さる9月19日、ファーストリテイリング(以下、ファストリ)は、傘下ブランドの「GU」をニューヨークにオープンした。場所はマンハッタン・ソーホー地区のブロードウェイ沿い、プリンスストリートと交差する角地。同業態の常設店としては米国初で、併せて米全土に配送するオンラインストアも開設された。
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GUはこれまで日本に440店、台湾に22店、中国(香港含む)14店(2024年5月現在)と、東アジア地区のみでの展開だった。ニューヨーク出店は米国マーケット開拓の足がかりとなるわけだが、併せて同地には世界市場の攻略を加速するための「グローバル本部(GHQ)」も開設された。GUは2023年にニューヨークに商品本部を設立しているが、今後は同組織が米国における本社機能を担い、マーケティングや商品開発、売場づくりなどを立案するという。まさに米国本社がGU事業の全てを仕切ると見て間違いないだろう。
では、GUがここまで踏み出した理由は何か。あくまで私見の域を出ないが、以下のような3つがあると考える。
1.世界制覇にはグローバルブランドたる事
ファストリが日本発のユニクロを世界で通用するブランドに育て上げたのは、確かだ。創業者の柳井正CEOは世界のトップアパレルを目指す上で、自分の後任となる経営者については「ヘッドハンティングする」「日本人でなくてもいい」と公言してきた。結果的にユニクロの社長には店長上がりの塚越大介取締役を抜擢した。ただ、同氏が米国事業で業績を上げたのが評価されたのは間違いない。柳井CEOは近年、グループ全体で年商10兆円という目標を掲げており、そのためにはGUも世界を攻略できるブランドに仕立てなければならない。本社機能を米国に置くのはその布石と考えられる。
ユニクロがユニセックス、ノンエイジのベーシック路線を行くの対し、GUは「安くて、トレンド」を追求するファストファッションだ。GUの柚木治社長は「将来的には国内も海外もユニクロと同程度に出店したい」との考えを示す。しかし、日本は少子化でトレンドに敏感な若年層が減少しており、ファストファッションの市場は縮小する。まして中高年はGUのテイストを好むことはあり得ず、日本でユニクロと同程度の店舗が必要とは思えない。いずれ頭打ちになるのは目に見えている。一方、米国はアパレル全体で50兆円の市場規模があると言われる。加えて移民が多く99%が低所得者と言われ、ファストファッションにとっての市場性は大きい。GUが攻略できる余地は十分にあるということだ。
2.世界照準の商品開発に向けた体制作り
GUがグローバルブランドとなるには何も日本に本社機能を置き、日本人スタッフが企画にあたる必要はない。むしろ、グローバル本部が企画の主導権を握った方が世界に通用するアイテムが生まれ、ヒットする公算は高い。アシックスのオニツカタイガーが良い例だ。同ブランドの欧州向け商品では、現地化したセクションと現地のスタッフが企画したものを投入してヨーロッパ各国で高い人気を博し、日本のマニアの間でも高値で取引されている。GUにとっても世界を攻略するには、まず米国市場で認知され売上げ実績を積むこと。そのためには米国で売れる商品の開発に向けた体制をしっかり作り上げることが肝心なのだ。
GUは2022年にもニューヨークに期間限定店を開設している。多分、テストマーケティングの狙いだったと思うが、日本企画をサイズアップしたり、体型をカバーするドレスや柄物のフェミニンな商品を投入したが、あまり売れなかった。この反省から地元を知る人間が企画に当たらなければと感じたはずだ。今回の1号店では、日本でもヒットしているバレルレッグボトムスを打ち出すなど様子見のようだが、人気アイテムのヘビーウェイトスウェットではニューヨーク限定カラーも投入。アンダーカバーとのコラボアイテムのニューヨーク限定商品もあることから、売れ行きを見ながら逐次修正をしていくのではないか。
3.米国第一主義に即応したサプライチェーン構築
2021年1月5日、ユニクロのコットンシャツがロサンゼルス港で米国税関によって差し止められ、米国に上陸できない状態に陥った。これに対し、ファストリは「弊社製品の生産過程において強制労働が確認された事実はありません」と、すぐさま反論した。だが、いくらトレーサビリティを徹底したところで、製造に米国が敵対する中国が絡めば、今後もあらゆる難癖がつけられるリスクがある。11月の大統領選でトランプ氏が返り咲けば、米国第一主義を掲げるのは間違いない。すでに大統領選の公約として、メキシコで生産しアメリカに輸入されるすべての自動車に対して100%の関税を課すと語っている。
それだけではない。シーインやテムといった低価格アパレルの「越境EC」にも、何らかの規制が加えられる可能性はある。ファストリもそれはわかっているはずだ。現時点ではあくまで推測の域を出ないが、低価格アパレルは大幅な関税をかけても、高が知れている。ただ、トランプ氏が大統領になると、財政赤字が1100兆円も増えるとの試算がある。だから「取れるところから税金を取る」とまで踏み込むのか。それとも「米国で低価格アパレルを販売するには、米国と貿易協定を結ぶ親米諸国で製造すること」といった保護主義的な措置を取るのか。米政権は中南米からの不法移民を何とか阻止したい。そのためには、建前であっても中南米の貧国が経済的に潤うと見せかける懐柔策が必要となる。
手始めにアパレルのようなローテク産業で中南米におけるサプライチェーンを確立せよと、言い出しかねない。ギャップはすでに中米のホンジュラスなどでも製造している。それでも搾取の構図は変わらないとの意見があるが、それは別次元の問題だ。柳井正CEOがGUの柚木治社長に厳命した「(米国における)GUはファストリのすべての経験を活かすのだから、ユニクロの何倍ものスピードで黒字化して、最速で成長させるのがミッションだ」は、米国事業における高速出店と急成長を示すもの。それを成し遂げるため、GUが新たなサプライチェーンの構築を目指すことは十分に考えられる。
米国市場を制するものが世界を制するのか
GUニューヨーク1号店はソーホー地区のブロードウェイ沿いにある。隣はノースフェイス、通り沿いでエリアの北側にはアメリカンイーグルやハーレーダビッドソン、南側にはアバクロンビー&フィッチ、ラコステ、ナイキと著名ブランドが軒を並べる。1号店の立地にはかつてはアルマーニエクスチェンジやヒューゴボスなども出店していた。まさに有名店が鎬を削るダウンタウンのブランドストリートの一角だ。
家賃相場はミッドマンハッタンに比べると安いかもしれない。だが、GUの店舗は地下一階、一階の2層で、売場面積は約290坪にもおよぶ。仮に年間家賃が500万ドル程度(1ドル143円換算で、約7億2500万円)と見積もると、坪あたりの賃料は250万円。GUは価格がユニクロより3割程度安いが、店舗のリース契約を最低5年するとその間の黒字化は不可能ではない。1号店のランニングコストを回収しながら、2号店以降の出店スピードを上げて稼いでいけばいいのだ。柳井CEOが柚木社長に発破をかけた理由はここにあると思う。
そこで次の出店先をどこにするか。考えられるのはSCなどのビルイン、都市の路面店だ。
柚木社長が語った「ユニクロと同程度に出店したい」ならば、全米で60店舗以上出店することになる。手始めにニューヨークでの展開にしても、ブランドショップの出退店は頻繁に行われているだけに、居抜きで出店できる物件はいくらでも出てくるだろう。米国本社はそうした不動産情報にも睨みを利かせながら、店舗展開を進めていくと思われる。
その先が他州での展開だ。ニューヨークから南のニュージャージー、西のペンシルベニア、北のコネチカットといったドミナント展開なのか。それともシカゴやアトランタ、マイアミ、サンフランシスコ、ロサンゼルスといった主要都市への飛び地展開になるのか。ユニクロと同じようなやり方を踏襲するにしても、物件情報を精査しながら出店していくはずだ。それにしてもスピードが必要なのは言うまでもない。
ただ、ファストファッションのH&M(へネス&マウリッツ)は、ハワイやアラスカを含め、全米にくまなく店舗網を張り巡らせ、200店舗以上を構える。GUとしてはオンラインストアがあるにしてもH&Mを超える店舗展開を進めなければ、米国での覇権を獲得できないことは承知のはず。GUはファストファッションのテイストだけでに、全米でも若者のニーズがある都市を中心に展開が進められるのは確かだと思う。
早急に構築しなければならないのが、米国市場に即応できるMDだ。元々、GUは他のグローバルSPAに比べると、型数をかなり絞り込んでコストパフォーマンスの高い商品を打ち出してきた。それらを壁面棚やハンガー陳列などで展開し、商品が見やすく整然として人的コストが抑えられる売場を作ってきた。ニューヨーク1号店でもこれらが踏襲されている。
GUの柚木社長は、ニューヨーク1号店の開店前に「トレンド、品質、価格を備える。最高のスタイルとクオリティを最低の価格で、絞り込んだコレクションを提供していく」と、大筋では日本での展開と変わらない路線を表明した。まあ、デザインやテイストの面では、米国の消費者に合わせていくと思われるが、MDの条件は変えないということ。あとは米国の消費者がどう判断するかである。
それにしても気になるのが景気だ。米国連邦準備制度理事会(FRB)が物価高騰を受けて2022年3月から23年7月にかけて計11回の利上げを実施し、政策金利を2001年以来の高水準に引き上げた。パウエル議長は「インフレ率が持続的に2%に向かっているとの確信を強めており、雇用とインフレ率の目標達成に対するリスクがほぼ均衡している」とインフレ抑制の進展を強調。これに伴い、2024年9月17日~18日に開催した連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利を5.25%~5.5%から4.75%~5.0%へと、0.5%引き下げることを決定した。
ただ、2024年8月の米国小売業の売上高は、対前月比0.1%増と3ヶ月連続で増加した。ただ、これは食品などの生活必需品が値上がりしたからに過ぎず、衣料品については0.7%減少している。要因はこれまで市場を引っ張ってきたナイキなどスポーツアパレルが失速したことに加え、シーインなど低価格を売りにする越境ECの台頭がある。消費者の低価格志向が強まっているのは確かだ。GUとしてもそこに勝機があると踏んだのは間違いない。
一方、中国では不動産バブルが崩壊し経済の停滞感が強まっている。個人消費が冷え込んでいるからか、ユニクロのコピー商品が半額程度で出回っているほど。消費者が欺かれているのか、それとも格安コピーと知った上で購入するのか。どちらにしてもGUとしてはこうした消費性向を熟考した上で、出店拡大するなら中国よりも米国を優先したのではないか。グループ年商10兆円を達成するには、米国市場を制した先に世界制覇という命題が待ち受ける。一にも二にもGUニューヨーク1号店がロケットスタートして、成長に弾みをつけられるかにかかっている。
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