今年のお買い物を振り返る「2024年ベストバイ」。4人目は、店舗デザインの専門誌「商店建築」編集者の平田悠さん。商店建築は、1956年創刊のインテリアデザイナーのための月刊誌です。“お店”の設計に焦点を当て、「カフェ」や「ホテル」「アパレルショップ」など業種切りで最新店舗デザインを紹介しています。地方取材が多く、月に2~4回出張するという平田さん。単なる建築デザインの紹介ではなく、お店を通して社会を読み解く「商店建築」の編集者はどのような視点で買い物をするのでしょうか?平田さんの2024年に買って良かったモノ7点。
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お椀が伸びて進化した「STORE Tall Round 容器」
FASHIOSNAP(以下、F):まずはデザイン専門誌らしくプロダクトから紹介ですね。これはどこで買ったんですか。
平田悠(以下、平田):漆器メーカー「関坂漆器(SEKISAKA)」が手掛ける福井の雑貨セレクトショップ「アタウ(ataW)」に取材に行った際に購入しました。関坂漆器とイギリスのデザインスタジオ「インダストリアル・ファシリティ(Industrial Facility)」がコラボレーションしたブランド「ストア(STORE)」名義のアイテムです。形はいわゆるお椀なんですが、縦に引き伸ばして、フタを付ける。すると、意味が変わります。今までお吸い物やお味噌汁を入れるものだったのが、縦に伸ばしただけで「コーヒー豆とか入れてみようかな」とか、「指輪や小物類を入れてもいいかな」とか。
F:気に入った点は?
平田:高さというパラメーターを1つ変えるだけで、意味が無限に広がっていく感覚ですね。お椀を縦に伸ばすと、もうお椀じゃなくなって、何でもなくなります。そしたらお米を入れてもいい、別に食品じゃなくてもいい、と無限に可能性が広がっていく感じがします。それを含めて気に入って買いました。
F:ひねったものが好きなんですね。
平田:そうかもしれません。あと、単純にモノだけが買う決め手ではないんです。
F:というと?
平田:同じものがECで手に入ったとしても、お店の人と話してモノの背景を教えてもらうと、同じ器でも特別な器に感じたりするじゃないですか。そうすると出張先で会った人や、そこで見たものの記憶も持ち帰れて、購入品を見ただけで情景が浮かんでくる。ただ、話を聞いたら必ず買うというわけではなくて、良いと感じるかどうかは重要です。この容器は福井に行った時にオーナーさんと喋って、というプロセスを経た中で手に取りましたね。
F:コミュニケーションが付加価値になるというか。
平田:そうですね。それを含めて、そのモノになるというか。最近、モノも買い方も、めちゃくちゃ増えているじゃないですか。そんな中で、本当に良いと思うものに出合って購入することって結構難しくなっていると思っています。選びきれないし、今目の前に見えている選択肢はごくごく一部です。ECではリコメンド機能や広告で、出合うように仕向けられて出合っているみたいな感覚があって、そうじゃない出合い方ができないかなと、取材先ともよく話すんです。
F:どの業種の取材が多いですか?
平田:業種というよりも、僕は地方の店舗取材が多いですね。東京の最先端のホテルやラグジュアリーなレストランも興味深い分野ですが、“ハレとケ”で言うとケである、日常の延長にあるお店にすごく興味があります。コロナ禍を経て特に顕在化したと思うんですけど、当時移動ができなくなって、オフィス街やファッション街のような用途が決まりきった街がもろくなったと感じました。「もう家を中心に生活するしかない」という時に、近所に住宅しかなかったらつまらない。例えば東京の谷中みたいに、住宅と小さいお店が混ざっていると楽しいじゃないですか。“ハレの商い”ではなく、“ケの商い”ってすごく大事だなと実感したんです。
アイヌに思いをはせる「木彫りの熊」
F:日々“商店”を取材する編集者らしい視点だと感じます。しかし次は何の変哲もなさそうな熊の置物ですね。
平田:はい、どこにでもあるような熊の置物です(笑)。これは長野のリサイクルショップ「リビルディングセンタージャパン(ReBuilding Center JAPAN)」で手に入れました。このお店は、空き家を解体する際に古材や古道具を引き取って販売するお店です。
F:熊の置物は北海道のお土産というイメージがあります。
平田:僕はアイヌの文化が好きなんですが、彼らが日本に同化していくにしたがって、木彫りの技術を生かして熊を彫り始めたという背景があるそうです。これはアイヌが彫ったかはわからないんですが、おそらく北海道で作られたものが長野に行き、東京に持って帰ることになった……という循環が面白いと思って買いました。アイヌには「カムイ」という言葉があります。あらゆるものには神様が宿っていて、壊れたり死んだりした時は、カムイの世界へ送り返す、そして再び現世に戻ってくるという信仰です。僕はこの熊にカムイのような循環を見出したんです。
F:かなり拡大解釈な感じがありますが(笑)。単なるオブジェという、機能が無いようなモノにも興味があるんですね。
平田:この熊を見たら、長野に行った時のことを思い出す、これも一つの機能だと考えています。ただ「カッコいい」「可愛い」とかであっても、十分機能だと思いますね。なので僕はすべてが機能性で解けると思っています。
F:持つ人の感情に何らかの作用を及ぼすことも機能ということですね。
平田:そういうことです。
消臭アイテムとしても「CULTI MILANO ルームスプレー」
F:次はまさしく気分に作用する香りのアイテムです。イタリアのルームフレグランスブランド「クルティ ミラノ(CULTI MILANO)」のルームスプレーですね。
平田:ドラッグストアで売っている消臭スプレーを部屋に置きたくなくて、買いました。香りはお茶系で爽やかな芳香が気に入っています。布団や服にプッシュしたり、フレッシュなので朝起きた時に焚いたりしています。
F:香りモノは好きなんですか?
平田:好きですね。他にも「アポテーケ(APFR)」のお香や「シロ(SHIRO)」や「オゥパラディ(AUX PARADIS)」、「イソップ(Aēsop)」などの香水を使っています。ベタな話なんですが、香りは脳に直結するというじゃないですか。シロとオゥパラディはそれぞれ北海道の「みんなの工場」、栃木の「ガーデン オゥパラディ(garden AUX PARADIS)」に行った際に購入したのですが、やはり嗅ぐとその場所の風景を思い出すんですよね。それも含めて香りなんです。
F:正にプルースト効果。平田さんの買うモノは取材の記憶と密接ですね。
サイズ5の「BLACK Scandal Yohji Yamamoto パンツ」
F:服は2点ですが、まずパンツは「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」ブランドらしく、黒で、ビッグサイズですね。ウエストもかなり大きい。サイズ5を選んだんですね。
平田:1番大きいサイズを買いました。僕は身長185cmあるんですが、でかいのが好きなんですよね。極力自分の体のラインを出したくないんです。ドローストリングで縛って、ベルトをして穿いています。
F:どこが気に入ったんですか?
平田:オーバーサイズで品もある服を探している時に、ヨウジヤマモトに行き着きました。僕は、自分が着る服を1つのテイストに固定したくないんです。ミックスしたいし、意味を固定化したくありません。オーバーサイズでもだらしないのはみっともないけれど、ヨウジヤマモトはそこをバランスよく昇華したブランドだと感じます。このパンツはコットンで比較的カジュアルに穿けるので、日常的に穿き倒していきたいと思っています。使い倒せるし、綺麗にも見えるというところで、すごく気に入っています。
F:他によく買うブランドはありますか?
平田:特にありません、基本的に古着ですね。今日着ているのも古着です。
F:次は古着のシャツですね。ヨウジヤマモトのパンツとセットアップのようです。
ちょっとズレた「古着のワークシャツ」
平田:このシャツは京都の古着屋「ボロ(boro)」で買いました。
F:出張中に買ったのでしょうか?
平田:そうです。僕は京都出身で、学生の頃からボロに通っていました。今年久しぶりに訪れて、オーナーさんと話しながら買いました。話によると、元々フランスの青いシャツを黒に染色したもののようです。袖口がボタン開閉じゃなくてゴム入りとか、ラグランスリーブの袖とか、普通のシャツから少し外れた感じのディテールが気に入りました。ワークシャツらしくカジュアルにも着られるし、上に羽織るものによっては綺麗にも見えるという点が決め手です。サイズ感もちょうどよいオーバーサイズ具合で、適度なバランスです。日常的に愛用しています。
F:パンツ、シャツ共に“ケ”に活躍ですね。“ハレ”の服はどうされるんですか?
平田:ハレ用をほぼ持っていなくて、困っています(笑)。このシャツとヨウジヤマモトのパンツで行くしかないですね。
F:スーツは?
平田:持っていますが「スーツを着るほどでもないけれど、ラフ過ぎるのもNG」みたいなカジュアルなパーティでは困ります(笑)。個人的には、家からそのまま出て来たけどかっこよく決まるくらいのスタイルが理想なんです。
出張の相棒「Columbia バックパック」
平田:これは出張のために購入しました。僕は出張で取材が終わったら、終電までできるだけ多くのお店や建築を見るようにしています。いかに回れるか重視です。
F:お仕事への献身ぶりに頭が下がります。
平田:なので機動性が重要なんです。キャリーケースはほとんど使いません。1週間未満の出張ならバックパック一つで行きます。
F:コロンビアのバックパックを選んだ理由は?
平田さんが編集した「商店建築」シリーズ
平田:40Lという十分な容量と、アウトドアっぽくない、タウンユースできる見た目ですね。コンパートメントが複数あるのも使いやすいです。パソコンと取材先への贈呈誌、着替え、読んでいる本、メモ帳などなど分けて収納できます。
F:シティ感あるミニマルなデザインですね。
平田:トラベラー感を出したくないんです。旅先に溶け込みたく思っています。
F:それはどういう理由ですか?
平田:その街の日常を深いところから見てみたいんです。なので極力歩くようにしています。取材先の店舗に車で直接行ったり、近くのバス停まで行ったりしてしまうとその店しか見えません。そこまでのコンテクスト(背景)が分からないですよね。例えば商店街の中にあるお店だったら、絶対その通りが重要なはずじゃないですか。周りにこういうお店が多いから、このお店はきっとこういう人に愛されるんだろうな、といったことが想像できる。
1つのものを評価する時に、そのものだけ見ても意味はないと思っていて、歴史や敷地の周辺環境、お店のスタッフ、提供される商品まで含めて、そのお店の体験だと思います。外から見るだけじゃなく、いかにその中に入り込めるか、ということを大事にしたいんです。
F:良いお店って何ですか?
平田:究極の質問ですね。時代によっても人によっても変わると思いますが、日常に根差していながらも、行くと日常をアップグレードしてくれるようなお店が良いお店だと僕は思います。そんな施設を日々探しています。
F:ファッションアイテムはよく買いますか?
平田:そんなに買わないですね。一番お金を使うのは本です。自宅にも会社にも溜まっています。
F:それでは今年読んだベストブックを教えてください。
地方と消費の関係を考察した書籍「風景をつくるごはん」
平田:食から地方と都市の関係を考察した1冊です。地方に行くと、畑にビニールハウスが並んでいる風景をよく見るじゃないですか。地方らしいと思うんですけど、実はそれってすごく消費が先立った生産の姿なんです。
F:どういうことでしょう。
平田:例えば、イチゴの旬は春です。でも、クリスマスケーキがあるので、冬のタイミングに合わせてハウス栽培で作られているんですね。昔は季節ごとに作るものが変わって、春になったら食卓にはこれが出て、夏だったらこれが出てというサイクルだったのが、今はもう年中育てられる時代です。そうなると、ある畑では完全にイチゴだけを作る方が効率がいい。季節に合わせて作物を変えるのは手間ですよね。でも、生産地としてはあまりいいことではありません。土にとって良くないですし、生産地の風景が変わってしまう。都市側から見ると、地方はハウスが連なり、生産の風景が残っているように思えるんですが、実はそれには大都市の消費の影が色濃く反映されているわけです。この本は、そういう状況は健全ではないと警鐘を鳴らしています。
一方、イタリアは生産と観光を組み合わせたりすることで、その農業従事者の仕事や生活の環境をすごく守ろうとしている。それこそが、その国や土地を強くしていくことにも繋がっていくんじゃないかと。観光って、遠くの場所に行くことじゃないですか。どこでも同じ風景じゃなくて、ちゃんとその土地にこの季節に行ったら何かがあるという特別感が観光になるのでは、と結論付けています。
F:地方取材が多い平田さんらしい選書ですね。
平田:取材にも大いに影響した本です。例えばシロの「みんなの工場」も、商品を売りたいなら東京に出した方がいいじゃないですか。でも今は、駅前にお店が多過ぎますし、ECに対して実店舗の役割が問われる中、 売ることだけを目的にしたお店には人が集まりにくくなっています。それがこれから加速していく時代に、みんなの工場は「作る環境を整えましょう」というプロジェクトなんです。工場は過酷で汚いというイメージを持たれがちです。でもシロは、公開できるくらい綺麗な工場で生産しているから、カフェや物販スペースを併設しました。そこを訪れて、モノづくりの風景を見るとファンになってしまいます。飲食をして、物販で何かを買いたくなるじゃないですか。
わざわざその場所に行くことが、これからの店舗空間のあり方としては面白くなっていくでしょう。人口は東京に集中していますが、地方は何もないのではなくて、資源や生産背景がたくさんあるはずなんです。そこにわざわざ行く人の流れを作ることがこれからの商業空間の大きなテーマになり、実は地方こそが商店建築のフロンティアになる、と仮説を立てたきっかけの本です。
F:ご自身が消費者を実践されていますね。
平田:そうですね、地方に行ってそこで何かを生産している人と話すと自分も気づけばファンになって、やっぱり何かを買って帰ってしまいます。
F:本は紙で買う派ですか?
平田:紙ですね。出張の時にも必ず1冊持って行きます。そして現地で本屋を見つけると必ず何か買ってしまいます。
F:荷物が更に重くなりますね(笑)。
今年を振り返って
F:今年の買い物を振り返って、こんな年だったという感想はありますか?
平田:お店のメディア性を強く意識したと思います。紹介した服にしても、めちゃくちゃ気に入っていますが、絶対にこれじゃないといけなかったわけではありません。でも、今すごく良かったと思っているのは、その買うプロセスが多分に作用しているからだと思います。ネットで買っていたらここで紹介するほどにはならなかったかもしれません。こうして話していても、なんとなく購入当時の情景が思い出されるんです。だからモノは、モノ単体では完結せず、モノ=メディア(媒体)で、そのメディアを通して「何を着ているのか」「何を読んでいるのか」ということを強く意識できたと思います。
F:パンデミックの前後で変わったと思うことはありますか?
平田:お店で商品を見られるのはもちろんなんですけど、人に会いに行くという役割がすごく強くなっているような気がします。「どのブランドで買いたい」かというより、「どのお店、どの人から買うか」ということが大事になってきているのでは。モノのデザインやディテールは面白いですが、もしかしたらさほど重要ではないかもしれないと思うことがあって、僕はモノを通して記憶やナラティブ(物語)を見ているのかもしれません。
F:来年はどんな年にしたいですか?
平田:ちょっとしたパーティに合う服を買おうと思います(笑)。
F:良い思い出ができそうですね(笑)。
■平田悠
1992年生まれ、京都出身。編集者。京都工芸繊維大学で建築を専攻し、卒業後、商店建築社に入社。店舗デザインを紹介する専門誌「商店建築」の編集部に所属。これまでに増刊「STARBUCKS STORE DESIGN」や「ホテル客室図面集」などの編集を担当。
@hira_hirary
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