百貨店のレディスファッションが少しずつ売上げを回復している。伊勢丹新宿本店が2ケタ増。高島屋や大丸松坂屋百貨店も対前年を上回った。コロナ感染者が減少し、緊急事態宣言も解除されたことで、外出する人が増えたのとコートやドレスの実需期がうまくシンクロしたのだと思う。
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もっとも、首都圏の他、東海や関西は電車を利用する人が多いので、冬場のコートは必需品だ。急に気温が下がったことや外出機会の増加で、これまで買い控えていた層が一気に飛びついたとも考えられる。百貨店側も暖冬で重衣料の苦戦が続いていたため、スマッシュヒットは嬉しい限りだろう。この流れをうまくクリスマス商戦につなげていきたいものだ。
ただ、メーカー側からすれば、コートほど企画が難しいアイテムはない。11月に店頭展開するには、春以前の売れるかどうかわからない段階で素材を手配し、企画を進めながら素材が調達できると、生産を見切り発車する。それにはコストと手間がかかり、ある意味先行投資と言わざるを得ない。暖冬で商品が売れなければ、ロスになる。まさにギャンブルだ。
そのため、かつてはカシミアなどの高級品は、毛皮と一緒に受注会を開催して5月くらいに先行販売することもあった。バブル崩壊以降はコートも低価格化し、また廉価なダウンジャケットの台頭で、マスで売れるアイテムでは無くなった。それでも、百貨店では3万円後半から10万円以上までを扱い、売れ筋は4〜5万円なので、売上げへの貢献度は大きい。
ここ20年ほど、メーカーはライナーをつけて3シーズン対応にしたり、軽めの素材を利用して着やすさを追求したりと、手を変え品を変えいろんな企画を練ってきた。それが今年は企画デザインの面でトレンドを打ち出したというより、単純な気温の低下とライフスタイルの変化で売れたのだから、つくづくわからないものである。
D2Cアパレルならどんなコートを企画するか
そこで思ったのが、コートのようなアイテムはスーツ以上に受注生産にするか、共感した人だけに買ってもらうD2Cアパレルの手法にシフトするのがいいのではないか。大手アパレルのように量産態勢を取り続けると、いくらマーケットインの企画でも気候などの要因で外れるリスクが高い。また、SDGsの流れからも売れ残りはなるべく避けた方がいいからだ。
受注生産といっても、レディスはデザインも重要になる。そこで数年周期で変わるトレンドを落とし込んだ既成パターンのバリエーションを多めにする。素材はウール、同化繊混、コットンに絞り込み、注文方法はスーツと同じ「短納期のパーソナルオーダー」。採寸から納品までは最長でも1ヶ月程度にできれば、スーツよりリードタイムが長くても注文者は十分に納得するのではないか。
逆にD2Cアパレルは、気候やトレンド、素材などの条件にとらわれることなく、自分たちが作りたいコートを提案すればいい。もちろん、それにも予約受注方式が必要だと思うが、少なくとも反つぶし分の在庫は持ってもいいのではないか。販売方法はインターネットになるが、現物を試着してみたいというお客もいるから、百貨店のトランクショーやファッションビルのイベントを活用すればいいと考える。
コートなどのアパレルに限らず、百貨店がD2Cブランド全般を扱い始めている。まず、そごう・西武の試みだ。今年9月、西武渋谷店はパーキング館1階にOMO(オンラインとオフラインの融合)型ストア「チューズベース・シブヤ」をオープンした。売場には商品とその横にQRコードのみが置かれるだけで、商品に興味を持ったお客はスマートフォンでQRコードを読めば、Webカタログを閲覧することができる。
当初は半年ごとに商品を入れ替える予定だったが、出展したいとの要望が多く暫定的なポップアップストアや3ヶ月間の短期出展も可能となった。店頭の商品と専用ECの在庫情報は完全連携されているので、お客は店頭で買えなかった商品を自宅で購入することも可能だ。また、ECで注文した商品を店頭で受け取れる仕組みも導入されている。いよいよ百貨店もここまでの売場作りに踏み込んだようだ。
大丸東京店もこの10月、19のD2Cブランドを扱う「明日見世」をオープンした。こちらは店頭での体験のみで販売はECで行うものだ。お客は商品のQRコードからサイトにアクセスし決済する。ブランドの研修を受けた「アンバサダー」と呼ばれる5人のスタッフが常駐するが、商品の魅力を伝えるのみの「大使」という役割だ。
D2Cブランドの孵化器を目指せ
百貨店がここまで進化してきたのは、オンラインショッピングが浸透しても、現物を直に確認したり、サイト情報だけでは購入に結びつかないお客がいるからだ。こうした層の中には目が肥えた人がおり、マスで売れるような商品など眼中にない。そこで、D2Cブランドがアプローチするには絶好のターゲットになるわけだ。
むしろ、そんな客層はライフスタイルを充実させ、満足できるアイテムを求めている。百貨店が生き残るにはそうした商品をどんどん発掘して、提案することも必要なのだ。
従来のアパレル小売りは、GMSに展開する量販系、デパートが販売する百貨店系、街のブティックなどが扱う専門店系に分かれていた。ところが、バブル崩壊後のデフレ禍に加え、価値観の多様化、そしてインターネットの浸透で流通革新が進み、小売り側は自店がターゲットとする客層にフォーカスしづらくなった。
マスプロの量販系では、GMSに代わりユニクロやファストファッションが主役となった。百貨店系や専門店系は価格やブランドはもちろん、デザインやテイスト、エージ、性別といった切り口がお客を捉える条件ではなくなった。何が売れるか。売れるものは何か。非常に掴みづらくなったのだ。今ではバイヤーの感性よりも、インフルエンサーの発信力に共感が集まるのだから、なおさらである。
それゆえ、百貨店にしても専門店にしても、ある程度マスで売れるアイテムより、お客個々が共感を持ってくれるような商品を揃えなくてはならなくなった。D2Cブランドはその対象になる可能性が大いにある。西武渋谷店や大丸東京店がそうしたブランドを扱い始めたのも、売れる商品がなかなかない中で、それを探し出すきっかけにしようということだ。
一方で、D2Cメーカーは資本力が脆弱だから、実店舗の展開は難しい。ネットがメーンの販路になるにしても、探しているお客とのマッチングは容易ではない。そこで、実店舗を持ち、一定の集客力がある百貨店が媒介すれば、お客との接点が生まれ販売にも弾みがつくということ。百貨店ならD2Cブランドの孵化器になることは十分にあり得るのだ。
暖冬やライフスタイルの変化で、死に筋アイテムと化したコートをD2Cアパレルならどうリデザインしてくれるか。冬場に着るコートはどうしても、防寒、保温といった機能に走りがちだが、その概念を覆すようなアイテムに挑戦することもできる。また、百貨店がそうしたD2Cブランドをどうインキュベートしていくか。そこが最も肝になる。
こういう新しいビジネスのカタチがアパレル市場を活性化していくと思う。前回のコラムを続きではないが、ハードを整備したからといって、物が売れるわけではないのだ。
既存のビジネスや店舗をいかにリモデルするか。それでも十分にポテンシャルはあるだろう。そういう意味で、百貨店はD2Cブランドを孵化する役割を果たせれば、復活とは言えないまでも存続への布石にはなる。英語で言えば、インキュベートデパートメントストア。略してインキュデパートという造語はどうだろうか。
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