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2024年6月、ニューヨーク州議会がファッションモデルの権利拡大と搾取からの保護を目的とした法案「ニューヨーク州ファッション労働者法(the New York State Fashion Workers Act)」を採択した。近年欧米を中心に議論や対策が進められてきたファッションモデルをめぐる「労働環境・条件」や「痩せ過ぎ」「セクシャルハラスメント」といった問題は、日本ではまだ比較的認識が薄いものの、関心や重要性は確実に高まっている。そこで本稿では、これまで世界で問題視されてきたモデルを取り巻く状況とその対策から、今回ニューヨークで採択された法案の要点、日本の「モデルの労働環境保護」の動きの現在地まで、ファッションローに詳しい平川裕氏が解説する。
目次
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法案採択の背景にある、モデルが搾取されやすい業界構造
同法案の正当性を説明する前文によると、アメリカのファッション業界の中心地であるニューヨークでは、ファッション産業だけで市の労働力の6%に相当する約18万人の雇用を創出し、総賃金は109億ドルに及ぶ。その一方で、モデルやインフルエンサー、パフォーミングアーティストなどは、個別に締結している契約の範囲内のみでしか保護されず、支払いや性的虐待の面では透明性が確保されない状態が横行しているという。
前文では、モデルマネジメント会社があくまで“管理会社”として活動することにより、既存の法律下では規制を免れている現状の構造に問題があると指摘。「管理会社は若いモデルを高額なモデルアパートに住まわせ、長期間の契約で縛りつけ、仕事を斡旋する義務もなく、タイムリーな支払いも行わないため、モデルは負債のサイクルに陥り、人身売買を含む他の形態の虐待に対して非常に脆弱になる」と述べている。
モデルのウェルビーイングに対する世界的な関心の高まり
そのような中で、2017年に大物映画プロデューサー ハーヴェイ・ワインスタイン(Harvey Weinstein)による複数の女優への性的暴行が報道されたのを皮切りに、ブルース・ウェーバー(Bruce Weber)やテリー・リチャードソン(Terry Richardson)、マリオ・テスティーノ(Mario Testino)といった有名写真家の性加害問題が公になった。こうした事件に伴って「#MeToo」運動が盛り上がり、「ヴォーグ(VOGUE)」や「GQ」などを擁するコンデナストなどの一部出版社は、問題となった写真家の起用を中止。2018年のゴールデングローブ賞の授賞式では、セクシャルハラスメント被害者へのサポートと全産業における男女平等を訴えるキャンペーン「Time’s Up」に対し、参加者が“連帯”の意を示して黒のドレスコードを選んだことで、華やかな授賞式の場が黒一色に染まったことを各種メディアが大きく報じた。また同時期には、14歳のロシア人モデルが中国で突然死したことでモデルの労働環境について論争が起きるなど、モデルの労働環境について世界的に関心が高まっていた。
こうした流れを受け、2017年にはLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン グループとケリング・グループが「モデルのための雇用関係及びウェルビーイング(身体的、精神的および社会的に良好で幸福な状態)確保のための憲章」を策定。翌年には、憲章をサポートするためのウェブサイト「WE CARE FOR MODELS」を立ち上げるなど、ファッション産業の2大巨頭がタッグを組んで業界の問題に取り組む姿勢を見せたことが話題となった。
同憲章では、モデルに撮影やショー開催前6か月以内に発行された健康診断書の提出を要請するほか、健康状態が良好なモデルのみと契約を交わすこと、16歳未満のモデルを起用しないこと、モデルが苦情を直接訴えられるようホットラインを開設することなどを規定。さらに、その後ケリングは、2020年から傘下ブランドで起用するモデルの年齢を18歳以上に引き上げることを発表している。
採択された「ニューヨーク州ファッション労働者法」とは?
今年6月に採択されたニューヨーク州ファッション労働者法は、主にモデルマネジメント会社と、モデルやモデルマネジメント会社に仕事を発注するクライアントが果たすべき義務や禁止事項を規定している。同法案の主なポイントは以下のとおりだ。
<モデルマネジメント会社に対する規定>
- 会社情報の登録、保証金やライセンス料の支払いの義務化
- モデルが虐待やハラスメントをはじめとする不合理な危険にさらされないよう、受ける仕事に対して厳しく審査すること
- モデルマネジメント会社を通じて受けた仕事に関する契約内容を、業務開始の少なくとも24時間前までに、モデルが十分に理解できる言語で提供すること。
- モデルに支払う報酬について、差し引いた項目を明示し、計算方法を説明するなど明確化すること
- モデルと交わす契約書のひな形を労働省に提出し、承認を得ること
- モデルと契約を締結する際に、モデルから保証金などを徴収することの禁止
- モデルとの契約で事前に合意したコミッションなど以外の費用を報酬から差し引くことの禁止
- 3年以上の契約期間を含むマネジメント会社との契約をモデルに署名させることの禁止
- モデルへの支払いや報酬に対して、20%を超えるコミッション料金を課すことの禁止
- この条文に基づいて苦情を申し立てたモデルに対して報復措置を取ることの禁止
<クライアントに対する義務>
- 8時間を超える労働の場合の報酬や休憩に関する規定
- モデルが虐待やハラスメントをはじめとする不合理な危険にさらされない契約を提供すること。
- モデルが同伴者を伴うことを許可すること
このほか、違反時の罰則についても規定している。
日本におけるモデルの労働環境保護の動き
今回のニューヨーク州以外にも、例えばフランスでは、いち早く2015年に痩せ過ぎのモデルの起用を禁止する法案が可決しており、これも“モデルのウェルビーイング”を保護する動きの一つといえる。このように、欧米ではモデルの労働環境を法の力で改善・保護しようとする動きがある一方、日本に目を向けると、モデルに特化した法整備はなされていないのが現状だ。
一般社団法人日本モデルエージェンシー協会が「出演と契約に関するガイドライン」を出してはいるものの、内容は主に肖像権に関する規定や、クライアントとモデル事務所間の契約に関する取り決めが中心となっており、モデル視点の取り組みとまでは言えない。また、日本の大手モデル事務所のウェブサイトを見ても、モデルのウェルビーイングを保護することに関する声明を打ち出している事務所は、残念ながら見つからなかった。
現在、日本でモデルの労働環境を保護するためには、労働法で保護することになるだろう。例えば「男女雇用機会均等法」では、労働者が性的な言動で不利益を受けないよう職場環境を整える義務が雇用主に課されている。
しかし、モデル事務所とモデルの関係性を踏まえると、「労働法は“労働者”を保護する法律である」という点がネックとなる。ここでいう“労働者”とは、他人の指揮監督の下で働き、その対価として報酬をもらう人を指すため、一般的には企業に勤める従業員などを想定している。モデル事務所は、モデルのために仕事の機会を獲得し、契約交渉や案件管理、スケジュール管理などを行うのが一般的。モデルが“労働者”に当てはまるかどうかは、モデルが断れない状況下で事務所から命じられた仕事をこなすケースがあるかどうかがポイントとなり、場合によっては労働者性が認められない可能性も考えられる。
ニューヨーク州ファッション労働者法の立法時の課題としても上がっていたように、法律上の“労働者”として認められないがゆえに、「個別契約の範囲内でしか守られない」というケースがこれまで日本でも多かったのではないだろうか。
しかし、今年11月1日に施行される「フリーランス・事業者間取引適正化等法(いわゆるフリーランス新法)」がこの状況を打開するカギになる可能性がある。フリーランス新法は、発注事業者に対して書面等による取引条件の明示の義務化や、ハラスメントに関する相談や苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制整備の義務化などを規定している。そのため、労働者として認められなくてもフリーランスとして保護される可能性が高まり、モデルの労働環境改善に一役買うことが期待される。
幼少期を米国で過ごし、大学卒業後に日本の大手法律事務所に広報担当として勤務。2017年に「WWDJAPAN」の編集記者(バッグ&シューズ担当)としてパリ・ファッション・ウィークや国内外のCEO・デザイナーへの取材を担当する傍ら、ファッションロー分野を開拓する。現在はフリーランスのファッションライターとスタートアップのPR担当という二足の草鞋で活動中。無類のハイヒール好きで9cmヒールが基本。
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