スタイリストやディレクター、写真、映像制作、小説…様々なジャンルで活躍する梶雄太。スタイリングはもちろんのこと、スタイリストならではの視点で紡がれる言葉(文章)に魅了されるファンも多い。今回は、自身がディレクションを手掛けるブランド「サンセ サンセ(SANSE SANSE)」のアイテムを使って、奇想天外?なショートストーリーを制作。一体どんな舞台で物語が繰り広げられていくのか。
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「乾杯!!」
普段ならスケジュールのなかなか合わない人気者だらけの合コンが始まった。コロナ前であれば青山、原宿界隈で頻繁に行われていた合コンも、一時期は出会い系のアプリにそのポジションを奪われつつあり、そして以前であればよく聞いたであろう”山手線ゲーム”や”王様ゲーム”などといったフレーズもしばらくは聞くことができなかった。しかしこの5月、マスク不要になってからはまた以前のように街自体も活気が戻りつつあるなか、アパレル業界も活気を取り戻そうと言わんばかりのラインナップが集まることとなり夜の宴はスタートしたのである。
それぞれが初対面だということで少しの談笑が終わると、だれかれともなく自己紹介をする流れになりつつあった。もちろんそんなことしなくてもやっていけるし、なんなら参加者それぞれの見た目にも特性がはっきり出ていたのだが、久々の合コンということもあり、少しの緊張感が欲しかったのだろう、シャツの”again”がビールを一気飲みした後に口火をきって自己紹介タイムがスタートしたのだ。
「白シャツの”again”です。よく見た目は普通っぽいとか、爽やかとか言われます。恋人がしばらくいないので今日は自分に似合う相手を見つけたいと思って参加しました」
流石に白シャツだけあって満面の笑顔での自己紹介だったが、よく見るとエリの部分に同色でわかりづらいダメージ、破れがほどこされていた。恋人がいないというのもなんとなくわからないでもないと皆の中で少し警戒レベルを上げた。席順通りに進むようだったので、隣の派手目なTシャツが立ちあがった。
「ボーダーTシャツの”POULINE4”です。名前の由来は何かとよく聞かれますが、もともとはフランス映画の主人公から名前をとったとのことです。ただでさえ夏の定番と言われがちな家柄もあいまって私の前にPOULINE1、2、3とあったらしいです。見た目は派手ですが、コットン100%の天然ぽいところも見て欲しいです」
自分で言っておきながらハズかしかったのか赤らいだ表情をみせながら照れている本人が名前の通りかわいらしかった。さすが華やかなアパレル業界の精鋭だけあり場慣れした感がそれぞれの喋りからもよく伝わった。次は今日の参加メンバーの花形である花柄半袖シャツの「ha-chan」が立ち上がった。
「はじめまして花柄シャツの”ha-chan”です。本当は”はな” って名前なんですけどね。サザンの原坊に似てるって言われたのがきっかけです。もしみんなと仲良くなれたら2次会のカラオケでは一緒に、”花咲く旅路”を歌いたいなと思います」
はにかみながら清々する言葉に、合コンの場が少し和らいだ。「ブラボー!!」と、その日本の情緒すら感じさせるha-chanの挨拶に歓声と拍手を送ったのは机の向かいに座ったベースボールシャツの”kassai”だった。まさに喝采。名前は体を表すというのは本当だ。
モノトーンの無地という少し大人びたベースボールシャツの”kassai”が喋る。「はじめまして。僕の名前の由来は2つあるようです。一つは巨人軍のサードで4番、長嶋選手の引退会見を見た自分の祖父がそれにえらく感動し、そのまま勢いでつけたという説になります。もう一つは自分の祖母が大好きだったちあきなおみのあの名曲からとったという説です。いずれにせよかなり昭和の話になるので、はっきりはしないのですが、自分のベースボールシャツの型も昭和のクラシックスタイルになるので、義理と人情だけは人並み以上にあるつもりです」
最後も昭和らしいオールドスクールな会話の締め方で笑いを誘った。さすがミスターベースボール、並びに日本歌謡史上最高傑作をルーツに持つ奴だ。
いよいよ合コンらしくなってきた。次は少しだけツンとしたシックでクールな”ANA-AKI”が上品な低めの美しい声で、淡々と話しだした。「私のルーツは旅客機の客室乗務員なのよね。一昔前までは結構派手な毎日を送ってたって聞くわ。それこそプロ野球と色々あったりなんて日常茶飯事。今をときめく芸能人から連絡先をメモ書きされた紙を渡されたなんてこともよくあったと。私はそういうことに興味がないの。ただただ自由にいたいだけ。形式とか伝統とかってただただ面倒でしかないじゃない。今日はよろしくね!」
とよく見るとおへその部分が大胆に穴が空いていた。興味を持たない方が不思議なくらい静と動のコントラストが一体になったミステリアスさが皆の心を揺さぶるANA空き。なんてアナーキーな………。最後まで座りながらもじもじしていたのはベージュのパンツだ。一瞬チノパンかとも見間違えた方もいるようだが、どうやらそれとは全然違っていた。
「こんばんは。”jino-pan”です。みなさんの前で言うのははずかしいので、あまり言いたくなかったんだけど痔持ちです。なんか今日も嫌な予感がするなって思ったら案の定血が出てるっぽいです、、、。だから布自体を加工してダメージ多くして少しボロボロにしてそういうのバレないようにしてます。今日は自分のためにも正々堂々と合コンに参加したいので正直に言いました。でも本当は正統派なチノパンにもなってみたいです!」
と明るめに自虐ネタで自己紹介を終わらせた。いよいよここから合コンが本番に突入しようとしている。
「いつまで付き合っていた人いたの?」
「どういうのがタイプ?」
「なかなか前までの恋愛をひきずってて〜」
「この中だったら誰が気になる?」
「今日は友達の家に泊まるって親に言ってきたんだ」
いい感じでそれぞれの欲求のおもむくまま会話が行き交いだしたその時、急に電気が消えた。
『お触りターイム♡』
なんだかよくわからないかけ声がかかるとそれぞれが、まさぐるように自由に触っていい時間のようだった。こういう時はつべこべ言わないで大いに楽しんだもの勝ちだ。それくらいの度量がないとこのハードなアパレル業界を生き抜けないのだ。
それぞれがお触りという行為に夢中になる。綿、麻、ナイロン、ポリエステル、ポプリン、ダック、シャンブレー、レーヨン。そんななかでも結局のところそれぞれが生地を感じているのだった。みななんて真面目な人だろう。
「やっぱり洋服っていいな」
誰もがそう思う夜になったことだけは間違いないだろう。
Text:Yuta Kaji
Photographer:Hiroyuki Ozawa(FASHIONSNAP)
Location:澤田(住所:東京都新宿区歌舞伎町2-46-7 第三平沢ビル7階、TEL:03-6205-6099)
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