近年、中国での展開を希望する日本ブランドがとても増えています。ところが、いざ中国で商標登録をしようと調べたところ、すでに同一または似たような商標が登録されてしまっている……そんな例が後を絶ちません。場合によっては、中国での展開を断念したり、大事なブランド名を変えなくてはならないケースも。
今や国内外から高い評価を受けるブランド「ALMOSTBLACK」も、中国展開にあたって商標登録に苦労したブランドの一つ。
そこで、デザイナー中嶋峻太氏が、中国における商標登録の経験とその重要性について語ってくれました。
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小松隼也弁護士(以下「小松」):
ALMOSTBLACKも中国での商標登録に苦労されましたよね。具体的にはどういった経緯だったのでしょうか?
海老澤美幸弁護士(以下「海老澤」):
幸い、ご希望どおりに「ALMOSTBLACK」の商標を登録できたわけですが、結局2年くらいかかりましたよね……。
簡単に経緯をお話しすると、ALMOSTBLACKが中国進出しようとしていたところ、中国ではすでに、同一の商品区分である25類(衣服・靴等)で「ALMOST BLACK」が登録されていました。
中嶋峻太氏(以下「中嶋」):
中国展開自体は、実はかなり以前から行っていたのですが、大手企業とコラボレーションすることになり、いよいよ商標登録しないとマズいということになって……。ちょうど小松さんと海老澤さんにお会いしたタイミングだったのでご相談しました。
海老澤:
中国での商標登録などについては、私たちの事務所が頻繁に仕事をしている「IP FORWARD」と密に連絡を取り合いながら進めています。
実は、中国では、「ALMOSTBLACK」によく似た「ALMOST BLACK」が第三者により登録済みだったんですが、確認したところ「ALMOST BLACK」についてはどうもここ3年ほどマーケットで使用された形跡がありませんでした。そこで、「ALMOSTBLACK」の商標登録出願を進めつつ、これと並行して、先行商標である「ALMOST BLACK」に対して不使用を理由とした取り消しの申立てを行ったんです。
「ALMOSTBLACK」については、当然ながら先行商標の「ALMOST BLACK」があるため一度は登録が認められません。私たちの戦略は、その後に異議を申し立て、この異議の審査中に、先行商標である「ALMOST BLACK」を不使用を理由に取り消してくださいと申請すること。先行商標が取り消されれば障害がなくなるわけなので、私たちの申立ての判断でこの点が考慮され、無事にこちらの「ALMOSTBLACK」が商標登録される……というわけです。
少々複雑ではありますが、IP FORWARDと密接に連絡を取り合い、スケジュールをうまく調整しながら進めた結果、この戦略が功を奏し、費用もミニマムのコストで無事に商標登録までこぎつけることができました。
中嶋:
時間はかかりましたが、結果的にコストも抑えられて、とてもラッキーだったと思います。
小松:
権利者である第三者から商標権を買い取るケースでは、200~300万円はかかることもありますからね。
海老澤:
先行商標の「ALMOST BLACK」が3年以上使われておらず、ちょうど不使用取消審判が可能だったことも大きいですよね。
他のブランドでは、残念ながら先行商標が使われていない期間が3年に満たないというケースも少なくないので。
中嶋:
ちょうど中国での売り上げが急増したときだったので、本当にラッキーでした。
無事に商標登録できたことで、精神的にも本当に楽になりました。
小松:
これは前から聞きたかったんですが、中国で商標登録をしなければならないと感じたタイミングはいつでしたか?
中嶋:
コレクションを開始してすぐに中国の大手セレクトショップが買い付けをしてくれていたので、「中国で商標を取らなくては」と感じてはいたんですよね。ただ、どこに相談すればよいのか、どうやって登録すればいいのかが全くわからなくて。
小松:
そうなんですよね。
「商標登録しなくては」と思いつつ数年たってしまって、専門家と知り合っていざ登録しようと調べてみたらすでに第三者に登録されてしまっている、というケースは多いなと感じます。
中嶋:
実は、ALMOSTBLACKは創業当初から海外を意識していて、他のブランドよりも納期を早く設定しているんですよ。
他方で、当初は売り上げもそこまで大きくはないし、商標登録については自分で調べたりはしたものの、特に海外での商標登録については手続面も費用面もよくわからなかった。
中国で自社ブランドに似た商標が第三者により登録されてしまっているということも、実は中国での商標登録はそこまで費用も手間もかからないということも、情報として知ることができたのはブランドを立ち上げてからずいぶん後ですね。
こうした点をどのタイミングで知ってもらうのかは難しいですが、デザイナーたちがこうした情報を早い段階で得られるとすごくいいなと思います。
海老澤:
商標についても、中国を含む海外展開を見据えた戦略的な視点を早いうちから持てるといいですよね。
日本では商標登録しやすいけれど、海外では商標登録しにくいとか、逆に、日本では商標登録できないけれど、海外では商標登録が可能とか。
少し話は変わりますが、最近の日本では、氏名は商標登録のハードルが高いという話もありますよね。
中嶋:
日本であれば、特に氏名については、全く同じブランド名を使われてしまうことはほとんどないんですよね。だから、その点をわかってあえて氏名をブランド名にするというのは全然アリだと思う。
日本のブランドの模倣品を日本国内で売るということはあまり多くなく、模倣品が出るとすれば中国を含む海外ですし。
小松:
若いデザイナーなどは「氏名をブランド名に使うことはできない」と誤解している人も増えていて、とても懸念しています。氏名をブランド名に使うことができないわけではなく、ビジネス展開の方向性やリスクなどを総合的に判断した上で、日本では商標登録をしないけれど海外では商標登録をすると割り切って氏名をブランド名にすることも十分あり得る。こうした判断ができるかどうかは、まさに知識の有無にかかってきますよね。
中嶋:
ブランド名はまさに子供につける名前のようなものじゃないですか。一生を決める名前だからこそ、商標登録を含む知識があるかないかはとても重要。でも、知識がない中で自分で調べるのはとても難しいし、ネット上にも信頼できる情報は少ない。だからこそ、小松さんや海老澤さんのような人たちが重要になってくるんだと思います。
アーティストとのコラボレーション実現の秘訣について語った「『ALMOSTBLACK』デザイナーに聞く、アーティストとのコラボレーション実現の秘訣 」Vol.1、Vol.2はこちらをご覧ください。
中嶋峻太
「ALMOSTBLCK」デザイナー
エスモード・パリを卒業後、2005年から2007年の2年間、デザイナー、ラフ・シモンズのアトリエでデザインアシスタントを務めた。国内外のデザイナーズブランドでキャリアを積んだ後、川瀬正輝氏とともにメンズファッションブランド「ALMOSTBLACK」をスタート。「ポストジャポニズム」をコンセプトとし、アーティストとのコラボレーションにも積極的に取り組んでいる。また近年は、e-sportsのブランディングやデザイン、生地のディレクションなど幅広い分野に活躍の場を広げている。小松弁護士とチームを組んでブランドを立ち上げるプロジェクトも計画中。サッカー経験者であり、サッカー選手へのリスペクトとサッカー業界に恩返ししたいという気持ちから、Jリーグのデザインに関与するのが目下の目標。
また、将来的にはハイブランドのデザインを手がけたいとの夢も持っている。
小松隼也
弁護士
三村小松山縣法律事務所、代表弁護士。2009年に弁護士登録後、11年に東京写真学園プロカメラマンコース卒業。15年にニューヨークのフォーダム大学ロースクールでファッションローやアートローを専攻し卒業。帰国後は、ブランドの立ち上げや知財戦略、海外との契約交渉などを専門とする。ファッションに関する法律研究機関Fashion Law Institute所属、ファッション関係者の法律相談窓口「fashionlaw.tokyo」共宰。また、現代美術商協会の法律顧問やアートウイーク東京の理事など現代美術に関する業務も専門的に取り扱う。
海老澤美幸
弁護士/ファッションエディター
株式会社宝島社にて雑誌『Cutie』『Spring』編集部勤務の後、ロンドンにてデザイナー/スタイリストのMarko Matysik氏に師事。帰国後ファッションエディターとして独立し、『ELLE japon』『GINZA』等ファッション雑誌の編集・スタイリング・ディレクションを手がける。2017年に弁護士登録し、ファッションローを中心に活動。三村小松山縣 法律事務所。
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