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人事や上司にメンタルヘルスについて話すのは、恐ろしいことかもしれない。しかし、今こそそんな対話が必要だ。
By Shubhanjana Das Translated By Nozomi Otaki
ワークライフバランスは職場における頻出語のひとつだが、いまだに現実的に達成することは困難だ。2020年3月、世界がロックダウンに突入すると、私たちはさまざまな労働形態のジェットコースターに直面し、必死に業務と正気を保ってきた。在宅勤務からハイブリッドへ、そして再び職場勤務へ、嵐のように目まぐるしい変化に、絶望感を覚えたひとも少なくないだろう。
パンデミックは確かにメンタルヘルスに関する対話を後押ししたが、それでもこの話題にはいまだにタブーが付きまとう。結局、負担がかかるのは雇用主ではなく従業員だ。コロナ禍が始まるずっと前から長時間労働がメンタルヘルスに与える影響が指摘されてきたことを受け、多くの企業がその影響への認知を高めると約束したにもかかわらず、ほとんど職場で従業員のメンタルウェルネスを保証するという約束は今も〈約束〉のままだ。2021年のマイクロソフトの〈Work Trend Index〉では、雇用者の54%が過労を感じていて、39%が疲労感があると回答した。最新の動向調査によれば、2021年に個人的なウェルビーングやワークライフバランスの改善を求めて退職した雇用者は24%にのぼり、この結果も職場での疲弊感の影響といえるだろう。
ブランドコンサルティング企業創設者のアンジェリーク・レイナ(Angèlique Raina)にとって、かつての職場は悪くないにしろ、完全に疲れ切っていたという。「職場の外で会社の労働文化について話すなかで、そこに蔓延するえこひいきや癇癪、人心操作、疲労困憊の1対1のミーティング、24時間対応可能のポリシーに気づくようになりました。LINEやスラックのメッセージに1時間以内に返信しなければ怠慢とみなされます。常に警戒態勢で、気を配り、説明責任を果たすことが称賛される環境で、どんどん不安が大きくなっていきました」
〈なぜこのようにしか働けないのか?〉という元会社員としての一過性の疑問がレイナの頭から離れず、それが21日間の休暇を取得し、仕事とはクライアントや成果が全てではないことに気づくきっかけになったという。「エネルギーが湧いてきて、ずっと体調が良くなりました」レイナは今、年間54日の休暇をとり、30日ごとに4日間の旅行に出かけている。
レイナが当時経験したのは燃え尽き症候群(バーンアウト)、つまり世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第11版(ICD-11)が定めるところの「適切に対処されていない慢性的な職場ストレスに起因する症候群」だったのかもしれない。
この2019年の疾病分類によれば、バーンアウトは仕事に関連する現象であり、内科的疾患ではないという。最も広く使用されているバーンアウト測定尺度(Maslach Burnout Inventory)は、極度の情緒的消耗感、離人化、個人的な達成感の3つの側面から症状を分析する。2019年に話題を呼んだBuzzfeedの記事で、ライター/記者のアン・ヘレン・ピーターソン(Anne Helen Petersen)は次のように説明した。「極度の疲労とは、もうこれ以上は無理だというところまで行くこと。バーンアウトはその段階に達してからさらに何日、何週間、何年も自分を駆り立て続けるということだ」
2021年に発表されたLinkedInの〈仕事の未来〉研究によれば、インドの専門家の3人に1人が仕事量やストレスの増加によってバーンアウトを起こしているという。これは長時間労働が当たり前となっている他のアジア諸国の労働文化でも見られる現象だ。
ムンバイの精神科医サイーダ・ラクシダ(Syeda Ruksheda)は、多くの人びとをバーンアウトへと追い込んできた原因を、労働環境における一刻を争うハッスル文化だと考えている。「この国の今の労働文化は、仕事に100%の力を注ぎ込み、他のものは全て二の次にするべきだ、という気分にさせます。その結果、私たちの体はかつてないほどのストレスにさらされています。そのバランスが崩れれば、職場だけでなく自宅でも作業効率が落ち、充足感も減ります」
バーンアウトの影響は十分に理解できたが、実際にはどんな悪影響があるのだろうか。メンタルヘルスの専門家に、あなたの心身の危険を知らせるサインや、バーンアウトとはどんなものなのか、話を聞いた。
短い休みをとっても回復しない
「数時間や1日休みをとって友人と会ったり、美味しいものを食べたりして良くなるようなら、それはただの疲労でしょう」とムンバイのカウンセリング心理学者、スネハジャナキ(SnehaJanaki)は指摘する。「疲れていると少し体の機能が低下する程度ですが、バーンアウトを起こしているときは、私生活と職場の両方で目的意識やアイデンティティが揺らいでしまいます」さらに、バーンアウトは長期的な無関心や孤立へとつながり、心身の疲労を引き起こす。頭を休めることが難しくなるため、仕事から私生活への切り替えも難しくなる。
闘争・逃走反応が頻繁に起こる
バーンアウトというと、メンタルヘルスの影響に限った話だと思うひとも多いだろう。しかし一般的に、バーンアウトや精神的葛藤には、気持ちの問題だけでなく、脳の機能や慢性的、長期的なストレスによる体への影響も含まれる。
「体にストレスがかかると、交感神経が〈闘争・逃走反応〉と呼ばれる反応を引き起こす。体が命を脅かす危険との闘い、もしくは敵からの闘争にエネルギーを向ける」と米国心理学会(American Psychological Association)のサイトでは説明されている。この反応は知覚された脅威を即座に撃退する助けになる一方、長引くストレスは長期的な気力の消耗を引き起こす可能性がある。ストレスによる神経系の持続的な興奮は、他の体組織にも悪影響を及ぼし、体を弱らせる。
「あと少しなら頑張れる、と自分に嘘をついても、体はあなたが自分を騙していることを知っています」とラクシダ医師は説明する。彼女はバーンアウトの一般的なサインとして、毎日長時間眠っているにもかかわらず衰弱や疲労を感じることを挙げた。さらに健康診断で異常はなくても、就寝時間がバラバラだったり、食欲や体重が変化したり、頭痛、腹痛、背中のけいれん、体の震え、胃酸に関する問題があるなら、少し休みをとって、その原因がバーンアウトかどうかを調べてみたほうがいいかもしれない、と彼女は付け加えた。
冷静な判断ができない
バーンアウトを起こしているとき、もしくはなりつつあるときは、前向きな思考やモチベーションが不足しがちだ。物事に対して否定的、悲観的になり、場の空気を読み間違えるようになるひともいる。ラクシダ医師は、バーンアウトは物忘れが続いたり、集中力が持続しなかったり、判断能力が低下するなど、認知能力の〈亀裂〉として現れるという。出勤できなかったり、常にうまくいかなかったらどうしようと心配したり、普段よりイライラしやすくなったり、怒りっぽくなったり、不安になりやすくなる場合もある。
毎晩寝つきが悪い
複数の研究が、バーンアウトとうつや不安障害などの精神的な健康状態と関連づけている。うつとバーンアウトの間には強い正の相関関係があるが、因果関係はよくわかっていない。精神疾患を伴う不眠症も、バーンアウトの症状のひとつと考えられている。2020年に発表されたイタリアの調査では、第5波のパンデミック中にバーンアウトを起こした医療従事者のうち、55%が寝つきの悪さを訴え、40%が悪夢を見ると回答した。
精神的に疲弊しているため1日以上の休みが必要だ
ラクシダ医師はワークライフバランスというものは信じておらず、仕事も人生の一部なので単に〈ライフバランス〉とするべきだと主張する。いち雇用主として、彼女は「利己的な」理由でも、従業員にメンタルヘルス休暇を取得してもらう推奨しているという。「(上司として)自分の仕事の内容を改善したいと思ったら、従業員には健康でいてもらわないといけません」
女性とLGBTQ+コミュニティのための性と生殖に関する健康の教育団体〈StandWeSpeak〉の創設者、プリヤル・アグラワル(Priyal Agrawal)も同意する。「チームメイトがストレスを感じたり、疲れたり、バーンアウトを起こすと、チームの成果や生産性が影響を受けます。モチベーションにもなりうるプレッシャーと、プレッシャーが不健全なレベルに到達したストレスの違いがわからない従業員も多くいます」
インドの2017年メンタルヘルスケア法は、雇用者の権利を強調し、差別を禁止し、あらゆる保険会社にメンタルヘルス関連の病状管理への保険適用を含めるよう要求している。しかし、メンタルヘルスを休暇を取得し、自分のことに集中する正当な理由として認めることは、いまだに必然ではなく贅沢とみなされているため、雇用者にとって健全な労働環境維持のための取り組みは、ほとんど行われていないのが現状だ。
バーンアウトが文化的に広く取り上げられているにもかかわらず、多くのひとはメンタルヘルスに関する話題を職場で持ち出すのをためらい、耐えがたい疲れや消耗感があるときも体調不良を理由に休みをとることがほとんどだ。しかし、バーンアウトの主な原因が仕事や職場に関する問題だとしたら、休暇取得の理由を体調不良や仕事への怠慢なアプローチ、失敗、惰性のせいにせず、そのような会話を当たり前にすることがますます重要になる。
レイナは、待望のメンタルヘルス休暇をとると決めたあと、職場に戻ると、「遠くまで放浪したあと、引き戻されて膝をついて謝るべきだと言わんばかりに、的外れで根も葉もない誹謗中傷をぶつけられた」という。
そんな状況下では、安心して人事や上司にバーンアウトについて打ち明けることは不可能だ。そこで、専門家にアドバイスを求めた。
会社の休暇規則を熟読する
HR専門家のアトリ・ポール(Atri Paul)は、ほとんどの企業にはメンタルヘルスやウェルネス休暇に関する具体的な規則があるため、その条項を確認することが必須だと語る。「雇用者は入社前に取得可能な休暇日数や、それが毎月の休暇に含まれるかどうかなど、ガイドラインをしっかり理解しておくべきです」と彼女はいう。「そこに含まれる有給休暇の日数も確認しておきましょう」
長期のメンタルヘルス休暇を取得するための手続きを知る
1〜2ヶ月のメンタルヘルス休暇が必要な場合は、同時に人事にも申請する必要がある。手続きは企業によって異なるが、大半の多国籍企業や国内の大企業は、従業員を社内や提携しているメンタルヘルス専門家に紹介し、そこで初診を受けることになる。その後、専門家は従業員だけでなく人事部にもアドバイスをする。
企業がメンタルヘルスの問題を伝えるためのセーフスペースを提供しているかを調べる
クリエイティブエージェンシー〈Noon Social〉の共同ファウンダー、ウマイヤー・シャー(Umair Shah)は、雇用主は職場をメンタルヘルスについて偏見や恥の意識なく話し合えるセーフスペースにする取り組みをするべきだ、と語る。「他の理由による休暇と同様に伝えることが重要です。従業員が自由に上司にサポートを求め、悩みについて相談できる環境を整えるべきです。ガイドラインは企業によって異なるかもしれませんが、詳しい説明や証拠を求めたりせず、従業員を信じることが最も重要です」
弱さをさらけ出すことを恐れない
重要なのは、自分が心から安心でき、自分の状況についてしっかり説明できる相手を見つけることだ。「率直かつ正直に打ち明けて。繊細な人間だという印象を与えることを恐れないで」とアグラワルは訴える。さらに彼女は、相談したい内容や職場でもっと実力を発揮するために必要なことをリストアップすることを勧めた。そこには定期的なセラピーやより頻繁な状況確認、仕事に集中するための時間配分なども含まれる。「メンタルヘルスは、決して恥ずかしがるようなものはありません」
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