オルタナティブなドリンク「ノンアルコール」の楽しみ方”
あえてお酒を飲まないことを選択する「ソバーキュリアス」のムーブメントとは?
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2021年5月、東急東横線学芸大学駅近く、目黒区鷹番に「LOW ALCOHOLIC CAFE MARUKU(ロー アルコホリック カフェ マルク)」がオープンした。黄色い扉に猫のイラストが印象的なエントランスからはふつうのカフェを想像するが、実はアルコール度数1%未満のビールやスパークリングドリンク、ワインを30種類も揃える専門的なノンアルコールバーだ。コロナ下で飲食店での酒類提供に規制がかかる中、「モクテル」と呼ばれるノンアルコールのカクテルを扱うバーやカフェが増えてきたが、瓶や缶からそのまま飲めるレディ・トゥ・ドリンクのノンアルコールをこれだけ揃える店は国内でもまだ珍しい。
ノンアルコールは30種類。お酒を飲む人も楽しめるロー アルコホリック カフェ
一般的な飲食店のドリンクメニューというと、お酒は豊富に揃っていても、ノンアルコールの選択肢はせいぜい1~2種類しかないのが現状だ。しかし、「MARUKU」では豊富な種類のノンアルコールドリンクから好みの味を選ぶことができる一方、お酒を飲みたい人のためにもビールやワイン、ハイボールも用意。飲む人も飲まない人も一緒に楽しめる、実は今までになかったカフェバーなのである。
※日本の酒税法ではアルコール度数1%以上の飲み物を酒類と定義しているため、文中ではアルコールが含有されていても1%未満であれば「ノンアルコール」と表現している。
特にノンアルコールビールに力を入れていて、アルコール度数は0.0%~0.3%が中心。ドイツ産「エルディンガー」「ビットブルガー ドライヴ」、スペイン産「エストレーリャ・ガリシア」、ベルギー産「ビア・デザミー・ブロンド」、デンマーク産「ミッケラー」、 国産「常陸野ネスト ノン・エール」「新潟ビール」など、ビール好きも納得させる国内外の銘柄を厳選。さらに、クラフトビールメーカー小樽ビールと協業したプライベートブランド「MARUKU AF」など、16銘柄を扱う(取材時)。その他、スパークリングドリンク10種類、ノンアルコールワインはフランス産「ラルチザンデュテ」「ピエール・ゼロ」「ル ポムミエ」「ラシャス」といった定評あるブランドから上質なペティアン、ロゼ、赤、白、シードルまでと、豊富な選択肢がうれしい。価格は通常のアルコールと同程度の600円~1000円。
オーナーは、朝日新人文学賞(第13回)を受賞した『アレルヤ』や、『終わりまであとどれくらいだろう』(双葉文庫)など数々の作品を発表する小説家、桜井鈴茂さんだ。店舗に先駆け2020年9月に開設したノンアルコール飲料専門のECサイト「MARUKU(マルク)」(https://maruku09.com/)は、2021年に入って売上を大きく伸ばしているというが、このECは友人でもあるミュージシャン・曽我部恵一さんら有識者とのお酒やノンアルコールにまつわる対談・エッセイを掲載するなど、ノンアルコールの世界をより身近に、リアルに伝えるメディアとしても機能する。
「お酒の代わりに我慢して飲むノンアルコールじゃなくて、『オルタナティブなドリンク』として美味しいノンアルコールがあって、優雅な楽しみ方がある。そのおもしろさをきちんと伝えるにはやっぱりリアルな場が必要だと思い、直営店をオープンしました」(桜井さん)。
自身のニーズから始めたノンアルコールビジネス
実は桜井さんは、ここ20年お酒を飲まない日はなかったというほど大のお酒好きだったという。しかし、年齢と共に心身への負担などお酒のマイナス面が大きくなり、あるとき思い切って何日かアルコールを抜いてみたところ「1日が長い。夕食後も頭が冴えていて、映画観たり本読んだりする時間がまだまだある!」と、そのメリットを痛感。2020年1月にきっぱりお酒を止めたそうだ。そしてノンアルコールの探求を始めたものの、日本の現状には大いに不満があった。海外に美味しいノンアルコールは存在するらしいが、身近なスーパーやコンビニでは手に入らないし、大手ECサイトの検索では通常のアルコール飲料が混ざって探しにくい。さらに「お酒を止めたら飲み屋で飲むものが無い」ことも悩みだった。お酒を止めたとはいえ飲み屋やバーの雰囲気は大好きで、仲間と会っておしゃべりする生活の一部がそこにある。かといって、飲み屋にある大手メーカーのノンアルビールは好みではないし、ソフトドリンクでは、どうにも気分が盛り上がらないと感じていた。
そんな時、「Non-Alcoholic Beers」と英語で検索したことをきっかけに、一気に世界が広がった。欧米では日本よりノンアルコールのマーケットがずっと進んでいて、まだ日本に輸入されていない人気商品がたくさんあったのだ(参照:米版『Esquire』掲載のノンアルコール人気ランキング/2019年12月)。ドイツ産ノンアルビール「エルディンガー」を発見したときには、その画期的な美味しさに「これなら、ノンアル生活、ずっとイケる!と高揚した」(ECサイトより)とも。そして、ちょうど妻のぶ子さんと起業を考えていたこともあり、自分と同じように美味しいノンアルコールを探し求めている人たちに向けて、ノンアルコールを専門に扱うECサイトやバーをやってみるのはおもしろいのではないかと考えるようになった。早速「エルディンガー」の輸入元に掛け合うと「目の付け所がいいですね」とおもしろがってくれ、取引がスタートしたそうだ。
まずは行きつけのバーに「エルディンガー」を卸すことから事業をスタート。2020年5月には、下北沢にある曽我部恵一さんがオーナーを務めるカフェバー&中古レコードショップ「CITY COUNTRY CITY」の休業日を間借りして週に1回ポップアップビストロ「LOW ALCOHOLIC BISTRO MARUKU」を営業(現在は終了)、同年9月にノンアルコール飲料専門ECを立ち上げ、今回直営店をオープンするに至った。
ノンアルコールの楽しみ方が「発見」される場所に
「当初はEC用の倉庫の片隅に小さな立ち飲みバルを併設する程度のつもりだったけれど、内装デザイナーや大工さんと話しながら工事が進むにつれて、いつのまにか店っぽくなってしまって」と桜井さん。カウンター6席テーブル2席のカフェ/バル形式になった。店内はコンパクトではあるが、大きなガラス窓から住宅街の往来が見えて不思議な解放感がある。看板やPB商品のアイコンになっている猫のイラストは桜井さんの飼い猫がモデルで、甥御さんの作品だそうだ。
客層は幅広く、「ノンアルコール」などのキーワードで検索して遠方からわざわざ来店する人もいれば、知らずにふらっと立ち寄るご近所さんも少なくない。「ロー アルコホリックって何?」と看板に興味を示し、メニューを見て「ノンアルコールってこんなに種類があるんだ」と驚く人、オルタナティブなドリンクというコンセプトを聞いて「発想が面白いですね」と感心する人など反応は上々。東急東横線沿線、また学芸大学という立地は、新しいものへの好奇心や感度が高い場所でもあり、ターミナル駅の繁華街よりも合っていると感じているそうだ。
フードはもともと料理が得意で自宅でのホームパーティーでも腕を振るっていたのぶ子さんが担当。自家製のタパスプレート(990円)やローストポーク(880円)の他、ヴィーガンにも対応する豆料理に力を入れている。ひよこ豆とスパイスでつくるコロッケ風の中東料理ファラフェル(550円)は「フランスで食べたことがあって美味しかったので。NYなどでも流行っているようですが、東京では食べられるところがまだあまりないのでメニューに加えました」(のぶ子さん)。
‘お酒は弱いのに酒の肴を食べたい’『孤独のグルメ』五郎さんタイプの人は意外に多いと思うのだが、そんな人も「MARUKU」ならお酒を注文しない申し訳なさを感じることなく飲み屋の食事を楽しめそうだ。
お酒を飲みたい人は飲んで、飲まない人も自然にいられる、どちらかを排除するのではなくて多様な人が交ざった雑多で居心地がいい場所であることが桜井さんの理想だという。また、ノンアルコールとアルコールの両方をメニューに載せることで、お酒を飲む人がノンアルコールに興味を持ち、潜在的なニーズを掘り起こせる可能性もある。
「実は僕は、お酒を止めたのではなく、アルコールの入っていないお酒に切り替えた、という感覚でノンアルコールを楽しんでいるんです。アルコールを飲むと感覚が鈍くなってしまうので、例えばクラブDJとかにとってノンアルコールは『発見』だと思うし、途中からノンアルコールに切り替えるハイブリッドな飲み方もできるから理性を失うことなく『スパッと帰れる』と酒好きの友だちも喜んでます」(桜井さん)。
今後は、状況を見ながらパーティーなどのイベントもやって行きたいそうだ。
『 HOW TO LIVE(どう生きるか)』を考える、「ソバーキュリアス」の世界的ムーブメント
欧米でノンアルコールマーケットが拡大している背景には、ミレニアル世代を中心とする「ソバーキュリアス(Sober Curious:しらふへの好奇心)」という世界的なムーブメントがあるといわれている。「ソバーキュリアス」とは、飲酒が生活や健康に与えるネガティブな影響を意識し、あえてお酒を飲まないあるいは少量しか飲まない、もしくはゆっくりと味わって飲むという選択をする人やライフスタイルを意味する。サステナブルファッションやヴィーガンと同様に、自分の選択に意識的な人たちの間で志向されており、意識的にお酒を遠ざけることにより、身体の健康はもちろん、「マインドフルネス」に代表される精神的な豊かさを追求するムーブメントとして拡がっているのだ。
「若い時から飲んでいるお酒を止めることは後退だと思ったし、ノンアルはヤワなものという先入観があった。でも『ソバーキュリアス』というライフスタイルを知り、後退ではなく前進だと感じてわくわくしたんです。欧米では『 HOW TO LIVE(どう生きるか)』が先にあり、よりよく生きるにはアルコールはなくてもいいかも、だからノンアルコールを選択するし、商品開発や研究が進むということなのかもしれない。もともと欧米かぶれなので、欧米の方が進んでいる、新しいものは向こうから来る、と思っているふしがありますが」(桜井さん)。
同じくのぶ子さんも、女性でもお酒の問題を抱える人は意外に多いと感じていて、そのサポートができる場になればという考えもあるそうだ。
「1人でライフスタイルを変えるのは難しいし、苦しいと挫折する。こういう場で新しいノンアルコールを体感して、こんなに楽しいならアルコールを止められると感じてもらえればいいですね」(のぶ子さん)。
今後は飲食店への卸、日本の生産者と組んで味にこだわったオリジナルのノンアルコールビールやノンアルコールワイン造り、ヨーロッパを中心としたノンアルコール商品の輸入などに取り組みたいそうだ。
「今後、お酒を止めたい人やお酒とスマートなつき合い方をしたい人は増えると思います。ビールやワインの味が好きなのであればアルコールを含む必要はないですし、ノンアルコールビールの味は従来のビールと遜色ないレベルになってきている。ノンアルコールワインの輸入や商品開発ももっと進むんじゃないかと思っています」(桜井さん)。
今回のレポートは、21年3月26日に取材したクラフトサイダー(シードル)専門店「Cidernaut(サイダーノート)」に続いてドリンクの新しい潮流を取り上げた。取材を通じてアルコール・ノンアルコール、下戸・上戸といった二項対立を超えて、「飲み物」「飲み方」が多様になってきていることを実感した。桜井さんのことば通り、お酒を飲む飲まないに関わらずいろんな人からノンアルコールが「発見」され、それによって新しい食のカルチャーが生まれる予感がある。
「ECの注文の入り方も右肩上がりで、手ごたえはありますね。ここに来るお客さんをみていると『 HOW TO LIVE』を考え始めていると感じるし、ノンアルは一時のブームで終わらず『よりよい生き方』の選択肢として拡がると実感しています」(桜井さん)。
【取材・文=村主暢子(パルコ)】
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