栗野宏文
Image by: FASHIONSNAP
今年のお買い物を振り返る「2021年ベストバイ」。1人目は、ユナイテッドアローズの創立者の1人で上級顧問の栗野宏文さん。「みんな服が売れないことをコロナのせいにし過ぎていると思う」と、今のファッション業界を憂い同企画への出演を快諾してくれました。LVMHプライズの審査員など、世界から注目される栗野さんが選ぶ2021年に買って良かったモノ7点。
目次
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WILLI SMITH ロング丈シャツ
FASHIONSNAP(以下、F):「ウィリー・スミス(WILLI SMITH)」は1980年代のデザイナーですよね。10年近くファッション業界にいますが、正直名前を聞いたことがある程度です。どんな人なのでしょうか?
栗野宏文(以下、栗野):1980年代にニューヨークに登場した最初のアフリカ系アメリカ人デザイナーです。当時はジェフリー・バンクス(Jeffrey Banks)など他にも黒人デザイナーはいましたが、彼らはトラッドだった。その点ウィリー・スミスのようにポップですごくクリエイティブなものを作る黒人デザイナーは他にいなかったんです。
F:これは女性も似合いそうなロング丈シャツですね。
栗野:パジャマみたいな雰囲気もありますが、裾はシャツテール、袖はガウンのようなディテールになっています。僕がまだビームス(BEAMS)にいたときにワンシーズンだけ仕入れたことがあったんです。ところがいきなりHIVで亡くなってしまった。だから彼が現役だった期間ってとても短いんですね。
実は、彼が80年代後半あたりに彼が日本に来たことがあったんです。僕が「インターナショナルギャラリー ビームス(International Gallery BEAMS)」の店長をやっていた時にお店に来て、とてもセンスが良くて穏やかな人だったと鮮明に覚えています。少し話をしたときに「なんで僕のことを知ってるの?」と聞かれたので「あなたはこれからを期待されているすごいデザイナーですね」と伝えて。そんな良い出会いがあったのに、まもなく亡くなってしまった。
F:ウィリー・スミスが亡くなったのが1987年で、それから30年以上経っていますが、このシャツはどこで購入したんですか?
栗野:9月にアフリカのカルチャーとクリエイティビティーをテーマとするポップアップショップ「FACE.A-J Plus」を渋谷PARCOで開催したんですが、そこで購入しました。南アフリカのニットウェアブランド「マコサ アフリカ(MaXhosa Africa)」やアフリカにまつわる書籍などを販売したんですが、大阪で古着をメインに扱っているQというお店も出店者としてお呼びしたんです。そこで、彼らが持ってきた古着の中にこれがありました。ウィリー・スミスを知っていたのは僕が初めてだと驚いていましたね。どうやら、彼らのパートナーで海外でアンティークを買い付けている人たちが見つけてきて、誰も知らなかったらしいけれど「すごいものがある」とあまりにも言うから仕入れたらしいです。
F:偶然が重なって出会えた一品なんですね。
栗野:ポップアップがなかったら出会えなかったし、しかもこれ、ほぼ新品なんですよ。あまりにも人に知られてないから人の手に渡らなかったのかもしれません。
F:いくらで購入したんですか?
栗野:3万円以下でしたね。恐らく当時と変わらないんじゃないかな。この企画でプッシュしてしまうと高くなっちゃうかもね(笑)。
F:古着やアーカイヴはよく買われるんですか?
栗野:たまにですね。僕は別に古着マニアじゃないし、ヴィンテージもあまり興味がないんです。新しい服にない要素があった時に買いますね。
F:栗野さんはアフリカと日本のクリエイティブマーケットを繋げるためのプロジェクト「FACE. A-J」をディレクションするなど、アフリカのファッションに注目されていますが、その背景にはどういった思いがあるんですか?
栗野:アフリカ大陸と人々そのものが持つ可能性や奥深さに惹かれています。1980年代はウィリー・スミスなどニューヨークに住んでいるアフリカ系デザイナーに興味があったけど、今はアフリカで生まれ育った人に興味がある。「第36回イエール国際フェスティバル(Hyeres International Festival)」のグランプリもアフリカ出身のイフェアニ・オクワディー(Ifeanyi Okwuadi)でしたし。アフリカにルーツを持つ人たちがすごく良い仕事をしているのが近年だと思いますよ。それはアートの世界でも顕著です。例えば僕はロンドンのテート・モダンが大好きなんですけど、ここ2年間でアフリカ系アーティストのソロエキシビションが3つくらい行われていますしね。
F:栗野さんはあまり丈の長い服を着用しているイメージがなかったんですが、どういうアイテムと合わせているんですか?
栗野:秋口は太いチノパンツと白Tを合わせて、その上から羽織っていました。シンプルに着て、柄を目立たせた方がいいなと。
COGNOMEN ブルゾン
F:続いてはデザイナー大江マイケル仁さんが手掛ける「コグノーメン(COGNOMEN)」。2020年デビューの期待のドメスティックブランドですね。
栗野:大江君は以前、国内ブランドでデザインやセールスを担当していたんですが、その時から知り合いで。2016年10月に我々がサポートに入って「コーシェ(KOCHÉ)」が原宿の“とんちゃん通り“でショーをやった時にはモデルとして出てもらったんです。すごく好青年で、作っているものも良いんです。
F:チェック柄の発色が独特ですね。
栗野:このブルゾンは去年バージョンも持っていて、それは無地のリバーシブルだったんですが、今年はチェック柄。最近こういうジップブルゾンに惹かれますね。素材はコットンで、裏は「ポーラテック(Polartec)」のフリースなのですごく暖かい。
F:ちなみにですが、栗野さんは何着服を持っているんですか?
栗野:数えていないけどすごい量ですよ。手放すこともほとんどしませんし。それこそ今の家に引っ越したときにクローゼットを作ったんですが、すぐ一杯になってしまって。子どものために作ったプレイルームも今ではクローゼットになってしまいました(笑)。
F:栗野さんは服を買う時、自分のクローゼットにあるものに合うかどうかという基準で選ぶんですか?
栗野:基本そうですね。1番意識しているのは色で、今は水色とカーキの合わせが自分の中で気に入っています。
Maison Margiela ツイードジャケット
栗野:次は今年最大の買い物です。「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」のジャケットなんですけど、展示会で一目惚れして買ってしまいました。僕らがよく知っているイギリスの生地屋を使っていると思います。
F:去年のこの企画で繊研新聞の小笠原さんもマルジェラのツイードアウターを紹介してくれたんですが、とても高かったと言っていました(笑)。
栗野:これも非常に高い(笑)。ただディテールがすごくて。見てください、この裏地。
F:裏地にスナップボタンが付いていて外すとスカーフとして首に巻けるんですか! こんなディテールは見たことがないですね。
栗野:ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は天才ですやっぱり。まぁでもめんどくさいから僕はスカーフとしては利用しませんが(笑)。でも生地も良いし、アイデアもすごいし、そもそも僕は「ジョン・ガリアーノ」自身のコレクションから好きでしたし。幸いなことにショーもずっと見せてもらっています。
F:今のマルジェラはガリアーノの自我が出ていて良いですよね。
栗野:ガリアーノはコレクション前になると生地だけ持ってアトリエの一室にお籠りしちゃうそうなんです。それで音沙汰なく、2週間くらいして部屋から出てくると服が完成している。現場にいたスタッフはまさにマジックだと言っていたらしいですよ。
F:マルタン・マルジェラ期とガリアーノ期だとどちらが好きですか?
栗野:どちらも好きですよ。先代は素晴らしいと思うし永遠だと思う。別物としてガリアーノも素晴らしいデザイナーで、今の彼のアウトプットを見ていても本当に良いなと思いますね。
F:このジャケットはどんな服に合わせていますか?
栗野:今日穿いている「カラー(kolor)」のパンツによく合いますよ。トラッドテイストなので、カーキやグレーのパンツ、またはデニムにもばっちり合うかと。
F:コロナ禍で、流石にこの1年はパリに行けていないですか?
栗野:行けていませんね。来年は行けるんじゃないかと思っていましたが、また感染者が増えてきているので難しいかもしれません。
F:どうですか? 行かなくなって。
栗野:世の中が思っているほど不便じゃないですよね。ただ美術館には行きたい(笑)。ミラノのフォンダツィオーネ・プラダ(Fondazione Prada)とか、今すぐにでも行きたいです。
で、ファッションの話に戻すと、コレクションの発表方法しかり、ファッションビジネスはリアルじゃなきゃダメだとは思いません。我々は買い付けなきゃいけませんから、試着したり触ったりが1番良いんですけど、例えばZoomでやり取りする時も、生地のサンプルを事前に送ってくれたら触ることはできますし、前シーズンのジャケットに比べて今回はジャケットの身幅はどれくらい大きくなったのかなどコミュニケーションをとることで思い描くバイイングをすることは可能です。リアルの方が良いに決まっていますが、それを言い訳にしていたって仕方ありませんから。
District UNITED ARROWS シャツ&ネクタイ
栗野:これは「ディストリクト ユナイテッドアローズ(District UNITED ARROWS)」が今年の夏に出したシャツなんですが、本当によく着ました。
F:素材は、英国王室御用達の「トーマスメイソン(THOMAS MASON)」ですね。
栗野:ディストリクトでは今、トーマスメイソン社の生地を使うことが増えています。このシャツはリラックスフィットという名前で展開していて、あまり絞りのないシリーズでカジュアルシャツとしても崩して着ても良い。
F:ネクタイもディストリクト ユナイテッドアローズですね。
栗野:チェック柄のシャツにチェックのネクタイを合わせるのがいいなと最近思っていて。これは英国のシルク織物メーカー「スティーブン ウォルターズ(STEPHEN WALTERS)」の生地を使用しているんですが、「エルメス(HERMÈS)」が唯一英国から買い付けている生地なんですよ。エルメスは基本フランスのリヨンもしくはイタリアの生地を使用していますからね。去年スティーブン ウォルターズが創立300周年で、その記念パーティーに招待され、スピーチもやる予定だったんですがコロナで流れてしまったんです。
F:ネクタイの巻き方は?
栗野:プレーン・ノットが多いですね。着方としては先程お伝えしたチェックオンチェックが気分です。クリスチャン・ラクロア(Christian Lacroix)が柄シャツ、柄ネクタイ、柄ジャケットという着方をしていましたが、それもまた格好良くて。彼はビジネス的にはあまり成功しなかった人だけど、本当に格好良いデザイナーでした。
F:栗野さんは工場にも良く足を運びますか?
栗野:好きで結構行っています。工場に行くと1番ものが分かるじゃないですか。逆に行かないとわからない。先程のマルジェラのジャケットの生地があの工場だなとわかったのもそういう理由ですし。ものづくりの現場を見てみて初めて本質がわかるという感覚はあります。それこそビームスにいた時、「店長になって栗野君は何がしたいの?」と言われた時に「工場に行きたいです!」と言って大阪のリングヂャケット(RING JACKET)に見学に行きました。ものづくりの構造もわかるし、何よりもっと服を大事にしようと思えます。
F:中国の工場のクオリティが上がっていて、それこそ日本以上の品質を提供し始めています。
栗野:日本自体がキャッチアップされたという状況はあると思います。でもやはり日本の方がコミュニケーションは近いし、僕が信頼する日本の生地屋、縫製工場はクオリティも負けていません。「マコサ アフリカ」のショーをやった時もサンプルの一部を「TOKYO KNIT」に作ってもらって。TOKYO KNITは「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」や「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」を手掛けている人たちの集合体だから素晴らしいんです。中国がそのレベルになるまでにはまだ何年もかかると思いますよ。ただ価格だけを言う人が世の中には多いから安い方に流れがちという問題はありますが、僕は安い方が良いとは思わないし、安いものを大量生産、大量消費し続ける時代でもない。環境問題にも繋がっているわけだし、日本の工場は引き続きハイクオリティを追求していく方向で良いと思います。
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