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日本産真珠の人気や需要が世界的に高まり、価格が高騰している。ファッション業界においても、かつてはフォーマルな印象が強かったパールは、今ではストリートからモードまで様々なスタイリングに合わせてカジュアルに身に付ける人が増加。2019年頃からは、海外のファッションデザイナーやセレブリティなどが取り入れ始めたのをきっかけに男性のパール着用ブームが広がり、国内外のブランドがメンズ向けのパールジュエリーを提案・発売し話題を呼ぶなど、世界的に男女問わず人気が高まっている。
そのような中、日本産の真珠は中国をはじめとしたアジア圏での評価や需要が非常に高く、香港で開催される国際展示会には中国本土のバイヤーが殺到。一方で日本の養殖産地では数年前からアコヤガイの大量死が発生して問題になっているという報道もあった。さまざまな要因がありそうだが、実際のところ、日本産真珠の価格高騰の背景には一体どんな理由があるのか。一般社団法人日本真珠振興会の専務理事で水産学博士の田坂行男氏に話を聞いた。
田坂氏によると、日本産真珠の販売価格は2023年頃から上昇。グレードやサイズなどによって程度は異なるものの、倍以上値上がりしているケースも多く見受けられるという。そこには主に4つの背景があると、田坂氏は分析する。
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日本産真珠、価格高騰の4つの背景
生産量の減少と不安定化
まず一つは、真珠生産量の減少と不安定化だ。愛媛県や三重県などの日本の主要な真珠養殖産地では、2019年の夏頃から、アコヤ真珠生産のための養殖に用いるアコヤガイの母貝と稚貝が大量死する現象が発生。2022年に、国の研究機関が新種のビルナウイルスが原因であることをようやく突き止めたものの、引き続き完全な解明や解決には至っておらず、養殖に用いる母貝の供給減少に伴い真珠生産量も減少しているという。さらに水産庁が2023年7月に発表した資料によれば、日本では1993年以降、真珠養殖業者数が継続して減少傾向にあり、2008年のリーマンショックの影響も経て、養殖業者数は2018年までの25年間で約7割減少。産業体制の脆弱化による供給の不安定化も懸念されている。
需給構造の変化
真珠の供給が減少・不安定化する一方で、海外でも品質が高く評価されている日本のアコヤ真珠は、国内外問わず購入を希望する消費者が増加しているという。「生産量が減少基調にあるアコヤ真珠を求める消費者の増加と、それを期待して買い付けを行う国内外の卸業者が積極的に購買活動を展開した結果、アコヤ真珠の需給環境は『需要増加・供給減少』となり、販売価格が上昇した」と田坂氏は説明。さらに、今後右肩上がりで価格が上昇することを見越して卸売会社が売り惜しみする傾向も散見されているといい、価格上昇の構造が強化されつつあるようだ。
国内入札会での価格高騰による流通価格の上昇
需要増加・供給減少の傾向が強まるにつれて、国内養殖産地での入札会においても、同様に価格が高騰。田坂氏は「入札価格の高騰によって、中小卸売会社が落札できない、できたとしても高値であるため販売価格を高くせざるを得ず、国内消費者の購買意欲が低下している。一方で、昨今の円安環境によってインバウンドは積極的な購買行動を見せているため、国内においても購買力が旺盛な訪日客相手の販売に期待するという流れが形成されている」と話す。
中国を中心とした需要層の形成
日本国内におけるインバウンド消費の増加にも見られるように、世界的に評価や需要が高まっている日本産のアコヤ真珠。その中で、特に高いニーズと購買行動が見られるのが、中国だという。「中国では、経済発展と所得向上を背景として、高価格で高品質なアコヤ真珠の購入を希望する消費者が増えている。世界最大の真珠取引拠点である香港での国際宝飾展などでは、中国人バイヤーが大量に買い求める傾向がある」と田坂氏。一方で、日本の真珠セクターでは中国国内での販売方法や動向、消費者ニーズなどについての把握がまだ十分に進んでいないことから、今後は中国市場の正確な状況把握が課題だとしている。
なお、真珠の養殖・加工も手掛けるジュエリーブランド「タサキ(TASAKI)」の担当者は、長崎県九十九島の自社養殖場は被害が少なかったため生産量は比較的安定しているとしながらも、「アコヤ真珠の流通量減少と世界的なパール人気が重なり、需要と供給のバランスから価格が高騰しているのは事実。コロナ禍明けから急激に増加した訪日客による高品質のアコヤ真珠の売上とともに、日本人によるジェンダーレスなパールブームも全体の売上を底上げしている」とコメント。以前は中国人が主だったという訪日客も「今年はヨーロッパやアメリカ、アジアなど、より多国籍客の来店が目立つようになったのが大きな特徴の一つだ」と、世界的な日本産真珠の人気や需要が、これまで以上に高まっていると強調した。
日本の真珠業界が目指す方向は?
「輸出拡大」に向けて取り組み強化
現状、日本国内では「供給減少と需要増加による価格高騰」という状況があるものの、農林水産省は日本の農林水産物・食品の輸出額増大を目指す施策の一環として、真珠の輸出拡大に向けた取り組みを強化している。水産庁が発表した資料によると、2015年以降、日本の真珠輸出額は毎年300億円台前半を維持していたが、コロナ禍で海外バイヤーの動きが制限されたことや、香港での国際宝飾展の開催がなくなったことなどから、2020年には輸出額が前年比約8割減の76億円まで大幅に減少。その後水際制限の解除とともに、2022年には237億5000万円まで回復した。水産庁の計画では、2030年に472億円まで輸出量を拡大することを目指している。
目標達成に向けた活動の一環として、2022年からは日本真珠振興会主催のもと、展示商談会「ジャパンパールフェア」を継続して開催。同イベントは、真珠に特化した、国内外のバイヤーに向けたオンライン取引も可能なBtoBの展示会で、2023年11月には第3回を実施した。田坂氏は「回を重ねるごとに来場バイヤー数、成約件数ともに増えており、第3回では来場バイヤー数が1000人を超えた。昨今の商談会がBtoCの傾向を強めつつある中で、品質を正確に把握し、取引リスクを最小に抑えた秩序ある真珠取引を実現したことが、国内外の真珠関係者の評価を得ていると確信している。2024年も6月と11月の開催を目指す」と手応えを語った。
今後の動向は「中国での需要推移とアコヤガイ生産の安定次第」
複数の要因が絡み合う状況の中で、今後真珠の価格はどのように推移していくのだろうか。田坂氏によれば、真珠の価格増減率や輸出量の見通しは、業界関係者でもわからないというのが実情だという。「今後の動向は、中国での需要の推移と、どこまでアコヤガイ母貝を安定生産できるかに大きくかかっている。現在乱れている需給バランスを改善するためには、遺伝系統解析を通じて病気や日本の海洋環境に強いアコヤガイの種を作出し、真珠養殖産地に安定供給することで、真珠養殖を盤石化させることが必要。それによって価格が正常に戻れば、再び国内の潜在的ニーズが顕在化されるとともに、海外マーケットの安定構築にも結びついていくだろう」と、真珠価格の正常化と国内外でのさらなる市場拡大に向けた道筋を示した。
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