日本を代表するスニーカーショップのキーマンが1年間を振り返る「スニーカートップセラーに聞く」。ミタスニーカーズ(mita sneakers)のクリエイティブディレクター国井栄之さんに続く第2弾は、アトモス(atmos)のディレクター小島奉文さん。小島さんが選ぶ2023年のベストスニーカー3足と、今年と来年のスニーカー市場について語ってもらいました。
目次
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小島奉文が選ぶ今年のベストスニーカーTOP3
ナイキ(Nike)/エア マックス プラス(Air Max Plus)
Image by: FASHIONSNAP
FASHIONSNAP(以下、F):1足目は、国内ではナイキとアトモスがエクスクルーシブで取り扱っている「ナイキ(Nike)」の「エア マックス プラス(Air Max Plus)」ですね。
小島奉文(以下、小島):今年が25周年だったこともあって好んで履いて、2023年だけで5〜6足は買いました。最近のニューモデルは、各社で似寄りなデザインが多いなと感じることがありますが、1990年代〜2000年代に発売されたスニーカーは特徴的で面白いデザインが多く、エア マックス プラスもそのひとつ。イギリスをはじめとするヨーロッパやオーストラリア、アメリカでは、発売当初からカルト的な人気でしたが、日本では他のエア マックスシリーズに比べると支持率、認知度が低く、ようやく日の目を浴びてきた感じですね。若い世代には新しく、僕ら世代が履き直しても面白い。長年にわたって啓蒙活動をしてきた身としては、社内で若い人が履いているのを見ると、つい嬉しくなっちゃいます(笑)。
F:デザイン性の高さと国内での入手の難しさから、“玄人モデル”に位置付けられていた印象ですが、2023年に入ってから着用率も知名度も急速に上がったように感じます。その理由は?
小島:ここ2〜3年で日本国内でも正規流通で多数のカラーリングを展開できるようになったり、Y2Kのトレンドもあり、海外のスニーカー事情をしっかり抑えている層にもぴったりハマったんでしょうね。数年前だったら、日本ではここまで注目されていなかったと思います。そして、おっしゃる通り今までは海外で買って帰るモデルだったんですけど、今は円安の影響で日本が世界で一番エアマックスプラスを安く買える国になっているので、観光客の方が購入している姿もよく見受けられます。
F:そうなんですね!エア マックス プラスといえば派手なグラデーションですが、どのようなカラーがよく動いていましたか?
小島:この美しいグラデーションこそが他のスニーカーにはない特徴でもあるので、派手なモデルほど好んで買われる方は多く、「ネプチューン ブルー」は人気が高かったですね。それと、オールブラックの通称「トリプル ブラック」が男女問わず幅広い層に受けています。エア マックス プラスに限らず、オールブラックのスニーカーはビジネス需要やモードなファッションスタイルの方からも人気が高まっていて。ビジネスに関して言えば、カジュアルな服装が許されている会社ではオールホワイトと共にアリになってきているので、非常に人気なんです。
アディダス(adidas)/サンバ(Samba)
Image by: FASHIONSNAP
F:2足目の「アディダス(adidas)」の「サンバ(Samba)」は、今年最も勢いのあったスニーカーのひとつでしたね。
小島:サンバは、アメリカのフットウェア専門メディア「フットウェア ニュース(Footwear News)」が選ぶ2023年版の“シュー オブ ザ イヤー”にも選ばれていました。
F:気付けば周りに“サンバ女子”がいるような状況になっていましたが、いつ頃から人気に火が付いたんでしょうか?
小島:元々がフットボールシューズなので、最初のきっかけは「FIFA ワールドカップ カタール 2022」のタイミングにリリースされたサンバ OGですね。これまでも何度かフィーチャーされてきたものの、今年のように大きな話題になることはありませんでしたが、ある時から急に「このスニーカーって『アトモス』でも売ってる?」って、知り合いの女性たちからサンバの写真が送られてくるようになったんですよ。そのどれもがサンバを着用したセレブリティーのスナップ写真で。どうやらアディダスが中長期的にセレブリティーに対してシーディングを行っていたようです。ただ、女性たちが欲しがったタイミングにはウィメンズサイズの在庫が全然無かったことで、需要に拍車がかかったように感じました。また、別の話ではニューヨークなどの都市部を中心としたスケーターやショップスタッフのコミュニティでは、2〜3年前からサンバが流行って定番シューズとなり、そこから徐々に広がっていったという説もあります。
スニーカーのリストック戦略は、機会ロスをしてでも希少性を保つか、機会ロスを逃さず需要に応えるか、大きく意見が分かれるんですが、サンバに関してはアディダスがクイックにリストック対応をしていました。結果論ですが、今のスニーカートレンドは3ヶ月や半年で変わってしまうので、この柔軟でスピード感ある動きがお客さんのニーズにピンポイントでハマって大きなヒットを作ったと感じています。また、サンバのような通称テラスシリーズと呼ばれるロープロファイル(薄底)なモデルは他社に無いので、このカテゴリーはアディダスの独壇場となり、派生して「ガゼル(Gazelle)」「ハンドボール スペツィアル (handball spezial)」も売れています。ブランドサイドが行った巨額のマーケティングキャンペーンからのトレンドではなく、ローカルのコミュニティや一般消費者が引き起こした自然発生的なムーブメントなので、一過性ではなくしっかりと根付いて定番になっていく可能性は非常に高いです。何より女性も巻き込んだ世界的な流行なので、近年では一番大きなヒットケースだと思います。
F:日本よりも先に、韓国でトレンド化していたそうですね。
小島:これまでスニーカーのトレンドは、どうしてもアメリカの影響が強かったんですけど、最近はヨーロッパがリードしていて、パリや韓国を経由して日本に来る、というのが大まかな流れになっています。少し前までは、パリから日本にダイレクトにトレンドが来ていたんですが、サンバや次に話す「アシックス(asics)」の「ゲルカヤノ 14(GEL-KAYANO 14)」の売れ方を見ると、日本が韓国の動向を追っている形で少し寂しいですし、もっと頑張らないといけないですね。
F:サンバはエア マックス プラスと異なり、街中で見かける時は大抵ベーシックなカラーでした。
小島:サンバだからといって全てのカラーが売れているということはなく、もちろんカラーや素材次第で売れ行きは異なります。スニーカー全体の定価が上がっている問題もあって、派手なカラーに冒険するよりも、どんな洋服にも合わせやすいグレー系や、ブラックとホワイトのOGカラーを選んでいるんでしょうね。
アシックス(asics)/ゲルカヤノ 14(GEL-KAYANO 14)
Image by: FASHIONSNAP
F:3足目は、本企画では初登場となるアシックスのゲルカヤノ 14です。
小島:ゲルカヤノ 14もまた、サンバ同様に想像以上に売れました。アシックスをこれまで1足も持っていなかった新規のお客様も多く、初アシックスがゲルカヤノという次世代の子も目立ちます。なぜ急に注目されるようになったかというと、ヨーロッパからのトレンドはもちろんのこと、スニーカーヘッズは「ジョウンド(JJJJound)」とのコラボモデルをきっかけに知ったパターンが多いんです。当時、ゲルカヤノ 14をファッションアイテムとして持っている人はほとんどおらず、インラインも市場には全く数が無かったので需要過多となり、その後、インラインモデルや「キス(Kith)」とのコラボモデル、アトモス別注カラーがタイミングよくリリースされ、今に至る感じです。
F:先ほど、韓国でも人気とのことでしたが、海外と日本ではかなりの温度差があるように思います。
小島:日本人と外国人の間では、アシックスに対するイメージが全然違うんですよ。海外では、“日本のオーセンティックなスポーツブランド”という印象が強いですから。でも逆に考えると、日本ではまだまだ伸び代があるってことです。
F:最近はゲルカヤノ 14だけではなく、アシックス全体の着用率が上がっていますよね。
小島:バッシュが流行った反動は必ず来るんですが、その受け皿となったのがアシックスと「サロモン(Salomon)」だと思います。ファッションでいうと、「アークテリクス(ARC'TERYX)」のジャケットとカーゴパンツに、アシックスかサロモンのハイテクスニーカーを合わせるようなテック系のスタイルが、今のスタンダードですよね。それと「バレンシアガ(Balenciaga)」の人気スニーカーの元ネタがアシックスなんじゃないかと噂が出たり、今になってようやくキコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)とのクリエイションが評価され始めましたよね。
F:2017年の協業スタート時は、まだまだ知名度が低く、周りの感度の高い人たちだけが反応していたイメージです。
小島:僕も、カルチャー寄りの人たちが食い付いていたのを覚えていて、アシックスも大量に売るつもりはなく、欲しい人には行き渡るだけの量を売る“種植えの期間”が数年あり、2023年にトレンドと合致しましたね。キコとの協業を発表した当時は「え、キコって誰?今はヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)だよ」って感じでしたから、良い意味で早すぎたんだと思います。
2023年のスニーカーシーンを振り返って
F:2023年のスニーカーシーンを振り返るといかがでしたか?
小島:一言で言い表すなら「激動」。1~2年前の下駄箱には、必ず「エア ジョーダン 1(Air Jordan 1)」や「ダンク(Dunk)」「エア フォース 1(Air Force 1)」がありましたが、正直なところ、今は下駄箱のバスケットボールシューズの割合はかなり減っています。というのも、去年まではバッシュイヤーでしたが、2023年は完全にマーケットがゲームチェンジしてランニングシューズが主流になりましたよね。流行の反動と同時に、ファッションのY2Kのトレンドにも左右されたことが背景にあって、今はテック系のアイテムが好まれているから相性が良いんですよ。これまでスニーカーをメインで買う人と洋服をメインで買う人は、それぞれ棲み分けしていたんですけど、最近は以前ほどの垣根が無くなっている気がして、そこの影響もあるかと。
まぁ、それでもナイキの絶対的地位は揺るがないんですが。例えばエア マックスを買っていた人が初めて、アシックスやサロモン、ホカなどを選ぶようになったりと、シェアが各ブランドに分散されたイメージですね。これは、みんなが自分の目で見たり、聞いたり、調べたりして、視野が広くなり、選択肢の幅に気付けたという、ある意味健全な流れによるものです。僕自身も昔はナイキ信者でしたが、今ではいろいろなブランドのスニーカーをフラットに履くようになりました。……そういえば、ここまでニューバランスの話をしていませんでしたね(笑)。
F:そうですね......!大きなトピックでは、「990v6」の一般販売が始まりました。
小島:もし今回の企画が、“2023年で最も履き心地の良かったスニーカー”だったら990v6を選んでいました。一般的に、コラボのベースでは990v3が人気なんですけど、履き心地となると990v6。あと、サロモンの「XT-6」は僕の足に合うので長時間履いても調子が良かったです。
F:話を戻させていただくと、世間ではスニーカーブームの下火が叫ばれていましたが、その点に関しては?
小島:1年前はアシックスも、2年前にはサンバも、ここまで売れていなかったですよね。トレンドとして浮き沈みがあるのは当然で、何かが下がったら必ず何かが上がってくるもの。 結局、目利きができていれば拾えるんです。アトモスの強みは、感度の高さと先読み力なので、スニーカー屋が減っている分、今はむしろチャンスだと思っています。
そして、今のトレンドもいつかは落ち込むので見極めが肝心ですね。ただ、そうなると結局残るのはナイキとアディダスなんですよ。なぜなら、カテゴリーが豊富だから。ランニングシューズだとアシックスもニューバランスも戦えますが、例えば再びバッシュが流行った場合、ナイキとアディダスには敵いませんので。
F:となると、「オン(On)」や「ホカ オネオネ(HOKA ONE ONE)」などのランニングブランドが、カテゴリーの幅を広げるためバスケ選手をサポートしてバッシュを生産するような流れが来るかもしれないですね。
小島:全然あると思います。実際、オンはロジャー・フェデラー(Roger Federer)が参画してテニスシューズも作っていますし、テニスの大会で着用選手も見かけるようになりました。あと、可能性があるのは、東南アジアからの観光客も非常に増えているので、サンダルビジネスですね。熱帯地域でもブーツやハイカットスニーカーを履く人はもちろんいますけど、やっぱりサンダルが一番快適で便利ですし、近年ではデザイン性が高く履き心地、クッション性のある軽量のサンダルも増えてきています。アトモスでは、クロックスの売り上げもかなり伸びています。
F:スニーカーブームの下火と共に、二次流通市場の落ち着きも大きな話題となっていました。
小島:シンプルに、円安や原材料費の高騰などの問題から来ているスニーカーの定価の値上げによるものですね。数年前は海外の定価が100ドルで1万1000〜2000円だったのが、今じゃ100ドルが1万4000〜5000円になり、同じ商品でも上代が3〜4000円上がっています。一気に数千円単位で値上がりしたので、参入障壁がグッと上がり、買い控えする人も増えたと思います。それに、アシックスとキコ、ニューバランスとテディ・サンティス(Teddy Santis)、クロックス(Crocs)とサレヘ・ベンバリー(Salehe Bembury)といった具合に、各ブランドの他と被らないパートナーとの取り組みは面白く、スモールヒットは数多くありましたが、Ye(カニエ・ウェスト)が手掛けるYEEZYの終了やヴァージル・アブローが亡くなって以降は、トラヴィス・スコットとナイキのコラボのようなメガヒットスニーカーは出てきていないですね。
今後のアトモスおよびスニーカーシーンの展望
F:アトモスは、10月に北米事業撤退を発表した一方で、アジア地域への出店を加速させていますが、この狙いは?
小島:キスや「スニーカーズエンスタッフ(Sneakersnstuff)」などの海外の有名店が日本に店舗をオープンした理由は恐らく、今後のアジア市場への拡大の足掛かりの一歩だと思っています。でも、僕らは東京が拠点だからアジア地域にはすぐに動ける。僕らが北米の店を全て閉めたのも、アトモスはアジアでフットロッカーはアメリカ、というシンプルな構造にしただけで、2024年1月末にはフィリピン1号店をマニラにオープンしたりと、今後はアジア出店に力を入れていきます。すでにインドネシアには5店舗を構えているんですが、それは世界で4番目に人口が多い国という背景があって、実際に売り上げはいいです。人口世界一のインドに関しては、アメリカのスニーカー屋も出店しているので悩んでいたら、「ユニクロ(UNIQLO)」はもう10店舗以上オープンしていて、流石だなと思いましたね。逆に、中国は出遅れたので今は予定していないです。
また、アジア地域への出店はグローバルブランディングの一環でもあります。アトモスはタックスフリー加盟店なので、どこの国の人がどれだけ買っているか全て分かるんですが、インバウンドのトップ10の大半がアジア地域で、これは認知度が高いことに起因しています。日本人が海外でも「スターバックス(Starbucks)」に入ってしまうように、異国の地で自分が全く知らないお店に入るより、自分の知っているお店の方にフラッと入ってしまう、あの感覚です。しかも、円安とタックスフリーで安い上に100%本物ですからね。
F:創設者である本明秀文さんの退社も大きな節目だったかと思います。
小島:僕はアトモスができた2000年からいる勤続23年目なんですけど、本明さんがいた時は「資料を作っている暇があったら、外で人と話してこい」と言われてきた22年間だったので、今は資料作りの大切さやプレゼンの段取りなども改めて勉強しながら1年生の気持ちで謙虚に仕事をしています(笑)。もちろん、本明さんとは今でも連絡は取り合っていますし、先日本明さんのYouTubeにも出演したので、ぜひそちらも見てください。
F:最後に、アトモスとしての2024年の目標を教えてください。
小島:引き続きアジア制覇は大きな目標ですね。また、世界的に成功してるウィメンズのスニーカー屋がまだ無いので、世界初の事例となるよう「アトモス ピンク」を頑張っています。本明さんの言葉を借りると、惰性で仕事をせず、毎日一生懸命同じことをやりながら、毎日新しい可能性を探る。もうこれだけですね。そして、2025年は設立25周年の大きな節目なので、いろいろと大きく仕掛ける予定です。また全国の店舗を改装して、よりプレミアムな空間やサービスを皆様に提供していきますので、楽しみにしていてください。
■atmos
atmosphere(大気)のようにそこにあって当然のようなショップでありたいという思いを込めて、2000年に東京・原宿にヘッドショップをオープン。ファッションとしてのスニーカーをテーマに、店内にはスニーカーウォールを設置し、ナショナルブランドとのコラボレーションやエクスクルーシブモデルをはじめ、最新プロダクトのテストローンチやマーケティングなど、東京のスニーカーカルチャーを世界に向けて発信している。2018年から新業態として女性のためのコンセプトショップ「アトモス ピンク(atmos pink)」を展開している。
■小島奉文(こじまひろふみ)
1981年生まれ 。文化服装学院を卒業後、2000年よりスニーカー業界へ。バイイングや歴代の数々の別注企画を手掛け、現職はfoot locker atmos japanメンズシニアディレクター。スニーカーのモノ・コト・ヒトに精通する自他ともに認めるキックスフリーク。
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■【スニーカートップセラーに聞く-2022-】
・mita sneakers 国井栄之
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■【スニーカートップセラーに聞く-2021-】
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■【スニーカートップセラーに聞く-2020-】
・atmos 小島奉文
・mita sneakers 国井栄之
■【スニーカートップセラーに聞く-2019-】
前編:atmos 小島奉文とmita sneakers 国井栄之が選ぶ今年のベストスニーカー5選
後編:atmos 小島奉文とmita sneakers 国井栄之が語る2020年のスニーカー市場
■【スニーカートップセラーに聞く-2018- 】今年のベスト&最多着用は?これからのシューズ事情も
・mita sneakers 国井栄之
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