1970年代に『BIGI(ビギ)』と『MOGA(モガ)』を、そして1981年には自身の名を冠した『yoshie inaba(ヨシエ イナバ)』を立ち上げ、50年以上もの間、女性を美しく輝かせてきたファッションデザイナーの稲葉賀惠さん。ご自身がどのようにファッションと向き合ってきたか、そして、タイムレスかつエイジレスな服作りの秘訣などをお伺いした前編に続き、後編となる今回は、50年以上第一線で走り続けてこられた原動力、そしてファッション業界で転職を考える方へのアドバイス、12月24日に発売された新著書「yoshie inaba」などについて伺います。
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―― キャリアの中で困難に感じたこと、そしてそれをどう解決しましたか。
「奇抜なデザインが好きではない私の服は、素材ありき。当時は布地の素材が少なかったので生地から作りましたが、始めはロット数が少ないのでなかなか作ってもらえなかった。だから『MOGA』と『yoshie inaba』で少し素材の配合を変えて同じ工場に注文するなどの工夫をして、両ブランドを合わせることでロット数を増やして対応してもらっていました。以降、海外の生地を使っても、縫製はロット数が少ないので国内のアトリエに依頼することが多く、この時の経験のおかげで、手の良い(丁寧で仕事が正確な)工場とも出会えたの」
―― ファッション業界でもサステナビリティ(持続可能性)についての取り組みが求められる時代ですが、サステナビリティについてどのようにお考えでしょうか。
「昔の日本ってすごくサステナブルだったのよね。私が子供の時は、セーターをほどいて編み直すこともしょっちゅうでしたし、ものを大事にしていました。例えば母から娘に譲れる服を作ること、上質で飽きのこないものを作ること。これらもサステナブルのひとつ。ユニクロもそうだけれど、大きな会社がサステナブルについての取り組みをしていることは、とても素晴らしいと思います」
―― ブランドを運営するうえではさまざまなスタッフとの関わりが必須ですが、スタッフの方々とのコミュニケーションの取り方や大切にされていることはありますか。
「私はずっとチームで仕事をしてきましたが、仕事を円滑にするために心がけているのは忖度なく意見を言い合える環境づくり。同じ考えを共有してそれに向かっていくには、本音で接することが不可欠なの。それに、各部署のスタッフに責任を持って任せることも大事なことだと思います」
―― 現在の若手デザイナーについてどのように感じていますか。
「若い頃は、形の新しさを重視してしまう傾向にありますが、人が身につけるものであることを考えることも大切。服は着て、動くもの。だから人間の骨格や関節の動きも考え、着心地という面に目を向けてほしい。でも、若い人にはあまり言いたくないのも本音(笑)。先端を表現するのは若いデザイナーの使命だから。それに私たちの時代と今では、より形が先行する方へ、服づくりの教わり方も変わったように思うのよ。だけど着た時の動きやすさや心地良さを踏まえたうえで、新しいものづくりをしてくれたら嬉しいわね」
―― 別のインタビュー記事で、アパレルで働く若い人にはいろいろなものを見て体験することが大事だとお話しされていましたが、なぜ実体験が重要なのでしょうか。
「今はなんでもスマートフォンでわかるでしょう。それは素晴らしいことだけど、実際にトライしたからこそ得られるものがたくさんある。食べ物や旅行にしても、自分で体験しなければわからないことばかり。どんな味なのか、どんな空気感なのか、経験しないとわからないように、情報として知っているだけでは知っているとはいえない。だから何にでも興味を持ってやるべきだと思うの。私は食べることも好きだし器も好きだから、フレンチやイタリアンのレストランをやっていた時期もありました。頭で考えることも大事だけれど、身をもって感じ、経験することとは大きな違いがあると思っています」
―― ファッション業界へ転職を考える人に向け、業界で求められるスキルや心構えを教えてください。
―― ファッション業界へ転職を考える人に向け、業界で求められるスキルや心構えを教えてください。
「どの業界であれ、常にその世界を理解しようと努めることです。そして、服を扱う以上は、生地や素材について知ることや扱い方を学ぶことも必須。これは作る側だけではなく、販売する側も同じ。お手入れの方法を聞かれることだってあると思うから」
―― 半世紀以上の間ファッションデザイナーとして走り続けて来られました。その原動力を教えてください。また、仕事をするうえで最も大切にしている価値観はなんでしょうか。
「原動力は好奇心ね。私は何にでも興味があって、知らないことがあるとすぐに調べちゃう。そして、服を作り、着ることが好き。『BIGI』という会社を創設して今までの間、好きだったからこそ続けてこられたんだと思います。大切にしているのは、できる範囲で上質にこだわり続けること。すごく有名なメゾンのお洋服でも、品質と価格が見合っていないことがあるけれど、品質ありきの価格でないと適切ではないと考えています」
―― 2024年12月24日に発売された新著書についてお聞かせください。
「ファッションデザインを通して、“こんなことをやってきました”というのをまとめた1冊。過去の作品を掲載したり、写真も多数載せています。今までのキャリアをぎゅっと詰め込んでいるのですが、これまで『yoshie inaba』の服を着てくださったお客様へのお礼状のような意味を込めています。本来ならおひとりずつに直接お礼を伝えたいけれどそれは叶わないから、本を通してお礼をお伝えしたかったの。それとともに、忘れないでね、という気持ちも込めています(笑)」
―― ブランドをクローズされますが、今後はどのようにファッションを関わっていかれたいですか。
「これからは着る側でファッションを楽しみたいですね。ただ、生地を作ることがとても好きだから、それができなくなるのはつまらないかも。生地づくりってアイデアを具現化していく作業でとても楽しいから、ちょっとフラストレーションが溜まってしまうかもしれません(笑)」
―― これからファッションデザイナーやアパレル業界を目指す方にメッセージをお願いします。
「面白いものを作ってほしいし、女の人をきれいに見せる服を作っていってほしい。時代によって“きれい”の基準は変わりますが、きれいな人が多い世の中はやっぱり素敵でしょ」
尽きることのない好奇心。稲葉さんが長きに渡りファッション界で活躍してきた根底にあったそれは、取材の場でも発揮されていました。「今、面白い若手のデザイナーってどなた?」と質問され、それに答えるとすぐにスマートフォンで調べ、一瞬画面を見ただけで「このジャケットのここが素敵ね」と、複数のデザインを頭にインプットするスピード感。それについて伺うと、「やっぱりね、服が好きなのよ。だからすぐに頭に入るの」と微笑んでおられました。アパレルの仕事に携わる人にとって何より大事なのは、服が好きであること。インタビューで何度もそう口にしておられたことを誰よりも体現しているのは、稲葉さんご本人でした。
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