パリオリンピックが幕を閉じた。日本選手並びに出場された全選手の健闘には心から敬意を表したい。ここでは今回のオリンピックを別の角度で論じてみたい。過去にも何度か取り上げた各国公式スーツやウェアの紹介と、それを提供するサプライヤーの論評である。本来なら大会前にすべきだったのが、伸び伸びになってしまった。そこで、今回は国を絞って注目点のみ触れることにする。
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今大会は何といってもモードの国、フランドで開催された。そのため、同国の代表団が着る公式スーツは、これまで以上に力が込められると容易に想像できた。案の定、大会スポンサーとしてグローバルパートナー次ぐ階位のプレミアムパートナーには、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)が就いており、7月初めにはフランス代表団が開幕セレモニーで着用する公式ウエアが発表された。同グループ傘下の老舗メゾン「ベルルッティ」がデザインしたものである。
キーコンセプトは、エレガンスとコンフォート。スポーツの祭典とは言え、19世紀末にクーベルタン男爵が提唱した近代オリンピックだ。男爵は普仏戦争敗戦の沈滞ムードをひきづるフランスにとって必要なのは、若者の育成だと考えた。その一つがスポーツを取り入れた教育改革であり、次第に国際的競技会の構想を膨らませていった。貴族出身だけに競技会にも、格式や規律を重んじたのはいうまでもない。それが当事国フランスで受け継がれてきたわけだから、ウエア一つにも伝統美が映し出す優雅さを取り入れるのも納得できる。
もちろん、選手は男女で骨格、体型が異なり、競技によっても鍛える部位が違うため、四肢の長さ、体幹の形が変わる。だが、その誰もが開幕セレモニーという公式の場において、フランス国旗のトリコロールがはためく下で胸を張って船上パレードを行う以上、スマートで誇らしくあるには着心地が良い服装であることも重要になる。しかも、かつては西岸海洋性気候で1年を通じて気温が穏やかだったパリも、近年は地球温暖化の影響で熱波に襲われるようになった。礼服であっても現時点の気象条件に対応することも求められたはずだ。ただ、実際の開会式は雨が降って肌寒かったようだが、天候は予想がつかないのでしょうがない。
そうした概念と条件を盛り込んで生まれたのが、ミッドナイトブルーのタキシード風のジャケットとパンツ、スカート。特にジャケットのショールカラーには、トリコロールカラーを取り入れた青、白、赤を見事に配色したグラデーション処理が施されている。使われた技術はベルルティが継承するパティーヌ(革の染色技法)。職人が手作業で色を何層にも重ねて染め上げ独特のムラ感を出す技法で、今回はそれがプリントで再現されている。しかも、ジャケットのサイズによって幅広いものを制作する必要もあったことから、プリントはサイズごとに最適なバランスになるように調整されたそうだ。
特に目を引いたのは女子選手のジャケット。こちらはノースリーブ仕立てで、インナーに着るシャツ(コットンとシルクの混紡)も同様。ベルルッティ側は真夏という気候を考慮して暑苦しさを一掃し、着心地の良さを加味しながらセレモニーのドレスコードから大きく外れないデザインを導き出した。フランス流の真のエレガンスが全ての選手のあらゆる体型にフィットするようにと、計1500着以上を作り上げたというから流石だ。
ベルトは白地のものをベースに、こちらもトリコロールカラーがグラデーション処理され、全てハンドペイントで作られたというから老舗メゾンの妥協を許さない姿勢が窺える。シューズはベルルッティのロレンツォをパティーヌでネイビーカラーにアレンジ。男女、競技で、選手の足の寸法が違うため、サイズは1から22までが用意された。既存の製品で展開されるレンジを大幅に上回るサイズを製作する必要があり、その点も大きなチャレンジだったという。
プレス発表で主に男子選手が履いていたスニーカーは、アッパーがニット、アウトソールがラバーで、軽量化と履き心地を追求した仕様で、競技前の段階で選手の足に負担をかけない配慮が見られる。こちらもタンや踵部分のカラリングはトリコロールのグラデーションで、ジャケットやベルトとのカラーコーディネートを考えた作りになっている。
ベルルッティのジャン=マルク・マンスフェルトCEOは、「パリオリンピックの開会式でフランスチームのスタイリングを担当するという特別な機会を得たこと、また選手はじめ、プロジェクトチームとのクリエイティブなコラボレーションに大変満足している。この衣装で、私たちはフランスのエレガンスを称え、アスリートとコーチに貢献することを目指しました」と、語っている。
現時点で、市販されるとは発表されていないが、今回のウエアについてLVMHが投資回収に言及していないところを見ると、母国オリンピックへの参画はビジネスを抜きにしたスタンスでいることへの無言の表明のようにも映る。まあ、開会式の公式ウェアについては世界中のファッションメディアが一定の評価をしているだろうし、業界人もフランスの職人技はオリンピックの公式ウエアでも変わることを見せつけられた。改めてモードの国、フランスの偉大さに脱帽せざるを得ない。
スウェーデンはLifeWearの派生版
今回の大会でも、スウェーデン代表の公式ウェアを提供するのがユニクロだ。こちらは同ブランドが提唱するLifeWearの価値観を継承し、品質、革新性、持続可能性を全面に打ち出して共同開発されている。提供する競技はオリンピックがゴルフ、卓球、カヌー、セーリング、射撃、スケートボード、水泳、ビーチバレーボールの8競技、パラリンピックが卓球、水泳、ボート、射撃、ボッチャの5競技。ハイパフォーマンス・シンプリシティ・オフ・ライフウエアをコンセプトに、スポーツウエアの機能美と洗練されたデザイン?を両立させたという。
開発にあたっては、大会の暑さ指数など天候データの分析を行うために、有明ユニクロ本部の人工気象室にパリの温度・湿度などの環境を再現してモニターテストを実施。運動時の発汗ポイントと量の検証を行い、ウェアにおける通気孔の配置やフィッティングの改良に取り組んだ。また、選手からのストレスなく着たいとの声を反映し、ポケットをあえてつけないことでより軽くスタイリッシュなシルエットに仕上げられている。動きを妨げず体に適度にフィットするシルエットを追求するために、パンツ丈やシャツの身丈、首周りの立ち襟の長さなど細かくミリ単位で調整を施し、フィット性を高めている。
素材は、ユニクロの店舗で回収した商品(ポリエステル高混率素材)の一部をリサイクルした素材を、選手団が着用するスウェットやTシャツなど16アイテムに採用した。開閉会式やメダル授与式で着用する3Dニットジャケットは、1本の糸を立体的に縫い目なく編み上げるホールガーメント技術で、美しいシルエットと動きやすさを両立。通気性を高めたニット編みによって、汗の蒸れや熱を外に逃がしやすく快適さを維持する。
ファスナーの引き手は、指を通して上げ下げしやすいユニバーサルデザインを採用。 セーリング競技用のシャツには、同社のエアリズム素材を採用し、汗をすばやく乾かすサラリとした肌触りだ。卓球のユニフォームでは、ドライEXの吸汗速乾機能と抗菌防臭機能付きで、汗をかきやすい部分に通気性の良いメッシュ構造を配置し、競技時も快適な着心地を実現した。ショートパンツやスコートは、縦にも横にも自在に伸びるウルトラストレッチ素材と、速乾性に優れたドライ機能を使用している。これらを見ると、オリンピック向けのウェアづくりで、ユニクロが追求したのはサイエンス&テクノロジーであることがわかる。
スニーカーについては「専門機関の協力を仰ぎ、足にかかる負担を最大限に減らすためのリサーチと改良を重ねた」という。そうした技術開発への投資が身を結ぶには、選手がどれほどのパフォーマンスで、メダルに繋げられるかにかかっている。ユニクロ側が市販化を考えているのかはわからないが、スニーカーでもビッグブランドの牙城を少しでも崩したいのなら、オリンピック代表が残すハイパフォーマンスやレコードという結果がエンドースメントモデルには重要だ。
ファッションの面ではパリ大会ということもあり、ユニクロ側は「美しい街中に溶け込むよう都会的で落ち着いた雰囲気」のデザインやカラー使いにこだわったという。しかし、スポーツウェアのベースカラーはスウェーデン国旗の基調色であるブルーとイエローのほか、ネイビー、ペールブルーといったフラットな配色で、プリント柄や剥ぎによる切り替えはない。あとはロゴマークのワッペンやスウェーデンNOCの刺繍がある程度で、特段ファッションブルだとの感じはせず、ユニクロの技術を結晶させたウェアといった方が適切だろう。まあ、スウェーデンの人々をはじめ、ヨーロッパの方々の印象は違うかもしれないが。
過去のオリンピックで各国選手が来たウエア、ジャージではリユースルートに流れる物もあった。それが古着店で販売され、ストリートファッションのアイテムになっていたのだ。2000年代の初め、パリの街中で胸元に「NIPPON」という朱色のロゴマークが入った白のジャージを着た若者に出会ったことがある。その時はバレーボール日本代表の古着ジャージかと思ったほどだ。ユニクロがスウェーデン代表に提供したジャージが同じようにストリートファッションになり得るのか。ファッションスナップなどを注視していきたい。
ということで、フランスの公式スーツとユニクロの競技ウェアのみに絞って論評してみた。他にも、米国はラルフ・ローレン、イタリアはエンポリオアルマーニと、それぞれ国を代表するブランドがウェア作りに参画するのは今大会も変わらなかった。また、陸上男子100mの決勝で、9秒79で優勝したノア・ライルズ(米国)が履いていたシューズはY-3だった。アパレルブランドが選手の競技生活を陰で支えていることも忘れてはならない。
日本のスポーツメーカーでも、ウエアからシューズ、各競技の道具類では職人さんの技術が生きたものもあったと思う。ただ、オリンピックでもSDGsが意識され始めており、公式ウェアにもリサイクル素材が使われるようになっている。伝統の技に加え、最新技術が活用された点も見逃してはならないだろう。選手はウェアや道具を提供するメーカーとの契約から使用のレギュレーションに縛られる。だが、ウエアについては特徴のあるデザインや色、素材も多いので、市販化されないのであれば、ぜひリユースルートで再利用してほしいものである。
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