FASHIONSNAPの新春恒例企画「トップに聞く 2024」。第12回は、コーセーの小林一俊社長。2023年度はALPS処理水問題による中国市場での買い控えのほか、韓国トラベルリテールの低迷などが影響したものの、売上高では前期を超えて着地した。2023年は「大谷選手に始まり、大谷選手に終わった年」と語る小林社長だが、NHKの番組で“黒歴史”について赤裸々に語ったことも話題に。社員に向け「私も失敗して今がある。だから恐れずにチャレンジしてほしい」と発信する、そのチャレンジ精神で向かう2024年の戦略について聞いた。
■小林一俊(コーセー代表取締役社長)
慶應義塾大学卒業。1986年コーセー入社。1989年から企画本部長室でCIプロジェクトの推進を担当。創業45周年にあたる1991年にはCIを導入。同年3月に取締役マーケティング副本部長、12月取締役マーケティング本部長兼宣伝部長を歴任し、広告宣伝の刷新を図るなどコーセーのイメージ向上に大きな力を発揮。1995年常務取締役、2004年代表取締役副社長、創業60周年にあたる2007年6月から現職。社長就任直後から「守りの改革と攻めの改革」を行い、V字回復を成し遂げた。
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2023年はヒット商品が豊作
ー2023年を振り返るとどんな1年でしたか?
元旦の1月1日に、大リーグ エンジェルスの大谷翔平選手(現ロサンゼルス ドジャース)と、プロフィギュアスケーターの羽生結弦選手を起用した広告を全国紙の見開きで掲出したことを皮切りに、話題づくりに成功した年だったと言えますね。
ー大谷選手の起用は売上はもちろんですが、それ以上の効果をもたらしたのではないでしょうか?
商品だけで約50億円ほどの売上がありましたが、パブリシティ効果を加えると、その1.5倍、もしくは2倍近くの効果があったと言えそうです。「雪肌精」の日焼け止めや「コスメデコルテ(DECORTÉ)」の美容液「リポソーム アドバンスト リペアセラム(以下リポソーム)」の広告モデルに起用させていただきました。コスメデコルテでは、大谷選手のインスタグラムの投稿に、ロッカーに置いてある商品が映ったことから一気に注目を集めました。われわれから投稿をお願いしたわけではなく偶然映し出されたわけなのですが、これをきっかけにそれまで女性を中心にしたブランド・アイテムであったはずが、一気に男性人気が跳ね上がりました。そこにWBCでの日本の優勝、そして大谷選手の大活躍がさらに後押ししてくれましたね。
ただ、“偶然”だけではなく、われわれもお客さまへのアプローチを仕掛けたことも大きく寄与していると思います。リポソームでは、百貨店での懸垂幕掲出や全国100ヶ所以上で実施した体感イベントなど、大々的にキャンペーンを展開しました。コスメデコルテはリポソームだけではなく、刷新した人気アイシャドウ「アイグロウジェム」や「AQ」シリーズ、クリスマスシーズンの限定品「アドベントカレンダー」など、発売すると話題になるアイテムが多く、2023年の日本市場のブランド売上高は過去最高を記録しました。
ーそのほか日本市場で好調だったブランドを教えてください。
2023年は、コスメデコルテのほかハイプレステージブランドでは「ジルスチュアート ビューティ(JILL STUART Beauty)」や「アディクション(ADDICTION)」も好調でしたし、プレステージブランドでは主力の「雪肌精」や「ワンバイコーセー(ONE BY KOSÉ)」が回復基調です。ワンバイコーセーは薬用高保水密封バーム「セラム シールド」が人気を集めました。そのほか、低価格帯では「メイク キープ」シリーズや“粘膜ルージュ”として打ち出した「ヴィセ(Visée)」の新作リップ「ネンマクフェイク ルージュ」が、バズを形成し、メイク市場の回復の波に乗った形です。また宿泊施設やゴルフ場などのレジャー施設向けアメニティ商品やOEM生産の受注が増加しました。アメニティでは、新ブランド「ネイチャーアンドコー(NATURE&CO)」が2024年1月1日にデビューしたので、こちらの動向にも期待しています。
ほか、コスメデコルテのふき取り美容液「スノー クラリファイア」のパッケージデザインが、デザイン賞「iFデザインアワード2023」や「Pentawards(ペントアワード)」のゴールド賞を、ホームフレグランス「フレグランスディフューザー ホルダー」がペントアワードのシルバー賞を受賞するなど、話題づくりができた年だったと思います。
ー海外市場はいかがだったでしょうか?
中国市場は上期にかけ順調に回復していたものの、ALPS処理水問題や中国国内の景気低迷の影響を受け、下期は大きく落ち込み、トラベルリテール部門では、中国・韓国における流通側の仕入れ抑制の影響が続き厳しい状況です。一方、北米をはじめ欧州、中東などで展開するメイクアップブランド「タルト(tarte)」は、コンシーラーなどの主要カテゴリーに加え、リップカテゴリーが人気を獲得、売上を大きく伸ばしました。店舗数拡大や円安も影響して、過去最高のブランド売上高を記録しました。
2023年12月期連結決算
売上高:3004億円(前期比3.9%増)
営業利益:159億円(同27.7%減)
経常利益:202億円(同28.7%減)
親会社株主に帰属する四半期純利益:116億円(同37.9%減)
化粧品事業
売上高:2404億円(同2.3%増)
営業利益:178億円(同29.7%減)
地域別売上高
日本:1897億円(同16.4%増)
アジア:527億円(同34.7%減)
北米:511億円(同27.5%増)
2024年12月期連結予想
売上高:3120億円(同3.9%増)
営業利益:200億円(同25.1%増)
経常利益:208億円(同2.7%増)
親会社株主に帰属する四半期純利益:126億円(同8.0%増)
新たなお客さま作りの進捗
ー新たなお客さまづくりとして掲げるグローバル(Global)、ジェンダー(Gender)、ジェネレーション(Generation)の“3G”戦略の進捗を教えてください。
ジェンダーでは、かねてからジェンダーレスに展開・発信している「雪肌精」が、先行して取り組みを進めています。新垣結衣さんと羽生選手の起用でそのイメージはさらに高まっていると思います。ロングセラー化粧水「薬用 雪肌精」を3月1日に誕生から初めてリニューアルし、また昨年スポンサー契約を発表したバレーボール日本代表の髙橋藍選手にブランドアンバサダーに就任していただき、雪肌精にとって今年はさらに飛躍の年になると期待しています。コスメデコルテでは大谷選手の効果もあり、男性客が大幅に増加していますし、「ヴィセ(Visée)」ではTWICEのツウィ(TZUYU)さんとTHE RAMPAGE from EXILE TRIBEの吉野北人さんを起用するなどで、ジェンダーレスなブランド訴求ができていると思います。
ーではグローバル戦略はいかがでしょうか?
グローバル戦略は喫緊の課題です。これまで海外事業は中国をメイン市場としてきましたが、昨年の厳しさを受けて多角的なグローバル戦略が重要だと再認識しています。インドネシアやタイなどのASEAN、さらに人口で世界一となったインドにも目を向け、中国一辺倒から脱却します。米国では、「アディクション(ADDICTION)」がEC事業をスタートし、雪肌精も大手流通への販売強化を進めています。また、米国発のタルトは欧州・中東などに販売地域を拡大、コスメデコルテは欧州で初めてフランス・パリに免税店をオープンしました。今年はパリに支店を設け、欧州の基盤づくりを進めていきます。現地のOEM・ODM会社とタッグを組み、各国の市場ニーズに合わせた商品づくりに取り組み、市場シェアの獲得、プレゼンス向上を目指します。
また、アンバサダーである大谷選手は米国を中心にグローバルに、羽生選手は中国を中心にアジアで人気があります。髙橋選手は現在イタリアのプロリーグに所属しており、欧州やASEANでの認知度が高い。3人の力をお借りして、グローバルな視点での発信を強めたいと思います。まずは2月に発売した「雪肌精 スキンケア UV エッセンス ミルク」で、大谷選手の新しいキーヴィジュアルを公開して、CMも全国放映し上々な滑り出しを見せています。またコスメデコルテのリポソームでも3月から大谷選手のヴィジュアルで展開をしていきますので、ご期待ください。
ージェネレーション戦略は?
昨年は大谷選手を起用したUVケアやスキンケアの重要性を発信したり、少年野球チームや中学・高校の学生に対し紫外線対策を啓発するなど、全ての世代に向けて化粧品の重要性や楽しさを伝えてきました。2024年は学生に向けて紫外線対策の重要性をまとめたパンフレットを配布するなど、世代を超えた発信をより強化していく予定です。
NHK番組出演が社員のモチベーションアップに一役
ー昨年はNHKの「神田伯山のこれがわが社の黒歴史」に出演され、低迷期を含めコーセーの“黒歴史”について赤裸々に語っていました。反響はいかがでしたでしょうか?
化粧品メーカーにとって重要なチャネルである百貨店から撤退を迫られるという厳しい時代がコーセーにあったことや、社運を賭けて開発した百貨店向けの新ブランドが既存ブランドとカニバリを引き起こし終売するに至ったことなど、当時の失敗談をお話ししましたが、ここ10年ぐらいで入社した社員は当時のことを全く知らず驚きもあったようです。後日、放送されなかった部分も含め、私が話したことをテキストにして社員に発信したのですが、「『黒歴史は財産!』という言葉が響きました」「(社長の失敗談からも)恐れず未来に向かおうという気持ちになりました」といったポジティブな言葉が並び、大変嬉しく思いました。
この“黒歴史”を通して私が1番伝えたかったことは、「失敗を恐れずにチャレンジをしてほしい」ということです。社長である私もこんな失敗をしているのだから、社員の皆さんももっと思い切ったことにチャレンジしてほしい、というメッセージを社内に浸透させたいと思っています。
ーサステナビリティ活動も着実に進めています。
バリューチェーン全体にわたるサステナビリティ戦略を推進しています。アダプタブル発想の商品・サービスの提供を目指し、障がいのある方へのセミナーや意見交換会を実施しました。一例を挙げると、美容開発部による手が不自由な方へ配慮したメイクテクニックセミナーや、商品デザイン部によるインクルーシブデザインのための容器に関するヒアリングなどです。また商品のハード面では、グループ会社のアルビオンと吉野工業所とともに、ポンプに金属部品を使用しない「メタルレスポンプ」を開発しました。廃棄後の分別回収が容易になることで、プラスチックのリサイクルを促進します。
2024年はより一層“攻めの姿勢”を鮮明にする
ースタートした2024年の戦略を教えてください。
まずは1月1日付で組織変更を行い、新たに「商品本部」を設置しました。その下に商品開発部、商品デザイン部、購買部、SCM統括部(サプライチェーン)、生産部、コーセーインダストリーズ(工場)を置き、需要の変化に即応した商品供給を可能にする、柔軟で機動力の高いサプライチェーンの構築を目指します。合わせて、グローバルな商品開発体制を強化し、国や地域ごとの多様な薬事法規制への対応や、市場の物価水準や消費実態に応じたモノづくりを進めます。
ーモノづくりでは、コロナ禍で建設を延期していた山梨県南アルプス市に建設予定だった新工場が今年7月の着工を発表しました。
コロナの影響で建設を中断していましたが、その間に市場ニーズも大きく変化していき、コンセプトから改めて練り直しました。当初はインバウンド需要も活況だったため大量生産型工場を予定していましたが、需要の質的変化に応じることのできる柔軟な生産体制を備え、将来の需要の量的変化にも臨機応変に対応可能な多品種生産工場として稼働させていくことを決定しました。2026年2月に竣工し、同年上期の稼動を目指します。
ー重点ブランドは?
まず日本では、ハイプレステージ市場での更なるプレゼンスの向上を目指します。昨年史上最多の400冠を超えるベストコスメを受賞したコスメデコルテでは、AQやリポソームシリーズを強化すると同時に新商品を投入することで、顧客の定着化と日本国内のブランド売上をさらに伸ばしていきます。
マス市場ではプレステージブランドの雪肌精に投資します。リニューアルする化粧水は当社の看板商品ですし、日本だけでなく中国でも知名度のある商品でもあります。これを機に欧米展開にも注力したいですし、さらに新しい国への展開も視野に入れたいですね。そのほか、ワンバイコーセーではリピート施策を促進しシェアの拡大を目指します。
ーアメニティ事業では、新ブランド「ネイチャーアンドコー(NATURE&CO)」が1月1日にデビューしました。市場では縮小事業に上がるアメニティ事業を強化する狙いは?
訪日外国人も増加する中、ホテルなどの建設が進んでいますし、ゴルフ人気も根強いです。そういった背景から、ジェンダーレスに使用できるアイテムとして「プレディア(Predia)」をゴルフ場などのスポーツ施設に導入したところ非常に好評でした。そこでアメニティ専用でジェンダーレスにお使いいただけるブランド「ネイチャーアンドコー」を立ち上げることにしました。
また、ラグジュアリーホテルのアマンとは、OEM(Original Equipment Manufacturing)で商品開発に協力しました。開発に2年以上かけ、最高峰のクオリティを誇る商品が完成したと思います。われわれのアメニティ事業の今後にとって、貴重な機会だと思っています。
ー海外戦略については?
創業25周年を迎えたタルトは子会社化10年を経て大きく成長しました。欧州・中東・アジアへの出店を強化し、TikTokを含む新たなチャネル展開により、新規顧客の獲得を進めています。北米ではマーケティング部門の体制強化や、コスメデコルテや雪肌精での大谷選手のプロモーションの強化などを図ります。アディクションもブランド認知拡大に注力します。そのほかフランス支店および研究所のパリ分室を新設し欧州戦略を加速させるとともに、ASEAN・インドといった新たな市場開拓と育成を中長期的に推進します。
ー最後に、2024年はどんな年にしたいですか?
コロナ禍の3年間を経て “通常”の日常が戻りましたので、2024年はより一層攻めの姿勢を鮮明にしていきたいですね。
(聞き手:福崎明子、山本真由香)
◾️コーセー:公式サイト
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