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揺らぐインバウンド 地方店が見据えるべき「消費者」

揺らぐインバウンド 地方店が見据えるべき「消費者」

クリエイティブディレクター
HAKATA NEWYORK PARIS

 九州経済産業局が10月9日に発表した九州と沖縄の百貨店とスーパーの販売額(2024年8月期、515店)は、前年同期比5.6%増の1516億円で、35ヶ月連続で前年実績を上回った。そのうち、百貨店(17店合計)は3.4%増の352億円で、訪日外国人による高級ブランドの購入などインバウンド(訪日外国人)消費が牽引した。8月だから帰省によるお土産物需要もあったと思うが、11月の米国大統領選挙次第では、円高に揺り戻すことも考えられる。百貨店としてはインバウンド頼みからの脱却も考えておかなければならないだろう。

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 ただ、筆者の生活圏である福岡・天神界隈では、訪日外国人の若者を主体としたアパレル消費が有名ブランドから身の丈にあった物にシフトしている傾向だ。特にショップが並ぶ天神西通りから大名エリアは韓国や台湾からやってくる若者も少なくないが、コロナ禍以前とその後では大きく変化している。以前はシュプリーム、ディーゼル、チャンピオン、ポールスミス、APCなどに韓国などの若者が多数訪れて買いものする光景を見た。ショップのスタッフからも外国人の若者が多く買っていくとの話が聞かれた。

 ところが、新型コロナウィルスの感染拡大で入国が制限された2020年の春以降は、福岡・天神界隈でも訪日外国人が激減。天神西通りや大名を歩いているのは仕事関係の日本人くらいしか見かけず、この傾向は23年の年明けまで続いた。一番の書き入れ時である冬物商戦、クリスマスのホリデーシーズンにも関わらず、若者の姿はまばらだった。制限が完全撤廃された23年4月末以降は訪日外国人の若者も回復傾向にはあるが、ブランドショップの売上げに占める外国人の割合はコロナ禍以前には戻っていないと、スタッフは口々に言う。

 代わって外国人の若者が訪れているのが古着店だ。2021年9月、海外古着専門店のJAMが大名のまんだらけ横にオープン。22年秋にはゆとりが大分市から大名に進出。同12月には東京・下北沢などで人気のデザートスノーも出店した。他にも大名エリアにはカカヴァカ アール、西海岸、地元店など20店舗近くが立ち並ぶ。こうした古着店は外国人の若者までを集客している。彼らも古着店を巡って気に入ったアイテムが見つかると、買う傾向に変わってきている。背伸びして有名ブランドを購入するのではなく、種類が豊富で値ごろアイテムが多い古着の方が買いやすいと気づいたのか。外国人の若者の成熟度がうかがえる。

 訪日外国人でもファミリーが主体の中国客は、百貨店の1階で海外のラグジュアリーブランドやアクセサリー、化粧品を購入するものの、上階のファッションフロアまで訪れる様子は見られない。週1回は覗いている西通りのZARAもレディスと子供服のフロアこそ、中国人のお客が買い物する様子が見られるが、メンズフロアではほとんど見かけない。代わって多くの中国人を見かけるのがミーナ天神1~2階のユニクロ、3階のGUだ。見た目ではほぼ半数近くが中国人らしき旅行客。こうした傾向は福岡に限ったことではなく、全国の主要都市でも同じではないだろうか。

 先日、ファーストリテイリングの2024年8月期決算が発表された。売上収益は3兆1038億円で前期比12.2%増。営業利益も5009億円で、同31.4%増と絶好調だ。決算のサマリー(要旨)にはユニクロ事業は韓国、東南アジア、インド、豪州の他、北米、欧州でも大幅な増収増益と記されている。だが、国内事業でも成熟による日本人のユニクロ離れを訪日客の購買が下支えしているのではないかと感じる。円安が続く限り、ユニクロやGUの国内売上げにはインバウンドによる押し上げ効果もあると見て間違いないだろう。

 中国人客が百貨店で高級ブランドや化粧品を購入しているのは、三越伊勢丹HD傘下で岩田屋三越が運営する「岩田屋」で見られる傾向だ。一方、同系列の「福岡三越」では訪日外国人は9階にある100円ショップの「ダイソー」を訪れるだけで、他のフロアはスルーしているという。福岡三越は開業時、9階には催事場やNYメトロポリタン美術館のショップを併設した「三越ギャラリー」を設け、加えて「八重洲ブックセンター(蔵書30万冊)」を誘致。「シャワー効果」でお客に他のフロアを回遊してもらう手法をとった。これを評価する地元小売業の幹部がいたが、筆者は懐疑的だった。

 なぜなら、催事場での定期的な物産展やギャラリーでのアート祭事は常に魅力あるものを連発しなければ、集客効果は発揮できないからだ。福岡三越の開業と同じ年にイムズなどから福ビルに移転した「丸善」ですら蔵書は75万冊を誇るのに、わずか30万冊の八重洲ブックセンターが集客力があるとは思えなかった。地下2階にデパ地下、地下1階にヤングブランドを集積し、1階には宝飾品とブランド化粧品などが配置されたものの、それ以上と9階をつなぐフロアにはレディスプレタ、ゴルフウェア、誂え服などありきたりで、強力な売場やテナントがなかったのだから、シャワー効果と言っても実効性を欠くのは目に見えていた。

 福岡三越は筆者がニューヨークから福岡に戻った翌1997年の10月1日に開業した。96年秋には経営破綻する前の岩田屋が新館Zサイドをオープンし、97年春には大丸福岡店がエルガーラを増床。地元のみならず全国メディアまでが第3次天神流通戦争勃発へと捲し立てた。筆者の元にもファッション業界誌各誌から取材依頼が舞い込み、Zサイド、エルガーラ、福岡三越と3店舗全てについてルポをまとめた。特に福岡三越ではプレスプレビューで、出入り業者の代理店や印刷会社などにメディア各社をアテンドさせるなど、「仕事は欲しいのなら…」と大手百貨店らしい横柄さを見た感じだった。

 また、日本橋本店から転勤してきたと思われる広報の女性スタッフが地方である福岡を小バカにする言動も鼻についた。だが、ニューヨークでバーグドーフ&グッドマン、ブルーミングデールズ、バーニーズ、メイシーズ、サックスの隅々まで見てきた人間からすれば、福岡三越と比較すると「すぐに化けの皮が剥がれるよ」との思いの方が強かった。三越だからと期待したアパレルも、NYブランドの「アイザック・ミズラヒ」、高感度セレクトショップの「ヴィア・バス・ストップ」くらいしかなかったからだ。ただ、どちらも売場が小さくて品揃えの奥行きがないため、お客にとっては購入の選択肢になりにくいとの印象を受けた。

マーケティング力とリーシング力の両方が不可欠

 しかも、福岡三越が入居するソラリアターミナルビルは特殊な構造だ。ビルの2階部分は全てが西鉄大牟田線の福岡駅で、売場はない。3階もフロアの半分以上がバスセンター、4階にはタクシー乗り場、5階から7階には駐車場が併設されている。1階フロアは公園通り、中央通りで3つに分断され、北側のライオン広場に面するフロアには東側にエスカレーターがあるが、それは3階への上りのみ。地下2階から9階に上り下りするのは1階南フロアの中央エスカレーターか、渡辺通りに面する展望エスカレーターと同エレベーター。中央エスカレーターは2階に売場がないため、直接1階と3階をつなぐ急勾配になっている。

 そのため、誘客を考えて3階にヤングやファミリー受けするGAPを誘致したと推察される。また、3階以上は売場がフロアの南側になるため、展望用のエスカレーターやエレベーターを設置し、上階にはカフェを導入するなど南の国体道路側からも誘客できるようにしたのは理解できる。だが、北側の岩田屋(開業当時)や新天町、ソラリアステージ、西側のソラリアプラザから流れるお客の方が圧倒的に多く、それらがライオン広場側の売場からそのまま上階に行けない客動線は難点と言えた。福岡三越の開業から27年が経過した今になって、ハード面の難点が訪日外国人の誘客に影響しているのではないかと考えられる。

 2005年には地下鉄七隈線の開業に合わせて天神地下街が南側に約300メートル延伸した。これは福岡三越にとっても七隈線の天神南駅や地下街からのお客を南側の展望エスカレーターやエレベーターで階上に回遊させることができると、期待したと思う。だが、どこまでの集客・回遊効果を生んだかはわからない。12年には9階にコムサデモードの「コムサマチュア」をリーシングし、中高年の集客や階下へのシャワー効果に期待したようだ。しかし、この時点ですでに力を失っていたアパレルブランドを導入しても仕方ないのではとの印象だった。案の定、このテコ入れ策は失敗に終わった。

 2014年9月、福岡三越は名古屋の栄三越に隣接する「ラシック」を地階1階に導入。ノース、センター、サウスの3ゾーンで構成するラシック福岡天神は、アパレルや雑貨、レストランなど新業態17店、九州初18店、西日本初9店、日本1号店9店など58店舗で構成した。これ以降、高級時計や宝飾品、化粧品を除くと、ラシック福岡天神が福岡三越の屋台骨を支えているといっても過言ではない。ラシックは23年には9階の免税店跡にも拡張された。そのテナントがダイソー(スタンダードプロダクツ、スリーピーも併設)なのである。

 ダイソーは韓国や中国などでも認知度が高く、日用品や雑貨が安く種類が豊富なことから多くの訪日外国人が購入している。天神地区ではダイソーの大型店は天神北のイオンショッパーズ店の他にはラシック福岡天神店にしかない。福岡三越は天神地下街を挟んで東側に大丸福岡店、西側にはソラリアプラザ、岩田屋、天神西通り、北側にはヴィオロ天神、ソラリアステージ、福岡パルコと買い物では回遊性がいい。にも関わらず、訪日外国人がダイソーで買い物するだけで他のフロアに回遊しないのは、福岡三越が訪日外国人の購買変化をうまく分析できていないことが考えられる。

 というか、基本のマーケティング戦略は日本人が対象で、インバウンドはあくまでプラスαのはず。訪日外国人の若者では、アパレルではブランドから古着へと購買が移っている。ファミリーを主体とした中国人客もユニクロやGUで買い物し始めていることを考えると、購買行動は徐々に成熟していると見ていいだろう。アパレルを主体とした買い物から、カルチャーや体験などコト消費にシフトするのも時間の問題だ。いくら店名に三越がつくと言っても、富裕層を対象にするのは日本橋の本店に過ぎない。福岡三越はあくまで地方店なのだから、地元市場を掘り起こす戦略が第一で、その次がインバウンドではないのかと思う。

 その点、同じ三越伊勢丹傘下でも岩田屋の戦略は巧みだ。福岡市は支店経済の街で東京からの転勤族が多い。そのため、伊勢丹新宿店の顧客が福岡に引っ越すとそのまま伊勢丹系の岩田屋で買い物しているという話は、前々から聞いていた。伊勢丹はそんな岩田屋が2002年に経営破綻すると、スポンサーとなって06年に完全子会社化し、販売動向をさらに細かく精査してマーケティングに磨きをかけた。その結果、新宿店のテナントの中で福岡で売れそうなものを岩田屋にリーシングし、即顧客が付くという好状況を生んでいる。

 伊勢丹の顧客が東京で買っていたものを福岡の岩田屋でも買えるのが理由だろう。さらに2023年11月のデパ地下リニューアルでは、東京ブランドだけでなく、九州の老舗も導入している。一つは「紀ノ国屋」で九州では初の展開となった。紀ノ国屋渋谷店と同じくPBやグロサリー、焼き菓子などが並んでおり、筆者もこれまで何度も購入しているが、レジにはいつもお客が行列をなしている。転勤族だけでなく、地元客も捉えたのは間違いない。

 もう一つが福岡では知る人ぞ知る食のセレクトショップ「わた惣」。2024年4月、紀ノ国屋の隣にオープンした。麻生太郎自民党最高顧問の地元飯塚市に本店を構えるが、ようやく福岡市にも進出してくれた。思い返すと、丸井が13年に福岡進出を決めた時、アンケートで「どんな品揃えのお店を集めて欲しいか」と問われ、「わた惣のような和食材をセレクトする店」と回答したが、実現しなかった。他にもそうした声はあったと思うが、丸井にそこまでのリーシング力はなかったようだ。

 だが、伊勢丹はそんなノイジーマイノリティを見逃さなかった。わた惣と根強く交渉をしたようで、ようやく出店にこぎつけてくれた。筆者は紀ノ国屋とわた惣が出店したことで、岩田屋では以前にまして食材の購入数、金額が増えている。こればかりは伊勢丹の力を認めざるを得ない。というか、お客は百貨店に欲しいものがあれば買うわけで、コンスタンスに買う人間の絶対数が増えれば、店は売上げを伸ばせるのだ。これは福岡三越にも言えることである。

 福岡三越は同系列の岩田屋に対しライバル意識は持ちつつも補完関係でないと、地方ではやっていけない。親会社の三越、伊勢丹が経営統合したとはいえ、企業文化の違いや派閥争いが未だに燻っているのか。ただ、それを地方店に持ち込むようでは戦略の軸がぶれるし、売上げ状況が好転するとは思えない。マーケティングに磨きをかけ、いかに地元市場を掘りこす商材を充実させるか。個人的には百貨店に高感度なアパレルは期待しない。

 だから、天神にあったらいいのはまずIKEA。郊外の新宮まで行くのが面倒なので、インテリア雑貨や食品主体のサテライトストアで構わない。また、東京・合羽橋に行くと必ず立ち寄る「飯田」。調理器具が豊富なので出店してくれるとありがたい。果たして三越のリーシング力はいかに。

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