アパレル・ファッション業界は目新しさを使い捨てるという風習がある。
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逐一記録しているわけではないから、近年の事例だといくつかしか思い浮かばないが、つぶさに記録している人ならもっと数多く思い浮かぶことだろう。
まず、初めは「ロハス」である。
2000年代後半にやたらと「ロハス」が持て囃された。多分、高級な感じを指す言葉でラグジュアリー的な意味だろうと思う。厳密な意味なんてどうでもいい。どうせすでに死語である。
近年でロハスという言葉を耳にしたのは昨年の阪神タイガースの不振外国人選手の名前くらいである。
次に「ノームコア」である。
これは2010年代後半に持て囃され、今から思うと滑稽すぎることだが、一時期は哲学論争まで繰り広げられた。もちろんイキった業界人同士でである。一般人からすれば意味の分からない論争だっただろう。ちなみに当方も意味が分からなかった。
きっかけは故スティーブ・ジョブズが大富豪にもかかわらず夏は黒い半袖Tシャツにリーバイスのジーンズ、冬は黒いタートルセーターにリーバイスのジーンズしか身に着けていないことから、話題となった。
「究極の普通」と訳されることが多いが、まあ、本当にフツーの服装である。ただ、ジョブズは大金持ちなのでタートルはお高いイッセイミヤケの物だったとか伝わるが、別にユニクロのウールタートルでも見た目は同じだから、真似をしたい人はユニクロのウールタートルを買えば良い。
考え方としてはわからないではない。メンズスーツはまだしもカジュアルは毎日コーディネイトを考えることがめんどくさい。当方のような冴えない者ですら、30分くらいコーディネイトに悩むこともある。この時間がもったいないから制服のように着る物を決めておき、その浮いた時間でビジネスに没頭するというのは効率的で理解できる。
メンズスーツは制服的な性質もあるから、効率的でめんどくさくない部分も多い。そう考えると、制服や制作業着での勤務はめんどくさいことが一つ減るので、快適ではないかと思う。強烈な制服反対論者もいるが、ファッションに興味の無い多数派からすると制服・制作業着というのはありがたい存在である。
実際に、教えていた専門学校の女子生徒で、私服OKにもかかわらず専門学校が運営している高校の制服を必ず着用してくる者もいた。理由は服を選ぶめんどくささが無いからだそうだ。
しかし、これも今はすでに死語である。ノームコアガーと叫んでいる業界人を数年前から見たことがない。
最後は死語ではなく「死フレーズ」とでも言えば良いだろうか。
「AI(人工知能)によるアパレル需要予測」
である。
これを冠した記事をさっぱり見なくなった。またそれを掲げていたAI業者の名前もさっぱり聞かなくなった。
これについても当方は以前から現時点では実現不可能だと書いていた。また、コンサルタントの河合拓氏もこれについては明確に現時点では実現不可能だと書いておられた。その部分についてだけは今でも当方は賛同している。
理由は、例えば作業服とか競泳用水着のような決まった用途に使用される物の需要予測はAIは比較的立てやすい。これらの実用服は定期的に傷むから買い替えが必要となる。そして個人の傷むサイクルというのは長年の購買データをAIが読み込めばだいたい正確に予測できる。
だが、ファッション寄りの需要を予測することは難しい。
もちろん、シーズントレンドという前提はあるものの、シーズントレンドに沿った商品を提案したとて、選ばれるブランドと選ばれないブランドが必ず生じる。また、消費者の選び方も千差万別で、ブランド名にこだわった買い方をする人、値段が激安な物を選ぶ人、たまたま通りがかった店で無頓着に買う人などさまざまである。
例えば終わった22年秋冬の店頭を思い出してみようか。
メンズカジュアルではスタジアムジャンパー(スタジャン)が新トレンドだとされ、多くのブランドが発売した。しかし、ブランドによって売れ行きに大きな差が生じている。
1万円以下の低価格帯で最も高品質でかつ中綿入りで防寒性も高かったのはユニクロだろう。しかし、ユニクロのスタジャンは定価7990円では売れ行きが悪く、5990円に値下がりした。5990円でも売れ行きが鈍かったのだろう、12月10日ごろには3990円にまで値下がりした。年が明けた1月には2990円にまでさらに値下げされ、ようやく2990円でほぼ売り切れた。
一方、スクーカムなどの高いブランドでは、元々仕込んでいた枚数はさほど多くはないと考えられるが、ユニクロほどの大幅値下げをせずに秋冬シーズンを終了している。
逆にユニクロだとMA-1 ブルゾンは好調だったようで、定価5990円を値下げしないままに終了している。通販サイトの在庫検索機能で検索してみてもほとんど残っていない。ときどき期間限定値下げで4990円に下げた程度である。
これはユニクロの顧客男性層はスタジャンを好まずMA-1 を好むという結果であり、これを季節前にAIが需要予測できたはずがない。
さらに言えば、MA-1 ブルゾンの愛好者層にもユニクロで構わないとかジーユーの値下げ品で構わないという人がいる一方で、マスではないがアヴィレックスやアルファインダストリーズなどのブランドでないと絶対に嫌だという層もいる。
それを現時点でのAIがどこまでそれを予測できるだろうか?当方はほぼ不可能だと見ている。
結局、どのAI業者も芳しい業績が上げられなかったので、AIによるアパレル需要予測を看板に掲げる業者は消えたし、業界メディアの使うフレーズからも消滅したといえる。
この手の「死語の世界」をもっと真剣に考えてみればまだまだあるだろう。
ただ、言えることは、一般人的視点から考えてみて理解できない・理解しにくいこと(仕組み・システム・技術・概念など)はいくらイシキタカイ系が声高に叫んでみたところで、長期間に渡って定着することは難しく気が付いたころにはすっかり忘れ去られているということになりやすいということである。
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