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「日本に本当の意味でのラグジュアリーブランドはない」。元三越伊勢丹ホールディングス社長で、現在は日本空港ビルデング傘下 羽田未来総合研究所社長を務める大西洋氏の言葉だ。同氏は、国内の百貨店・商業施設に足を運ぶとどこに行っても海外ラグジュアリーブランドがグランドフロアの一等地に入居している現状を憂い、日本発の地方創生型ラグジュアリーブランドを作ろうと一念発起している。
一般的にラグジュアリーブランドは「歴史的背景からくる絶対的価値」という点で同じく高価格帯の商品を取り扱うハイブランドと差別化される。日本にも「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」や「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」など世界的に評価されるブランドはあれど、洋装文化に移り変わってから1世紀半程度の島国には、100年単位の歴史を持つ「エルメス(HERMÈS)」や「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のようにラグジュアリーと呼ばれるブランドは現時点では存在しない。
ただし、それはあくまでファッションブランドでの話。日本には、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」が認め、「エルメス」がライバルと位置付けるブランドがある。絶品の羊羹で知られる和菓子屋「とらや」だ。
約500年の歴史を持つ老舗和菓子屋「とらや」とは?
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とらやは、室町時代後期に京都で創業したと言われ、後陽成天皇の在位中(1586〜1611年)から御所御用(宮中に品物を納めること)を勤めてきた。明治2年(1869年)の遷都の際、京都の店舗はそのままに東京に進出。現在まで5世紀にわたり事業を続けており、「おいしい和菓子を喜んで召し上がっていただく」という経営理念のもと、素材や製法にこだわった本格和菓子専門店として赤坂、銀座、日本橋、京都をはじめ全国各地に店舗を展開している。
海外メゾンも一目置く、「とらや」とエルメスの関係性
2008年から7年間にわたってエルメス本社の副社長を務めた齋藤峰明氏は、「エスプリ思考―エルメス本社副社長、齋藤峰明が語る―」(新潮社刊)という書籍の中で「エルメスのライバルを強いて挙げるとしたら、日本の老舗和菓子屋『虎屋』である」と語っている。また、「老舗の流儀 虎屋とエルメス」(新潮社刊)では、長い歴史があることのほか、「職人の手仕事におけるものづくりを基軸に置いていること」「伝統を大切にしながら新しいことに挑戦していること」などを両者の共通点とした。
なぜ「とらや」は海外メゾンに認められるのか?今日におけるラグジュアリーブランドになるための6つの条件
今日におけるラグジュアリーの条件とはなんだろうか。経済産業省が2022年に発表した「ファッションの未来に関する報告書」によると、時代を経て「ラグジュアリー」の在り方は移り変わっており、これからのラグジュアリーの条件として「世代から世代へ、永遠に続いていくこと」「地域(ローカル)の伝統・文化への注目」「革新的なイノベーション」「素晴らしい素材」「職人によるクラフトマンシップ」「社会貢献的な利他性」と定義している。ここでは、「とらや」がなぜ名だたる海外メゾンに一目置かれるのか、6つの条件に当てはめながら検証していこう。
- 世代から世代へ、永遠に続いていくこと
- 地域(ローカル)の伝統・文化への注目
- 革新的なイノベーション
- 素晴らしい素材
- 職人によるクラフトマンシップ
- 社会貢献的な利他性
1. 世代から世代へ、永遠に続いていくこと
現在の「とらや」社長は第18代 黒川光晴氏。黒川円仲を初代当主とし、代々引き継がれている。「世代から世代へ永久に続いていく」といった条件については、約500年という長い歴史を持つとらやなら当然クリアしていると言えるだろう。
2. 地域(ローカル)の伝統・文化への注目
とらやはこれまでの5世紀にわたる歴史の中で伝えられてきた、和菓子にまつわる古文書、古器物などを資料室「虎屋文庫」で管理。そのほか、機関誌『和菓子』の発行や展覧会の開催、ホームページでの紹介などを通して、和菓子全般の魅力を広く世間に向けて発信している。とらやで取り扱っている和菓子は発祥の地である京都から受け継がれているものが多く、これらのことからもとらやは地域の伝統に根差した企業であると言えそうだ。
3. 革新的なイノベーション
銀座の直営店「TORAYA GINZA」では、ラズベリー、ライム、パッションフルーツなどの果物を用いた羊羹「ちぐさかん」を提供。銀座は日本人だけでなく、外国人観光客も多く訪れるエリアということもあり、「初めて和菓子に触れるお客様に、いかに喜んでいただくかを考えて商品やメニューを考案した」と広報担当者。代々使われてきた伝統的な和菓子の材料にこだわらず、海外から伝わったフルーツをメインに使用した同商品は、外国人観光客だけでなく日本人からも好評を得ているという。
変化を恐れないとらやの姿勢は、店舗設計にも表れている。同社は、2018年に旗艦店の1つである赤坂店をリニューアルした。当初は法規で許される限りの容積を利用した大きな建物にする予定だったというが、「物質的に豊かになった今は、人々が求めているものは店舗の大きさよりも、ゆったりと過ごす時間や居心地の良さなのではないか」と価値観をアップデート。和菓子屋として必要最低限の要素を持たせた4階建てに計画を変更した上で、建築家 内藤廣の設計のもと、「簡素にして高雅」をテーマにした「都心にいることを忘れ、豊かな時間を楽しめる店舗」を完成させた。
Image by: FASHIONSNAP
赤坂店の店内。メインカウンター後ろには、左官職人 久住章が手掛けた黒漆喰の壁と、鐶虎(かんとら)と呼ばれるロゴマークを設置した。
Image by: FASHIONSNAP
4. 素晴らしい素材
和菓子の原材料は、米や小豆などの農作物が中心。その良し悪しが味や風味に直結することから、とらやでは、最良の原材料を安定的に確保することに高い優先順位をつけている。特に羊羹や生菓子など幅広い和菓子に使用する「白小豆」については、農林水産省から民間の小豆として初めて独自の品種として認められた希少原材料「福とら白」を使用しており、専属契約している群馬県と茨城県の農家から供給を受けている。「とらやの和菓子の美味しさは、手間をかけて生産してくださる方々の存在があってこそ」(広報担当者)。とらやでは原材料調達部門の社員が直接産地へ赴き、和菓子作りに対する考えを共有するなど、農家と密なコミュニケーションを図ることで「生産者とともに歩んでいく」ことを大切にしているという。
白小豆「福とら白」
Image by: とらや
5. 職人によるクラフトマンシップ
和菓子作りでは、天然の食材を使用しているがゆえに原材料の質が一定でないのに加え、製造場の環境、使用する道具の状態などが日によって異なるため、安定した品質の菓子を作るには卓越した職人の感覚と技術が重要になる。例えば羊羹作りでは、豆を煮る際の火入れ加減や仕上がりのタイミングを「えんま」と呼ばれる大きなしゃもじから滴る羊羹の垂れ具合を見て、煉りあげの加減を職人が判断するという。また、季節の生菓子作りはほとんどが手作業で行われる。「和菓子作りではどうしても機械に頼れない部分がある。要所では必ず人の手を入れ、確認するようにしている」と広報担当者。
赤坂店内 季節の生菓子を作る様子
Image by: FASHIONSNAP
またとらやでは、上位の職人が経験の浅い職人に知識や技術を伝えることや、職人全員のレベルアップを目的とした講習会を定期的に開催。「意匠としては素晴らしいが実現は不可能」と言われてきた、虎の疾走感を黄と黒の斑模様で表現した羊羹「千里の風」は、職人が試行錯誤の末に新たな技法を編み出したことで完成したという。
6. 社会貢献的な利他性
とらやの研究部門では、生産者の減少などによって希少になりつつある原材料や、和菓子と健康の関わりについてについての研究を行っている。最近では「羊羹の食後血糖値に与える影響」に関する研究内容を発表するなど、自社だけでなく業界全体の発展に繋げることを目指している。また、小豆の餡を作る際に残った豆の皮はバイオガス発電の燃料として近隣の処理施設に提供しているという。
以上から、とらやは経済産業省が資料で言及したラグジュアリーの条件を全て満たしていることが分かる。エルメスやバレンシアガがとらやをリスペクトしたというのも、知らず知らずのうちにこれらの項目について考えを巡らせ、自社と近しいものを感じたからではないだろうか。
最後に、とらやがラグジュアリーの条件を全て満たしていることを広報担当者に伝えると、こんなコメントが返ってきた。「創業以来続けてきた事業がラグジュアリーと呼んでいただけるのは本当に光栄なことですが、私たちはあくまで『和菓子屋』。今後も、お客様に美味しいお菓子を届けることを第一に考えて、菓子作りに励んでいきたいと思います」。ラグジュアリーとは、プロデュースするものではなく、ひたむきにモノづくりに向き合った結果として辿り着く境地なのかもしれない。室町時代後期から続く日本の老舗ラグジュアリーブランドが、今後どのように時代に呼応しながら事業を発展させていくのか、後に続く未来のラグジュアリーブランドたちにとって、重要な指針になりそうだ。
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