昨年は円安の影響から、ほとんどの商材・サービスの値上げが顕著だった。メディアは賃上げされずに物価だけが上がる構図を捉え国民の生活不安を煽るが、これまであまりにデフレが続いてきたことで、国民が安さ慣れしている部分は否めない。無秩序や便乗といった値上げは問題だが、適正な価格とは何かについても冷静に考えていく1年にしたいものだ。
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一方で、アパレルに限れば、コスト上昇で値上げはやむを得ないことを考えると、安いだけのものを過剰に生産し、流通させることにも歯止めをかけなければならない。消費者側も安いからではなく、本当に必要なものやロスにならない購入を心がけるべきだ。商品自体に価値を感じていないのに、価格が安いというだけで購入しようとしていないか。本当に価値のあるものは、決して安くはならない。今一度、消費に対して自問自答し、理性的になる1年にしていくことも大事だと思う。
突き詰めてみると、これまでは低価格商品が購入側にとってメリットがあるように見えていただけではないか。売る側も冷静に考えると、消費者は安いからといって同じアイテムを2点も3点も購入することはない。感性が鋭い若者なら、いろんな商品を組み合わせたり、ユーズドの商品をうまく利用するため、全てを新品で賄うことは有り得ない。もう薄利多売は通用しなくなっていると考えるべきなのだ。
店舗を展開しスタッフを雇用すれば損益分岐点があるわけで、利益を出すには売上げをそれ以上に持っていかなければならない。ネットで販売するにしても、写真撮影や原稿制作などの「ささげ業務」が発生する。流通ルートに載せるには、応分のコストがかかるのだから、商品価格が安ければそれだけ収益を上げていくのは難しい。もはや過剰に生産して大量に流通させたところで、収益は上がらないと考えた方がいいのではないか。
その意味で、大手アパレルは無秩序に増え過ぎた低価格商品の流通をセーブしているようだ。売場やネットの在庫を少しずつ絞り込み、セールの割合が減っているからだ。実店舗でや通販サイトでは「これだ!」と思える商品に出会えなかったが、レディスでは商品企画から見直し、素材や縫製・加工にコストをかけた商品を見かけるようになってきた。セールをせずにプロパーで売っていく考えの現れと言える。
変化の兆しが見えつつあるのが百貨店系アパレルだ。バブル崩壊後の1995年頃から、百貨店はアパレル側に納入掛け率を下げさせたため、その分が原価率の引き下げを招いたことで、商品のクオリティが下がり客離れを引き越してしまった。こうした傾向は2000年代に入ると、ファストファッションの台頭や低価格でも原価率の高いアパレルの登場で、玉石混交となった。逆に低価格商品が市民権を得る中で、中途半端なブランドは競争力を欠き、再編や閉鎖に追い込まれていった。それから数年、リストラ効果が緒についたのか、ブランドの縮小均衡か、戦略に変化の兆しがあらわれている。
ただ、生産国の人件費上昇や為替変動の問題など、低価格路線はいつまでも継続できない。それ以上にお客、特に洋服好きにとっては「もっと上質な服」「デザインに注力した服」を着たいという渇望もある。それをどう取り込むかが販売側にとって近年の大きなテーマだった。値上げの理由を単にコスト上昇や円安によるものとするだけでは、お客の納得を得ることはできない。むしろ「値上げするのではなく、高額で魅力的な商品を売る」という戦略が重要になってきたのだ。
筆者が百貨店のレディスアパレルの中で、価格に左右されない服作りを貫いていると見ていたのが「wb」だ。企画デザインに注力し、素材や加工などにコストをかけ、服選びで妥協しないファンに向けたアイテムを創る。東京の松屋銀座をはじめ、日本橋三越、大丸東京、そして各地域一番店の百貨店では、コンスタントにファンを集客していた。大都市だろうが、地方だろうが、洋服好きがいる限り、その傾向は変わらなかった。
wbは2021年2月にショップ閉店とモガへの統合がリリースされたが、その後さらにデザイン面でエッジをきかせてデビューしたのが、「DÉPAREILLÉ(デパリエ)」である。ブランドタグをみて値段を確認しなくても、欲しいと思わせる服。時代、シーズンによって様々な表情を見せてくれる。そこで違った好きに出会い、違った自分を主張できる服。着る人を幾重にも演出してくれる。
大手アパレルが打ち出す高価格ブランド
大手アパレルもこぞって高価格ブランドの開発に乗り出している。筆頭は23区からのスピンオフとして2023年8月に「estèta(エステータ)」をデビューさせたオンワード樫山だ。23区誕生30年を節目とした高感度な大人の女性に向けたもの。ブランド名はイタリア語で「審美眼のある人」を意味する。自分の価値基準で服を取捨選択できる大人の女性に着て欲しいとの考えで、世界に通用する基準での高感度、高品質でモード感のある商品を提案する。こちらも順次期間限定店を出店するという。
ブランドのコンセプトは、「ハイグレード×コンテンポラリー×ミニマルスタイリング」。これまで日本のレディスブランドでは、この絶妙なバランスをなかなか企画に落とし込めていなかった。体型がフラットな日本人は、根本的にコンサバ思考が強く、欧米人のようなスタイリングは着こなせないというイメージがネックだった。しかし、そうした固定観念がレディスアパレルの活性化を遅らせてきた面は否めない。現在はECという販路があるので、売れ行きを見ながら企画を修正していくことは十分に可能だ。
イトキンがこの春10年ぶりにデビューさせる新ブランドが「EAUVIRE(オーヴィル)」。百貨店や都心型ショッピングセンターへの出店を想定していると言われ、同社にとってはキャリアゾーンまで含む高感度ブランドの位置付けになる。
テーマは「リラグジュアリー」で、ラグジュアリーを再解釈したという。「モード過ぎず、ベーシック過ぎない」。日常でも着用できる本質的な上質さを備えた約70型を企画する。また、コレクションの25%に、社会的な要請がある環境配慮素材を採用。価格帯はジャケットやワンピースで10~15万円で、ほとんどが国内生産になる。専門店系アパレルとしてイトキンが復権する足掛かりのブランドになる可能性は高いと言えそうだ。
ワールドもこの春、40代を中心とした大人向けの新ブランド「AUBRIO(オブリオ)」を発売する。当面の販路はECと期間限定店になる。特徴は素材の7割がイタリアの「リモンタ社」など海外生地メーカーからの調達で、生産はほぼ国内。インポートのラグジュアリーブランドが円安の影響で高止まりしている中、それらと遜色ないクオリティを持ちながら日本人の感性にフィットするデザインで、値頃感のあるブリッジ的なブランドにする狙いと見られる。
価格帯はジャケットで6~12万円、ワンピースで4~6万円(いずれも予定価格)など。ワールドの傘下ブランドでは最高のプライスラインとなる。ECと期間限定店でどれほどのニーズが見込めるかを見極める狙いもあると見られる。ただ、ワールドが専門店系卸として隆盛を極めた時代には堂々と通用していた価格帯だ。百貨店ではプレタ系より下のゾーンで納得いくようなブランドがなかったのであえて挑戦を決めたようだが、時代も客層も変わってきただけにどこまでファンを掘り起こせるかにかかっている。
ワールドでは、企画コンセプトで「マニッシュで禁欲的なデザイン」をオブリオらしさと打ち出す。また、作りでは「かっちりしたものも多く、少し癖はあるがベーシックなデザインで、古くならないようにした」という。イタリア産などのインポートの生地感をうまく打ち出しながら、キャリアやコンテンポラリーのゾーンで一気に勝負をかけると見て取れる。うまく顧客を開拓できれば、ワールド復活の起爆剤になるかもしれない。
百貨店側も洋服好きな女性に向けた高額なブランドはのどから手が出るほど欲しいだろう。しかし、従来のように自社優位の取引条件を突きつけるようでは、仮に常設店舗の出店が実現しそうでも、アパレル側から難色を示されるかもしれない。もちろん、アパレル側も百貨店に出店したから簡単に売れるとは思っていないはずだ。期間限定店での売れ行きを見ながら、都市型SCなどを含めて出店先を精査していくのではないか。
一方、どのブランドも販路をECと期間限定店にしているため、現物にいかに触れてもらえるかがカギになる。なおさら顧客づくりには試着によるサイズチェック、接客によるコーディネート対応が不可欠だ。それにはクリック&コレクトを活用した「既存系列店での取り寄せサービス」が重要になる。また、トランクショー(期間限定店がその役割か)など開催を通じて、少しずつ顧客を開拓していく必要があるだろう。
どちらにしても、「いい服を着たい」というニーズは女性を中心に高まっている。見た瞬間に「こんな服が欲しかった」と感じさせるものは、アパレル市場を活性化させる決め手になる。期間限定店で吸い上げるお客の声やECのレビューなどを企画に反映させるのは重要だが、海外のラグジュアリーブランドと遜色ないクオリティや世界観を提供できるか。服としての「見せる部分」を絶やさない企画力がものを言うのである。
上質で、モード感がある大人のレディスブランドが登場すれば、メーカーにはぜひ男性向けでもチャレンジしてほしい。何せ、巷の状況を見ると、女性がウールのコートにニット、ボトムはワイドパンツかスカート。そんな彼女とカップリングする男性は安っぽいダウンジャケットとジーンズ、スニーカーが主流だ。現状のファッションスタイルとしてはあまりに不釣り合いだ。何とかならないものかと、ずっと思ってきた。かといって男性が高額なオーダースーツを着たところで、おしゃれなカップリングにはならない。
次なるステージは大人の女性と男性が上質で、コンテンポラリーで、ミニマルスタイルでカップリングできるかようなMD構築だろうか。あまりに陳腐化した「ファッション景色」を変えていくことも、2024年業界に課せられたテーマではないかと思うのだが。
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