高度成長期に創業し、順調に業績を伸ばしたものの、バブル崩壊やリーマンショックの煽りを受けて、業績低迷にあえぐアパレル企業は少なくない。倒産するまでではないものの、負債を抱えブランド開発や新規出店に二の足を踏むところもある。アパレルに限ったことではないが、地方の中小企業では暖簾や技術はあるが、後継者がいないことから事業の存続が難しく、融資先でなければ金融機関が手を差し伸べることもない。こうしてブランドや匠の技、その元で生まれてきた商品が消え失せてしまうことがある。
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敢えて店名は挙げないが、東北地方にある羊羹一筋の老舗が6月、186年の歴史に幕を下ろした。江戸・天保年間に京都の和菓子職人から製法を教わり、創業時から小豆のあんと砂糖、天然の寒天のみを材料にして看板商品の羊羹のみを作ってきた。2014年に店主の長兄が亡くなり閉店も考えたが、地元民から存続を望む声を受け、製法を受け継いだ弟兄弟が店を再開させて切り盛りしていた。
ところが、2022年8月から製造機械が故障しがちで、12月には工場長の末弟が病気で亡くなった。さらに後継者もいないことから、店主は従業員らと話し合い店を閉じることにした。閉店を知った県内外の顧客からはひっきりなしに問い合わせの電話があったというが、歴史ある羊羹を愛してもらえて本当にありがたいと、店主は答えるのが精一杯だった。このような老舗の廃業は全国各地にあり、最近では地方百貨店の閉店も相次いでいる。
これも歴史の流れだと言ってしまえばそれまでだが、羊羹の老舗のように後継者不足なら仕方ない。ただ、地方自治体が叫ぶ地域経済の活性化、地元の国立大学が宣うアントレプレナーの育成、学生による起業がお題目になっていないか。地元の金融機関もリテール業務、地域貢献を旗印に掲げる割に負債がない企業には手を貸さないし、老舗のビジネスモデルを活性化し存続させる支援や経営陣の派遣には二の足を踏む。こうして地域の産業が衰退し、マーケットが縮小していくのだ。
一方、信用金庫が中小企業の事業承継に取り組むCMがオンエアされている。地域の中小企業は信用金庫の融資先だから、収益を上げて何とか事業を存続してほしい。金融機関は利ざやで食っているので、貸した金の利息を確実に払ってくれるところとは、末長く付き合って行きたい。逆にオーナーが金融機関から融資を受けず、無借金経営を貫く企業は事業承継ができなければ、廃業を選択せざるを得ないことになる。皮肉なことだが、これもビジネスの常道なのだ。
そんな事例に何とか立ち向かうケースが筆者が住む福岡にあった。これが企業の立て直しにつながればと思い取り上げてみたい。福岡でレディスカジュアルをメーンで扱う「立花屋」は、1946年創業のファッション専門チェーン。現在は郊外SCを中心に「ペイトブルームガーデン」などの業態26店舗を展開する。筆者も仕事で何度かお世話になったが、90年代後半から2000年代前半には、なるべく在庫を抱えずにクイックで回転させる商品政策に転換しようと試行錯誤を続けていた。
ところが、2008年のリーマンショックで業績が悪化し、立花屋は負債が膨らんだ。それでも政策転換などが功を奏し、黒字体質に変えることはできたが、債務を完済するまでにはいかなかった。また、同社ではベテラン社員が退社していったことで、経営を引き継ぐ後継者候補に窮し、第三者への事業売却も債務がネックとなって進まなかった。
そんな立花屋の救世主となったのが地場金融機関ふくおかファイナンシャルグループ(FG)傘下の投資専門子会社、「FFG成長投資」だ。同社は2021年に改正された銀行法(地域の事業会社に100%出資することが可能=企業を買収して経営に関与し事業計画の立案・実行に着手)を活用し、負債を抱えた中小企業を買収して経営の立て直しに取り組み始めた。立花屋はその投資案件の第4号になる。
おそらく、ふくおかFGの母体である「福岡銀行」は、地場企業の立花屋にはずっと融資をしていたと思われる。そのため、同社の業績が悪化し負債を抱えたことで、何とかその解消に向けグループ会社のFFG成長投資を通じて経営再建に乗り出したわけだ。ただ、その再生スキームはユニークだ。
事業経営に携わるモノ言う金融機関
まず、立花屋を主な債務を引き継ぐ「旧・立花屋」と、事業を運営していく「新・立花屋」に分割し、FFG成長投資が新・立花屋の株式を買い取るというもの。新・立花屋は改正銀行法による「事業再生会社」(銀行が投資専門子会社を経由して議決権を保有することができる会社、代表者の死亡、高齢化その他の理由からその事業の承継のために支援の必要が生じた会社)という位置付けになる。
FFG成長投資はアパレル事業のノウハウを持つコンサルティング会社と一体で、新・立花屋の全株式を保有する。社長には旧立花屋の幹部を抜擢したものの、取締役の過半数をFFG成長投資とコンサルティング会社から送り込んだ。つまり、新・立花屋の経営陣が旧・立花屋の債務を気にすることなく、新規出店など事業拡大を積極的に進められるような企業環境にしたのだ。
併せて株主企業が新・立花屋のガバナンスに目を光らせることで、安定した経営を進めながら負債の解消に取り組めるようにした。金融機関が単に役員を送り込むのではなく、全株式を保有することで取締役会での議決権を行使できることで経営に直接携わることはないが、取締役会を通じてコントロールできる画期的な取り組みと言える。
この7月には、とあるショッピングセンターに新規出店し、コンサルティング企業から得たノウハウを生かして新店舗の運営に踏み出した。負債解消につなげるにはさらなる収益のアップがカギになることから、積極的な出店政策も検討していくという。FFG成長投資は立花屋以外にも、洋菓子店の「C&G’s Atelier」、鉄道関連映像商品の「ビコム」、ホテル賃貸の「ニュー長崎ビルディング」を買収していて、今後も数社に投資する計画という。
ふくおかFGが子会社を通じて積極的に企業経営に乗り出せるのは、2023年3月期の経常利益が地方銀行第1位という収益規模を誇るからだ。傘下には福岡銀行、熊本銀行、十八親和銀行などを擁し、2021年にはネット専業のみんなの銀行も開業し、フィンテックでも先行する。 今秋には福岡中央銀行が傘下入りする予定で、事業規模の拡大が続く見込みだ。
2023年3月期は国際部門を中心とした資金運用収益の増加などにより、経常収益は前々期比18.1%増の3313億円に伸長するなど、グループ発足以来の最高額を更新した。潤沢な資金を持つからこそ、子会社を通じてそれを域内の企業に積極投資して経営に関与し、企業の再生、事業継続を目論むことが可能なのだ。
もちろん、地域の金融機関が企業経営に関与できるのは、出資規制の緩和で事業再生会社への議決権100%の出資が可能となったことがある。ただ、資本と経営の分離という考えに立てば、会社の所有者である株主と経営者は分けなければならない。金融庁も「事業計画を策定する者は、銀行以外の第三者とする」「士業(弁護士等)の資格を持つ銀行員は含まず、地域経済の活性化のために地元企業に関わっている者あるいは地域の経済状況や地元企業等を理解している者などが望ましいと考える」と、留意点を示している。
アパレル企業の再生では、ヨウジヤマモトの事例がある。同社が2009年に経営破綻したのは拡大路線に踏み出し、過剰とも言える投資を続けたこと。それにリーマンショックによる信用収縮が重なった。実質の経営陣が財務が切迫していることをオーナーである山本耀司氏にすら告げておらず、耀司氏は会見で「裸の王様状態」だったと語っている。
幸いなことに投資ファンドのインテグラルが100%出資して事業を引き継ぐ形で、見事に再生することができた。同社が乗り出して以降、「Ground Y」「S’TTE 」「WILDSIDE YOHJI YAMAMOTO」といった新ブランドが登場し、今年は「Y’s for men」も復活。1月にはパリの「YOHJI YAMAMOTO」をリニューアルし、3月にはロンドンの店舗を移転。8月には台湾にYOHJI YAMAMOTOを2月の「GROUND Y」に続いてオープン。ニューヨークにも9月に新店が開業する。
財務基盤が強化されて、海外でのコレクションはもちろん、国内外の店舗などにも積極投資できる。その効果はブランド力を向上させて販売環境が格段に整う。国内外の市場で稼いで、それを再び海外のコレクションや展示会に投資できるという好循環を生むのだ。
アパレル業界の人間にとっては、「銀行員に服の何がわかるのか」との思いが強いだろうし、金融マンからすれば「アパレルの人間は数字に弱すぎる。だから借金を抱え込む」との反論もあると思う。改正銀行法はその辺を鑑みて、経営陣のバランスをうまく取るように促している。こうした変化をポジティブな動きと捉えたい。
地域の金融機関も生き残りに必死だが、域内経済の低迷で地場企業への融資がなかなか進まないところもあるようだ。ただ、ブランドや匠の技、優れた商品はあるものの、負債があって事業承継が進まず、老舗や歴史ある地場企業が廃業していくのか。金融機関の手で見事に再生、事業継承を成し遂げるのか。
地域経済を活性化するのは、何もアプリ開発など先端技術ばかりではない。既存の産業にアイデアを加えて新しいモデルに仕立て直す。それも立派な活性化になる。そこでは眠った資金を活用しインキュベートを図る。潤沢な資金力と目利きを持つ地方の金融機関がテリトリーを超えて地場の企業を再生していく。そんな時代になるのは間違いないようだ。
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