今年に入ってから店舗数削減に踏み切るアパレルブランドが後を絶たない。大手百貨店チェーンの Macy’s は今年に入ってから63店舗を閉鎖し、1万人以上の社員を解雇した。
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Ralph Laurenは3年前にオープンしたばかりのニューヨーク5番街にある旗艦店の閉店を発表。Abercrombie & Fitchも年内に60店舗の閉鎖を決定した。
ハイブランドから百貨店、SPAまで業態を問わない店舗閉鎖のニュースが相次ぐ中、ある新しいビジネスモデルがアパレル業界を中心に消費財業界全体を席巻している。それが店舗を一切持たない、Direct to Consumer (D2C) という新しいビジネスモデルである。
Direct to Consumer とは
Direct to Consumer (D2C) とはその名前の通り、自ら企画、製造した商品をどこの店舗にも介すことなく販売するビジネスモデルのことである。同じような形態であるSPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)と違うのは、店舗を持たず自社運営のECサイト上でのみ販売している点だ。
中間業者を極力省くことで工場から店舗までのよりシンプルなサプライチェーンを実現したSPAをベースに、店舗を運営する際にかかる費用も削減することで、質の高い商品を更にリーズナブルな値段で売ることが出来る。EC版SPA、オンラインSPAとも称されるこのビジネスモデルをベースにするスタートアップがアメリカで急激に増えてきている。
>>D2C躍進の理由と大企業のジレンマ
D2Cの基礎を築いた2つの先駆者的スタートアップ
GAPがSPA方式の先駆者となりファストファッションブランドを牽引したのはよく知られているだろう。D2Cにおいてその役割を担ったのが、Warby Parker と Bonobos である。
Warby Parker
D2Cというビジネスモデルで初めて成功したとされているのがWarby Parker。2010年にペンシルバニア大学に在籍していた4人の学生が創業したこのメガネメーカーは、5年後の2015年にはFast Company誌上で最もイノベーティブな会社に選ばれるという快挙を達成。これはあのAppleやGoogleを抑えての受賞だった。
これは圧倒的なコストパフォーマンスとD2Cという革新的なビジネスモデルが評価されてのことだったという。その革新性は「FOR BUILDING THE FIRST GREAT MADE-ON-THE-INTERNET BRAND:インターネットから生まれた最初の優れたブランド」と紹介されたほどだ。D2Cという販売形態の先駆者として、小売り販売にイノベーションを起こしたブランドだと言える。
Bonobos
2007年創業のBonobosもまた、D2Cの基礎を築いたブランドと言えるだろう。男性にもデニム以外のパンツの選択肢が欲しいという思いから、チノパン等のメンズパンツのみの取扱いでブランドをスタート。”ninja”と呼ばれるカスタマーサービスに力を入れ、それぞれに状況に合わせた柔軟な判断を許可することで決まり文句に留まらない、オンライン上での”接客”を可能にした。
それが功を奏し、サイト公開後半年で約450万円を売り上げることに成功。創業から10年で合計約147億円の投資を受ける等勢いは加速し続け、アメリカを代表するメンズアパレルブランドの一つへと成長。先日、小売大手のWalmartに約340億円で買収された。創業直後にアイデンティティデザインとブランディングを担った弊社としては、今後彼らがどのように進化していくのか期待したい。
>>【ボノボス】アメリカ発 オンライン・メンズアパレルブランド Bonobos 成功物語
様々なカテゴリーで躍進を続ける5つのD2Cブランド
アパレル業界において最も高いハードルの一つが店舗出店に伴う固定費だった。Warby Parker と Bonobos の成功によりそれらが取り払われたいま、D2Cをベースにブランドを立ち上げるアパレルブランドがアメリカを中心に急増している。ここでは個性が際立つ5つのブランドを紹介したい。
1. アパレル業界のタブーに挑戦し続けるブランド : Everlane
アパレル業界ではタブーとされてきた原価率を公開し一躍注目を浴びたD2Cが2010年創業のEverlaneである。弊社からもほど近いサンフランシスコ市内のミッション地区に本社を構えているこの会社が信念として掲げたのが “Radical Trasnparency : 徹底的な透明性”だ。
その言葉通り、原価だけではなくその構成要素もすべて公開している。材料費・労働費・関税・輸送費等の内訳や製造工場の詳細をEC上から簡単に見ることが出来るのだ。ほとんどのアパレルブランドは明かしていない情報だが、あえて逆のことを行うことでブランドアイデンティを広く認知させることに成功した。
そんなEverlaneはセールでも今までアパレル業界の常識を破壊した。なんと顧客が自分で価格を決められるというのだ。「Choose What You Pay」と名付けられたこのセールでは、顧客が3つの価格から好きなものを選ぶことが出来る。
これも「徹底的な透明性」を自社のアイデンティティとして掲げるEverlaneだからこそ出来たことだろう。売れ残り前提で価格を設定しセールで売りさばくのが当たり前と言われている他のアパレルブランドに向けての疑問提起であり、アンチテーゼとも言えるかもしれない。
2. 消費主義への違和感がブランド立ち上げのきっかけ : CUYANA
サンフランシスコで生まれ、日本でも徐々に知名度が高まってきているのがCUYANA。“ fewer, better thing : 良いものを少しだけ”をスローガンに掲げ、消費者に「意思のある買い物」を促している。
スタンフォードのMBAで出会ったエクアドル人とインド人の女性2人によるこのブランドは、アメリカへ来た時に感じた消費主義への違和感がきっかけで生まれたと話す。CUYANAとう名前はケチュア語(主に南米で使われている言語)で”愛する”という意味。クローゼットにあるすべての物を愛して欲しいという想いが込められている。
販売する商品は高品質でかつ誰でも使いやすいデザインが多い。徹底された素材と製法へのこだわりにより生み出された商品は、数倍の値段が付けられているラグジュアリーブランドのものと見間違えるほど。
CUYANAのもう一つのこだわりが「最初から最後までを一つの国で」である。つまり、原材料を生産してい国で製造プロセスを完結させているのだ。これは今の時代のアパレル業界では非常にめずらしく、想像以上に困難なことである。
しかし、あえて同一国による現地生産にこだわることで、現地の職人の雇用と質の高い商品の製造を可能にした。これも消費者へ「意思のある買い物」とは何かを投げかけ、消費主義への疑問提起をブランドアイデンティティに据えるCUYANAだからこそ実現する意義があったのではないだろうか。
>>D2Cブランドに学ぶウェブサイトに必要な3つのUX要素とは
3. ウールを使った環境にも足にも優しいスニーカー : Allbirds
All Birdsはサンフランシスコに本社を置き、D2Cをベースにスニーカーを販売しているブランド。メンズ・ウィメンズ共に2種類のみの展開というシューズメーカーとしては強気な設定。
それでも支持されているのは、ウールを使ったスニーカーを専門に売っているという今までに無いシューズメーカーであったからだろう。
ニュージーランド産のメリノウールをイタリアの工場で加工しているという生地によってもたらされる独特の質感は、他のスニーカーでは味わえない心地良さだという。更に化学繊維の使用を控えている為、環境にも優しい。
故郷ニュージーランドの素晴らしいメリノウールでスニーカー作ってみたいという思いから生まれたという同ブランドは創業から3年ほどで世界一履き心地の良いスニーカーと評されるまでになり、サンフランシスコで履いている人をよく見かけるようになった。この異例の早さは一連のプロセスに時間がかかる従来のやり方での実現は難しかったのではないだろうか。
4. 元エディターが提案する“愛される日常着”: La Ligne
La Lignaは有名ファッション雑誌Vogueの編集者2人とRag&Boneの元役員の3人によって作られたファッションブランドである。
“We believe in the universal appeal of the stripe — always classic, forever chic. : ボーダーの魅力は世界共通 – いつの時代も定番で上品”というキャッチコピーを掲げる通り、彼女たちの販売する服すべてにボーダー柄が入っている。La Ligna というブランドネームの由来もフランス語で”線”を意味するという徹底ぶり。
”女性のクローゼットは服で溢れているけど、その中でも出番が多いのは6着くらい。その6着に選ばれるような服を作りたい”と語る創業者が目指すのは”愛される日常着”。その中でもボーダーの服を探している人が頭の中に真っ先に浮かぶのが”La Ligna”でありたいと話す。
そんなLa LignaのECサイトの特徴はまるでファッション雑誌に載っているようなセンスの良い写真である。もちろんコーディネートに使われているものはすべてLa Lignaのもの。創業者がエディター出身であることを活かしたECサイトは、思わず定期的に訪れたくなってしまう。
Kate Spadeの夫でブランドの共同創業者のAndy Spade、上述のWarby Parker の共同創業者である Neil Blumenthal、TheoryのCEOであるAndrew Rosen 等、ファッション業界からの支持も厚い。ボーダーが好きな女性のみならず、ファッション関係者は要チェックのブランドだ。
5. 究極のサステナビリティーの追求:Reformation
Reformationは2009年に”サステナビリティー”をブランドアイデンティティに生まれたファッションブランドである。以前もファッションブランドを立ち上げたことがあるという創業者は自身のビジネスが与える環境への悪影響を身をもって知り、この問題を解決するようなブランドを作りたいと考えたという。
環境問題について関心を持つきっかけについて彼女はこう語る。“ファッションが環境に与える影響を示したドキュメンタリー映画を見たのをきっかけに、当時生産をお願いしていた中国の工場を訪れました。
そこで見た景色はどのドキュメンタリー映画を観るよりも衝撃的でした。そして、気付いたのです。私も大きな加害者であると。その時から買い物をする度に胸が痛むようになり、このままではいけないと思うようになりました。”
その言葉通り衣服の素材には地球環境に優しいものや古着を再利用。更にECサイト上にはファッションが地球環境に与える影響や労働環境等のコンテンツが並んでいる。まるでオシャレな環境保護団体のホームページのようなこのページが、環境問題を考えるきっかけとなる人も居るのではないだろうか。
しかし、環境に優しいだけで売れなければ本末転倒である。服の自体のクオリティも高いのがReformationの特筆すべきポイントだろう。Reformationは拠点であるLAでほとんどすべての商品のデザインから製造、発送までを完結させている。
売れている商品をいち早く販売することが出来、”環境に悪くても買いたくなる”と評されるほどのデザイン性。テイラー・スウィフトやリアーナ、マイリー・サイラス等数々のセレブリティーも着用していることから火が付き、オシャレに敏感な若い女性からの支持も熱い。
他にも”Thoughtful luggage for modern travel : モダンな旅に思いやりのあるスーツケースを”を掲げUSBでの充電が出来るスーツケースを販売しているAWAY。
上述のRefromationの元COOが女性が水着を買う際の購買体験を変えたいという思いから生まれた女性用水着ブランドBIKYNI。更には世界初の女性用タンポンのサブスクリプションサービスを提供するLOLAまで。ありとあらゆるジャンルでD2Cブランドが誕生し、当たり前だと思われていたアイテムが、より質の高く、おしゃれで使いやすいものに生まれ変わっている。
まとめ
この記事を読んでDirect to Consumer (D2C) という言葉を始めて聞いた方も多いのではないだろうか。日本ではまだまだ高まっていないビジネスモデルではあるが、アメリカではアパレル業界を含めた消費財全体で大きな影響力を持ちはじめている。
今後日本でも普及する可能性の高い言葉だけに、知っておいて損ではないだろう。次の記事では、D2Cのビジネスモデルについてより深掘りし、「D2Cがここまで成長した背景」やそこから浮かび上がる「既存ブランドの抱えるジレンマ」をご紹介できればと思う。
>>D2Cの開封体験デザイン – ブランドに学ぶカスタマーと繋がる方法
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