COLLAGE: CATHRYN VIRGINIA | PHOTOS: VIA GETTY IMAGES
長い一日を終え、やわらかく温かい体毛に包まれた胸に寄り添う瞬間は、人生のささやかな喜びのひとつだろう。しかし最近では、胸毛を誇示することはPETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)のデモでファーコートを着るよりも珍しくなったようだ。その原因として、多くのひとびとが『Love Island』や『The Only Way is Essex』などのリアリティ番組を挙げているが、それらの番組は本当に脱毛のきっかけになっているのだろうか? あるいはそれらは現代に生きる私たちの〈リアリティ〉を映し出しているだけなのだろうか。
ADVERTISING
まず、男性の体毛が減りつつあることは、研究によって本当に裏付けられている。ミンテルによる2018年の調査によると、男性の46%が身体の脱毛をしており、2016年の36%から増加している。特に胸毛への愛が失われていることも明らかだ。YouGov Body Imageによる2021年の調査では、男性は「ある程度毛の生えた胸」が似合う、と考える英国人は3分の1にとどまり、男性は「かなり毛の生えた胸」がいちばん似合う、と考えるのはわずか4%という結果になった。背中の毛はさらに嫌われており、62%のひとが全く魅力的ではないものとみなしている。信じられない!
しかし、現代人だけが体毛を気にしているわけではない。洞窟で暮らしていた先史時代のひとびとも、削った石や貝殻を使って体毛を剃っていた。虫のすみかになるのを防ぐためだ。初めてそういった実用的な理由ではなく体毛を剃ったのは古代エジプト人とされる。また古代ギリシャ人は、胸毛などの体毛を醜いものとみなしていた。ダヴィデ像など有名な彫刻の複製が展示されているロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館の作品を見れば、古代ギリシャの理想美において、胸毛は除去されていることがひと目でわかる。
もさもさの体毛が復活したのは1970〜90年代のことだ。体毛は、男性ホルモンの分泌が導くセクシーさの誇り高き象徴だった。しかし1994年に〈メトロセクシュアル〉という言葉が登場し、男性が身だしなみにより関心をもつようになったことが、体毛が終焉へと向かう転機であったといえるだろう。ファッションのトレンドは移り変わるのが世の常であるが、もさもさの胸毛は永久に追放されるのだろうか。それとも生やすことが流行するようになるだろうか。
「2016年、600ポンド(当時のレートで約8万8200円)かけて胸とおなかのレーザー脱毛をしました。クソ痛かった」と語るのは40歳のジェイミー(仮名)だ。「姉妹に教えてもらったサロンで脱毛しました。男友達と話せるような内容じゃなかったから。誰にも言わないでおきたかった」
なぜ脱毛をしたのか。俳優のジェイミーは、業界の美の基準に従わなければならないというプレッシャーを感じていたのだ。「みんなに『胸毛なんてない』と思われていたけど、シャツを脱ぐといつも『えっ、そういう感じなんだ! すごい濃いね!』という反応でした。仕事だけじゃなく私生活でも」と彼は語る。「仕事中に俳優仲間に『そんなの無くせよ』と言われたこともあります。周りの要求に考えが侵食されるようになったんです」
Pulse Light Clinicのシニアプラクティショナー、マリアンナ・ヴラチョスは、SNSの興隆とともに、より男性がイメージを気にするようになった、と考えている。「女性と同じくらいイメージに敏感な男性も多いです」と彼女は語る。「男性の身だしなみ意識は、現代のカルチャーに定着しています。多数の男性が、脱毛は自分の見た目やイメージを保つためのひとつの手段と考えているんです」。彼女のクリニックには週に80〜100人の男性が訪れており、レーザー脱毛を希望する男性が著しく増えたと彼女は述べる。
ジェイミーも、SNSとリアリティ番組が近年の男性のボディイメージに影響を与えていると考えている。「SNSに投稿されるのは、必ずしもリアルな生活を反映したものではありません。私もSNSに投稿されている〈美しさ〉にあてはまらないと、というプレッシャーを感じていました」と彼は語る。「最初は完全にツルツルにしたかったんです。でも少し生えてきて、それでよかったと思ってます。だんだん自分の体毛も好きになってきたけど、少ないほうが自信をもてるのは確かです」
さらにパートナーの好みの話もある。HB Therapyの代表でビューティシャン歴17年のイェリズ・デルビは、パートナーの希望で来店する男性顧客もいると語る。「ただ、いちばん多い理由は旅行です。基本的には背中、胸、ときには脚までワックス脱毛を希望する男性もいます。今では私の顧客の35%が男性。この仕事を始めた頃とは大きな違いです」
しかし、女性は本当にツルツルの胸が好きなのか? ジェイミーは、彼のパートナーは毛が生えているほうが触っていて楽しいようだと語る。YouGov Body Imageの研究では、実は胸毛を嫌っているのは男性自身だということがわかっている。男性はかなり/ある程度毛の生えた胸のほうが似合う、と答えた男性は31%。一方、女性は40%だ。
29歳のエンジニア、トム(仮名)は、10年以上胸毛を自分で剃っているが、胸毛を処理しているのは自分自身のためだ、と断言する。「胸毛が伸びっぱなしになっていると汚らしいなと思うけど、それは髪がボサボサだったり、ヒゲの形が崩れているときの感覚と同じです」と彼は説明する。「たまに長く伸ばしてシャツのボタンを開けることもあって、そのときは胸毛を自慢しているのかと言われます。みんなが注目するなんてちょっと嫌だなと思うけど、別にプレッシャーを感じることはありません」
トムは、男性の身だしなみ意識が受容されるようになったのには『Love Island』のような番組が影響していると感じている。「私自身、〈Love Island文化〉的なものからは遠く離れているけど、男性が自分の身体の手入れをすることをああいう番組が普通のことにしてくれたことはよかったと思います」とトム。「ジェンダーにかかわらず、自分の身体の見た目や、身体に対する気持ちを整えることは大事だと思うので」
『Love Island』や異性愛規範以外にも、体毛への意識の変化の長い歴史があるのがゲイコミュニティだ。胸毛は男らしさや男性ホルモンのシンボルになりうるが、エイズ危機後、多くの男性がボディビルディングを通して肉体改造を行なった。その際、筋肉をより美しく見せるために体毛を処理したのだ。80年代後半には、Bear(ベア)、Twink(トゥインク)というサブカルチャーが誕生した。ベアとは、ふさふさの体毛に大きな身体を指し、トゥインクは体毛の薄さや若さを特徴とする。
「私はトゥインクといえるでしょうが、だからといって体毛の処理をすべき、というプレッシャーは感じません」と語るのは、チェコに住む28歳のデヴィッド(仮名)。彼は15歳のときに腕毛、21歳のときに胸毛の毛抜きによる処理を始めた。「ただ個人的に見た目や感覚が好きなだけです。好きなポッドキャストを流しながら、お風呂場で25分かけて、幸せな気分が長く続くことをしているだけ」
古代ギリシャの美学を好もうが好むまいが、脱毛傾向はしばらく続きそうだ。もちろん脇毛ブームがいつかカムバックする可能性もなくはないが、レーザー脱毛の使用が一般的になっているので、体毛をきれいにもさもさと生やせるひとは少なくなっていくのかもしれない。ヴィクトリア&アルバート博物館の彫像になれるかどうかは、この先の歴史次第だ。
@elizabethmccaff
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【VICE Japan】の過去記事
RANKING TOP 10
アクセスランキング
銀行やメディアとのもたれ合いが元凶? 鹿児島「山形屋」再生計画が苦境