ジーサイド)」開業に始まる。翌97年春には大丸福岡天神店が増床し、「東館エルガーラ」を開店。西鉄は福岡駅を南進させる第二期のソラリア計画でソラリアターミナルビルを開発し、核店舗に「福岡三越」が出店したのが同年秋だ。これら三店舗の新築・増床により、天神にある百貨店の売場面積は従来の2.7倍に膨れ上がり、人の流れは南下して天神の重心は南に移動した。その後もソラリアステージの開業、地下鉄七隈線開通に伴う天神地下街の延伸などが続いた。福岡・天神はオーバーストアが指摘されたものの、高速道路網の整備で九州全域から集客を果たし、円安による訪日外国人も加わって、消費への追い風は現在も続いている。
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福岡・天神の再開発は1990年代までは商業開発による流通戦争を引き起こしてきたが、これからはオフィスビル建設によるアジアの拠点都市として他都市との競争が始まろうとしている。そこで指標となるのがオフィスの空室率だ。企業の進出が進めば、空室率は下がるが、思うように進まなければその率は上がる。天神のポテンシャルを占う上でも重要な指標と言える。民間予測では福岡市全体のオフィスの空室率は2026年に9.8%へと上昇。それが30年には入居が進んで供給過剰と言われる5%を下回るという。
ただ、オフィスの供給は予断を許さない。米国の不動産サービス大手が行ったオフィス用フロアの面積が600m2以上の大型物件とそれ以下の中規模物件の需給予測の試算では、23年は6.4%、24年は7.0%となり、22年の2.3%から急上昇している。福岡大名ガーデンシティーやワンビルが竣工したことが理由と見られるが、25年はさらにビルの開業が続くことから、9.6%まで上昇すると言われる。
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今後は空室率の適正値(約3~5%を維持)=企業進出を促進することが不可欠になる。これから26年にかけて大型ビルの竣工が相次ぐが、27年から29年は一段落することで空室率は低下し、30年には4.5%という適正値内に収まると見られている。一方、中規模物件は供給が少ないことから、空室率は24年が3.0%、26年でも3.5%と供給過剰とまではいかない。賃料相場はワンビルが1坪あたり3万2000円だが、東京でも日本橋が同3万2986円、六本木1丁目が同2万3503円、溜池山王が同1万8,693円だから、それらと比べてもかなり高額と言える。路面店の家賃も24年10~12月期は、天神エリアは東京・銀座に次ぐ6%高で、1坪あたり6万1800円と最高値を更新している。
家主が高額の賃料収入を得ていく上では、アパレルを主体とした物販よりもオフィスの方が確実という結論に至ったと考えられる。オフィス自体は収益を産まないが、家主として長期的な賃料は物販より安定する。福岡市は今後も人口が増加すると言われ、不動産の投資家からは熱い視線が注がれている。ただ、オフィスとて供給過剰で賃料が低下するようなことがあれば、投資を呼び込むことはできない。また、2008年のリーマンショック時に業務停止に追い込まれたIT企業の中には、賃貸オフィスを解約するところもあった。今後も世界的な恐慌が発生すれば、スタートアップ企業などへの影響は避けられないだろう。これからは不動産リスクとの戦いも始まるのだ。
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もっとも、企業側がオフィスに高額な賃料を支払っているのに、社員は1年契約の非正規雇用でランチの出費すら節約せざるを得ないのはどうなのか。それは天神が不動産ビジネスで舵を切る上で、発生するかもしれない新たな課題とも言える。高層ビルを整備しても所詮、ハードに過ぎない。天神のポテンシャルが富を生み、そこで仕事をする人に還元されてこそ、意味があるのではないか。大名地区には日単位でオフィスがシェアできるweworkも進出している。それらがシンクロして新たなソフトの芽が息吹き、街を活性化できるか。まったく赤の他人同士が仕事以外の趣味や嗜好を共有できるように行動し、それがコミュニティとして機能するようになれば、別の意味で都市の活力が生まれるかもしれない。
オーバーストアの状況下では、アパレルはもうその媒介役くらいでいいのではないかと思う。言い換えれば、ものではなく、人がビジネスの主役になるべきなのだ。とにかく天神に人とビジネスを呼び込み、人々のつながりによって都市生活に潤いが生まれる。その一助にビルがなれるかということである。毎朝、電車の車窓から眺める高層ビルの壮大さ。昼間、出かける時に高層ビル街を歩く時の高揚感。夕方、帰宅する道すがらビルの外壁に灯る仄あかり。ニューヨークから戻って30年近く、空に向かって発展し続ける街と新たに生まれる佇まいは、改めてここで暮らして良かったと思わせてくれる。
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