Image by: mister it.
“はじめまして。こんにちは。”
3月15日(金)11:00。片言の日本語が響く会場でスタートした「ミスターイット(mister it.)」のランウェイショー。2018年のブランド創設から初めてとなる今回のショーでは、渋谷ヒカリエを舞台に2024年秋冬コレクションを発表した。デザイナーはパリでオートクチュールを学び、メゾンではVIPに向けて洋服を作っていた砂川卓也氏。「haute couture for everyday life」をコンセプトに掲げる同氏が発表した初めてのランウェイショーの全貌はぜひこちらをご覧いただきつつ、この記事では、毎日服を選ぶこと、つまり装うことに若干のストレスを抱える筆者が、ミスターイットの最新コレクションからいくつかのルックとアイテムを抜粋し、時には拡大解釈しながら、「装うという営みを愛おしむ」その方法を探っていく。
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「セットアップもいいけど、ちょっとやり過ぎ?ライダースでもいいかも。袖は要らないんだよな。うー。うわ。もう出発しないと間に合わない。え、どうしよ。あ、このバッグ。ハンガーじゃん。どっちも持って行ってあとで決めよ。あ、でも、ハンガーにかけたままなのも可愛いかも。」
そんな独り言が脳内で自動再生されたこのルックを、ミスターイットの一つの提案としてまず取り上げたい。ハンガー型バッグにノースリーブのライダースをひっかけ、ノースリーブのジャケットを着ているこのルック。アウターを迷った挙句、両方とも持ち出す決断をしたのだろうか。もしそうだとしたら、すごくわかる。自信満々で家を出た数十分後には全身を着替えたくなったり、時折バッグの中に別のトップスやパンツを忍ばせて外出する私にとって非常に共感できるスタイルであり、心くすぐられる提案だった。
服を選ぶというだけで、なぜわざわざそんなことをするのかと聞かれたら、私は答えに詰まってしまう。けれど、そもそも服を選ぶということ、装うことはとても繊細で切実な営みだと思う。なぜなら、現代の人間の大半にとって、それは生きることに直結しているから。大袈裟に思えるかもしれないが、服を着ることで初めて人は社会に受け入れられ、その関係性の中から社会で生きていくことが可能になる。そう考えてみると、その日着る服にいつまでも執着してしまったり大いに迷ってしまうことも理解できる。(というか、私がその当事者である。)このルックにはそんな人々に向けた大らかさを感じたが、デザイナーの砂川氏にもそんな経験があったりするのだろうか?
繊細で切実な営みとして装うことを捉えた際、顔を覆うほどのサイズのキャップを被ったルックにも改めて目が惹かれた。このキャップについて、砂川氏は以下のように述べている。
そもそも、その名前は「moi」である。フランス語で「自分」を意味します。mister it.のファーストコレクションから現在まで同一のパターンで生み出され続けるキャップは、つばが長く、ひとの視線から隠れるのに最適です。
社会と個人を繋ぐための装いと、社会と個人を引き離すための装い。いくつもの視線がたった1人のモデルに注がれるランウェイで、「ひとの視線から隠れるのに最適」なキャップを被せるというプレゼンテーションには、行き過ぎた副作用を抑える薬を処方するかのように、装うことのもう一方の作用があることも同時に示されている。「繋がっていたいけど、どこかに行ってしまいたい」。時にはそんな矛盾もはらみながら装う(私も含めた)人々に対しての提案のようにも感じられた。
繊細で切実、だけでなく、矛盾もはらむ、装うという営み。そんな営みを毎日繰り返す人々にとって、肉眼では見ることすらできない背中にまで意識を張り巡らせていくことは可能なのだろうか?(ご想像通り、私はできません。)
そんな問いを想起したのは、実はショーの中で最も印象に残った、ランウェイを去っていくいくつものルックの後ろ姿がきっかけだった。「幼い頃から街の中の道ゆく人々を観察し続け、魅了されて続けている」と本人が言うように、その後ろ姿には砂川氏自身の視線が色濃く反映されているように感じる。なぜなら、見知らぬ誰かを正面から観察することはほぼ不可能だから。その視線を通して培われた美意識による後ろ姿の提案に、私自身は身体を委ねてみたい。
先述した通り私は毎日服を選ぶことに若干のストレスを抱えているが、この感覚は決して私だけの固有のものではないと思っている。私と同じような気持ちの人にとって、ミスターイットのショーと拙文から柔らかい何かを受け取ってくれればとても嬉しい。そして、そのような感覚を持たずとも、日々装うという営みを引き受けて生きていく人々(つまり、服を着ている全ての人々)にとっても、今一度その営みを愛おしむ方法として感じていただきたいと願っている。
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