ヨウヘイ オオノ 2022年春夏コレクション
Image by: YOHEI OHNO
残暑が続く真夏の昼時。人も犬も虫ケラさえも、生物のあらゆるものが喘ぎ、果ては倦怠に落ち込む。今日もまた、そんな激しい暑さである。此処、陋居のあるY市の丘でもそうした暑さは都内と変わらない。と云うよりも、庭の樹々より降るようにヂーヂーと油蝉の鳴く声が却ってじっとりと汗を呼ぶようにも感ぜられて、さながら溶鉛の沼にも似た、蒸せるが如き静寂さが遣る瀬ない。ウイルスもそろそろ音を上げてもいい筈だが、残念ながらその気配はない。
東京のファッションウイークの前に、大野陽平の展示会に行った。何度か、こんな炎天下に彼の展示会に足を運んだ記憶がある。一服の清涼剤を期待して行くものではないが、彼の目指す服作りは、他のデザイナーとは少しく毛色が違っていて面白い。世辞にも種類に富んだ作品群とは云えないが、型数が多くないのが幸いしてか、たといこちらが裏切られることがあっても、彼の特異な思考の痕跡が服の形や細部に滲み出ているから愉しい。創作の呼吸を体感することが出来るし、媚びを売るような仕草が微塵もないところが快かった。大野渾身の一着が、果たして売れるか売れないかは扨措くとして、その一着は、紛れもなく大野の流儀で忠実にデザインされている。そんな濃密な一着がそうそう売れる服だとは思えなかった。
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さて、2022年春夏向けの展示会は大盛況だった。たまさか私が居合わせた時間帯が混んでいたのか、大野の展示会で活況を見るのは初めてのことだった。私が思っている以上に彼の服は売れているらしい。「もうすぐ7年。今回で14シーズン目を迎えます」と彼は云う。本人に会う前に、ルック撮影のデータ(デビュー時)を見て、そのユニークな世界観に強く惹かれたことは記憶に残っている。女性服でありながら、服が、着る女性のイメージを軽々と飛び越え、それが静物のように凛とした佇まいを持っていた。本来なら、服としての機能や魅力に甚だ欠けるものだったから、それ相応の印象の方が強い筈である。それにも拘わらず、経験の浅さ、技術の未熟さを差し引いてもなお、気骨のある服だと思った。その後の番度のインタビュー取材を通してわかってきたことも少なくなかった。
大野の創作に触れる度に、私は私の近視眼的なモノの見方を憾む。「木を見て森を見ず」と云う常套句がある。眼前にあることしか見ずに、周囲のことが見えていないことを表す場合に用いられる、まさにその言葉通り。細部にこだわるあまり大きく全体や本質を掴めないことを嘆くのだ。仮に「彼の世界」なるものが茫々ながらも存在するとしよう(私にはその軌跡が見えるように思うし、それは活発に運動しているように感じるのだけれど)。して、この大野の「ワールド」と向かい合うときには覚悟が要る。覚悟と云っては大袈裟だろうから、喩えばこう云うイメージである。シーズン毎に木だけを見て、一生懸命に木だけを見続けて、その結果、いつの間にか鬱蒼と茂った森が自ずと姿を眼前に現す。それが彼のワールドではないだろうか。彼のワールドが常に運動している所以はそこにある。そして彼の内には夢の実を結ぶ秘密の木がすくすくと枝を伸ばしている筈。と、まぁ、私の中で彼の創作の道程はこんなイメージとして膨らんでいる。勿論、ここで云う一本の木は一着の服の喩えである。
一つ前のシーズンを検証する。また過去の創作を更新する。そして新作として幾つかの細部を積み上げ、織り上げる。意外と思われるかも知れないが、地道な作業が大野の創作の根底にある。アッと云わせる奇抜さや目新しさを彼は狙ってはいない。彼独自の創作のループがある。「私はオーセンティックな服を作ろうとはしていません。一つ一つの素材に対して、先人たちのチャレンジを踏まえつつも自分なりの新しい考察や形に対するアプローチ、プロポーションを作り出してみたい」と云うのが彼の考え方だ。煎じ詰めるとこうなる。「(おおまかなフォルムを作ることを先に考えるので)服ではなく、服のように着られるフォルムを持った何か、を作っているイメージです。それを服のマーケットの中で日常の服として受け入れてもらうまでは多くの試行錯誤と時間が必要なので、シーズンを跨いだブラッシュアップを心掛けています」と彼は語る。
日常とエレガンスの接点に於いても大野は個性的な見解を持っている「(そもそもファッションとはそう云うものであって欲しいのですが)今までに感じたことのないふとした新鮮さや、新しい発見を見出せるような、それでいて単純に気分が上がる『日常の服』を提案したいのです。そのためには決まりきった美しさや上質さではなくて、『少し変かもしれないけど、これはこれで素敵かも』と思えるような『ある種のエレガンス』が必要だと思っています。バランスを一部壊してみたり、本来必要なものを削いでみたり、必要ないであろうものを加えてみたり、フォルム作りを含めた様々なアプローチを試しながらも、あくまで実用性のある着地を意識しています」。たとえば、ドレスに薄いナイロン素材を使用し、ドローコードを仕込むことでカジュアルダウンさせ、アウターやパンツも実用性のあるポリエステルツイルやコットンポリエステルを用いているのはそのためだろう。ロングシルエットは手工芸的な透明感を持ったテクスチャーによって非物質化され(着る女性のイメージが生まれ)、多層化することで重さを感じさせることなく服としての深度が生まれる。
今回の展示会で感じたのは(実は一年振りに彼の服を間近で見たのだけれど)、女性に歩み寄る彼なりの姿勢だった。最後にそのあたりを彼の言葉に置き換えておこう。「『ヨウヘイオオノ』は『探求』をモチベーションにしていますが、あくまでも女性に向けたビジネスをしているので歩み寄りは当然だと思っています。ユニークなフォルムを作ると云っても、着る女性に(前述したように)私の思うエレガンスを提案出来るように美しく仕上げようと思っています。そうして続けてきたパンツやシャツ、一部のドレスなどはブランドの主力アイテムになっています。今シーズンに関しては、素材を敢えてシンプルな、いわゆるワードローブ的なものにすることで、(今まで印象として持たれがちだった)難しさや複雑さ、試行錯誤的に見えてきたものを一切取り去ってサッパリとした仕上がりを意識しました。ただ、方向性としてはかなり手応えを得たので、今後もワードローブ的なアプローチは意識したいと思います」。ヤサ男風の外観と煮え切らないような受け答えに騙されてはいけない。私感とハッキリ断った上で云うべきことだろうが、いまもなお私は彼を、気骨のあるアウトサイダーだと思っている。(文責/麥田俊一)
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