HARUNOBUMURATA 2022-23年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
昨日(3月14日)の「ハルノブムラタ」のショーはなかなか歯応えがあった。気骨を感じさせるショーだった。と云って、歯とか骨の四角な字は服の印象とは随分と掛け離れているが、一本筋の通った創作姿勢が心地よかった。同心円状に座席を配列し、回廊をモデルにゆったりと歩かせる会場演出ともどもよく研究されていた。綺麗な服の正統がもはや自前のオーラを持ち得なくなってきた今日にあって、その土俵で果敢に勝負した個性は刮眼すべきものだった。
此度の「ハルノブムラタ」のコートが、私を過去に連れ去った。随分と昔の話だが(映像は勿論、画像すら残っていないのが残念である)、二十数前、マーク・オディべ(シグネチャーラインを発表していたが、その後「エルメス」「トラサルディ」を渡り歩いた)が「サルヴァトーレ フェラガモ」のチーフデザイナーを務めていたことがある。ミラノにてオディべが手掛けた「フェラガモ」のデビューショーを私は思い出していた。どちらかと云えばコンサバティブな印象が強かったそれまでの「フェラガモ」を、彼はドレーピングの手法を駆使した量感のあるクチュール調のコートのバリエーションを以て刷新し、モードの領域に押し上げた。そのイメージが蘇った。蛇足だが、オディべの服(シグネチャーラインのショーの画像)をたまさか雑誌で眼にしたばかりに私はこの業界に身を投じたのだ。あのとき、あんなにも心が動かされていなければ、この仕事はしていなかったはずである。
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Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
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ショー終了後の話では、デザイナーの村田晴信は、東京に戻って来るまでは伊ミラノでの生活が長かったと聞いたから、私の連想はまんざら偶然ではなかったわけだ。勿論、彼は「フェラガモ」ともオディべとも所縁はない。ミラノでは「ジョン リッチモンド」と「ジル・サンダー」にて経験を積んだと聞いたが、村田自身の蓄積が服のカタチとその見せ方に一種の恰幅を与えていた。因みに、古くは研壁宣男とか、最近では上榁宗範とか、ミラノでキャリアを開始したデザイナーは総じて綺麗な服を得意とする傾向にある。この因果関係と系譜を探ってみるのも一興かも知れない。
男の作る女の服は面白いと思う。TOKYO FASHION AWARD 2022を受賞したことで、村田は7シーズン目にして初のショーに漕ぎ着けた。彼が乗ったファッションパワーと云うエスカレターは、急速に高いところにまで昇りつめた。穿った見方をすると、本来はショーを見せるための仕掛けや抽斗を、まだそれほど多く持っている質ではないのかも知れない。過去の服を取材していない分際でふざけたことを云うなとお叱りを受けるのは承知しているし、現に歴とした賞を受賞しているのだから、実力はお墨付きなのだ。ショーで見せることで大胆になれた部分と繊細に詰めた部分があったのだろう。身近な存在を含め、女性と云う対象に向けて「捧げる」式な彼の創作姿勢は、生地の選択、線の描き方凡てに於いてミニマムに凝縮されてカタチを得る。マチュアを目指す服作りはその時点でほぼ完結する。だがそのままではショー映えし難い。此度は見せ方(服の着方とスタイリング)に工夫を凝らした。初めてのショーとは思えないほど服の見せ方が達者だった。
とりわけ1990年代より2000年代の欧州コレクションを取材してきて切に感じたことがある。おい、そうではないだろうと、またぞろ批難の矢面に立たされるのを構わずに云う。高級注文服とは異なり、そもそも既製服の特質は速度、即ち、常に新しさにあり、一過性にあり、その速度と鮮度をいかに美しく魅力ある価値に置き換えるかにあった。極端に云えば、デザイナーは服そのものよりもラジカルなスピードを着て欲しいと考えているのではないかと思える節があった(過去の話として云うのである)。他方、モードは表層的なものだから常に時代に先を越される(流行遅れになる)と云う宿命を背負っている。しかし、時代、或いは自己のスタイルを追求することはモードを提案することとは別の次元にある。スタイルはモードとは比較にならない確かなものだ。過去の服を継続させながら、ゆっくりと時間をかけて丁寧に進化させ、その時代の技術的、心理的な側面を投影したスタイルを確立することは、デザイナーにとって刃(やいば)となる。砥げば砥ぐほど、その輝きはブランドの品格に繋がる。品格は向後の話だろうが、少なくとも村田は既にスタイルを持ち始めたデザイナーだと私は思う。此度のショーは、見ようによっては、古いものや失われたもの(クラシカルな服)への挽歌ともとれるが、けだし綺麗な服には齢(よわい)などないのだろう。時流に竿を差すわけでもなく、ミニマムな手法の純血を守りながら、彼は静まり返った湖水に小さな石を投げ込んだ。円周状の動線を歩くモデルが行き交う様子は、水面にパッと広がる漣(さざなみ)のようである。撓むように、しなうように、舞台に登場する服は、気が付けば、私の中で静かに広がる細かな波の揺れと重なり合っていた。
Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
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此度のショーはスタイリストを起用せず、村田本人が凡てを仕切った。完成させた一着のコートに更に新たな意味を持たせるアイデア(後述するけれど)を実践するため、モデルを舞台に上げる寸前まで、凡てを本人が調えた。フォルムは機能と常に対話を試みる。形とプロポーションに関する断固とした哲学。たっぷりとした量感に差し込まれる、僅かに身体の軸とは左右非対称の均衡。モノクロームの重なりに映えるオブジェクトのような金色の大きなメタル製のボタン。頭のてっぺんより爪先までの全身に注がれたバランス感覚。流れるようにたっぷりとしたボリュームのドレーピングで身体から浮かび上がる服の輪郭。滑るように落ちた官能的な肩の線。女性の心のカタチを、作り手自らの手の感覚を頼りにモダンな筆致で象っている。
ユニークな観察眼、既存の服を見直す視点(この場合は、服を解体して再構成する意ではない)に裏付けられて今回のコレクションは組み上げられている。コートやドレスは、服地の一端を肩の上に押しやったり、背中の方にずり下げたり、ひとが見せる様々な所作(身のこなし)に倣い裁断され、身体を包み込むような量感を作り出し、ボタンで留めたり外したり、着る女性のための様々なオプションを提供している。造形しながら、服の生地をつかみ、ずり落とし、たくし上げ、巻き込みながら立体的な重ね着の量感を探る。村田の脳裡に刻まれた様々な女性の立ち居振る舞いは、アトリエでの制作過程に於けるハウスモデルのポーズの記憶として再生され、具象的なカタチとして鮮明に映し出される。文章術に喩えるなら、彼は決して過剰には書かない。単に云い切らないと云うのではなくして、そこに読者が埋めざるを得ない余白を設えるのだ。一方、読み手は知らず知らずのうちにその術中に嵌り、楽しみながら余白を埋める仕儀となる。この駆け引きは巧みで、これが彼のミニマリストたる所以なのだと思う。彼に関する小感として纏めてみた。(文責/麥田俊一)
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