SOSHIOTSUKI 2022年秋冬コレクション
Image by: SOSHIOTSUKI
昨日の稿に、私の場合、評を書くことが自らの救済になっていると云うくだりがあるが、ファッションを書くことがいかように自身の救済と為し得るかを述べるには、私的なこと(恥部)を晒さねばどうにも説明がつかないので、勿体をつけるわけではないが、ここでは控えておく。ただ云えるのはこうだ。モヤモヤした気分のようなものは、こう云う形だと云うように他人に見せることは難しい。それには文字を媒介にしてカタチを与えるしかない。私にとってファッションを書くことの意味はそれだ。例えば、「凛々しい」と云うことは、口に出して云うことは可能だが、「凛々しさ」と云うことに具体性を持たせるのが、文を書くと云うことだと思う。それを或る程度、他者に理解して貰えるように、公共性持たせねばならない。独りよがりではダメなのである。
「ソウシオオツキ」が変わった。過日、2022-23年秋冬コレクションの展示会に行った。事前に預かっていた最新ルックを見て、凛々しいだけの服に変化が見られた。「All Grown Up」と云う主題からしてそうだ。これまで頻繁に掲げていた四角な四字熟語を封印している。専ら私の場合は「酔歩蹣跚」であるが、「ソウシオオツキ」の最近の中では、「愛月撤灯」(2020年春夏)などは私のお気に入りだ。僅かなペシミズム(悲哀感)をダンディズム(伊達気質)の形骸に漂わせたこの言葉通り、一人の男の末路を描いた物語性のあるコレクションだった。此度はテーマにある通り、ブランドの「成長」を主題としている。
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メンズブランドとして2015-16年秋冬より開始。プロのデザイナーになる以前より、大月壮士の創作動機は不思議な偏向の一点に凝結し始めた。そうして、まるでピアノの鍵盤の一局部のみを攻め叩くように、趣味も情操も一方向にのみ尖鋭化されていくのであった。彼の作る服は、男の服の歴史的背景を裏付けに組み上げられている。だが、このブランド特有の硬質で自信に満ちた厳格さは、たんにフォーマルとかストリートとかの語彙で括ることの出来ない、男の服の持つべきであろうとされる糊代(着る側が自由に解釈出来る余白)を備えた設計の上に成り立っている。只管に独自路線を貫き、その特異な地歩を確立することは、大月にとって、軍服(概ね旧日本軍)に厳密な未来の青写真(街着としての)を描くことだった(仏教の僧侶が纏う僧服に着眼したこともあった)。
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益荒男(ますらお)ぶりの風采、朴訥で雄々しい言動故に、大月の存在は、東京発信のメンズデザイナーたちの眼の上に突き出したタンコブである、と私はかねがね考えている。と云ったとて、彼を貶しているわけでも、煙たがっているわけでもない。否、「一人の大月がなくてどうする」と、私に代わって喝破してくれる輩の一声を待ち望んでいるのだ。彼こそまさしく日本の風土に稀なる個性だと思うし、彼の作る服の独自な価値もまたそこに存在する。日和見主義者と衆を恃む非個人のウヨウヨする中に、偏奇性が流行するなどと、仮に本気で考えているとすれば、私の頭は誠におめでたい限りだと云わねばなるまい。
大月のコレクションは確かに変化を見せたが、彼が変節したわけではない。この変化は、ブランドを前へ推し進めるための仕掛けなのだ。大月特有の偏奇性を残しながら、観念への強い執着とダンディズムの揺るがぬ精神を支えに初めて実現可能な彼の目指す領域に更なる糊代を用意しただけのことなのだ。彼の心中を代弁するなら、「ニッチからの脱却」となるのだろう。因みに彼は2021年6月に法人化して自覚を新たにしている。
大月はカタチを愛する。軍服の様式にこだわるのはそのためだ。意義や内容よりは、それを包む形態の方を愛する。何故なら、「カタチ」、この場合は男の服の形とか構造を指すのだが、それは常にスタティックに自らの原理性の中に生き続けているからだ。ひっそりとだが脈々と続いてきた原理を彼は愛する。此度(2022-23年秋冬コレクション)も、その実例がある。彼の尊父のフォーマルジャケットを着想としたダブル仕様のジャケットとフロックコートがそれである。ジャケットの襟を大きく捲るように折ることで、襟の見返しと前身頃の内側にある隠し(ポケット)とタグが露わになる設計である。「父のスーツのラペルを捲ってポケットが露わになったカタチがフロックコートのように見えたので、そのままカタチに落とし込んでみた」と彼は云う。縫い付けられたタグには「ソウシオオツキ礼服」とある。モデルとなったオーダーメードのジャケット(前述の尊父の私物)のタグ(「「カジクラテックス礼服」」を引用して彼が新たに拵えた付け札である。因みに、ボタンの掛け違いでタグは隠れるようになっている。
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他方、目新しさもある。顧客層の幅を広げようと試みた商品群なのだろう。多機能ベストを提案している。オーダーシートはこう記している。「休日のおじさん定番のフィッシングベスト」。布帛ではなくアンゴラ混ニットで成形しているあたりが面白い。また、カーキと黒の二種を揃えたプルオーバーニットは、ブランドロゴをケーブル刺繍することで編み地と同化させている。前身頃に穿った穴はネクタイを仕舞うためのものだ。偏奇ではなくして新奇を追うことに急な巷間の眼にはどう映るか。概して現代は、ガッチリと正道を歩く、地味な仕事には飽き易い。本当に価値あるものが栄える世の中になって欲しいと切に思う。更なるステージを歩み始めた大月壮士に纏わる寸感として記してみた。(文責/麥田俊一)
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